第95話 時間稼ぎ
【前回までのあらすじ】
神の像に祈りを捧げるアルス。しかし、加護を得られないことが判明する。
そのとき、背後からフレイが現れ、アルスとジルに迫る。
とっさに機転をきかせ、ジルがその場に残ることになった。
アルスがリンを連れてくるまでの間の、時間稼ぎをするために――。
「ジル! ジルーーー!! 」
アルスは背後に首を回して叫び続けた。
「戻ってよエスペル! ジルが残ったままなんだ! 助けにいかないと! 」
しかしエスペルは主人以外の命令は聞かないように躾けられているのか、アルスの言葉には一切耳をかそうとしなかった。
「……ううう……。ジル……」
◇◇
やがてアルスはギルアのもとに戻ってきた。
ミーミルはずいぶん歩みを進めていて、街まであと少しというところだった。
「おおーい! 大丈夫でしたか? 無事、加護は受けられましたか? 」
ギルアは期待に胸を膨らませてアルスの方へ駆け寄ってきたが、アルスの表情が暗いことに気づいた。
「……どうか、されましたか? 」
「……女神の加護は、受けられなかった。僕じゃなかったんだ。……リンなんだ 」
「えっ! リンさんなんですか!? 」
「それで、一旦戻ろうとした矢先に、“闇の使者”が現れて……。
ジルが、僕だけをここに戻したんだ。
ジルが1人で残って“闇の使者”と対峙してる! 早く助けにいかないと! 」
「……そんな! “闇の使者”が!
こちらが無防備なのをいいことに、のこのこと姿を表すなんて卑怯極まりないやつですね。
……わかりました。アルスさんは、リンさんのもとへ急いでください。
リンさんは、カストルと一緒のはずですから、おそらく宮殿の北側の砂漠にいるでしょう。
アルスさんが戻るまで、僕がジルさんを助けにいきます 」
「ありがとうギルア! 君は本当に頼もしいね! ……僕もすぐに戻るよ!
あの“闇の使者”がどんな手を使ってくるのかよくわからないけども、厄介なやつだというのは事実だよ!
だからギルア、どうか君も無事でいてくれ! 」
アルスは、リンとカストルたちが避難している、北の砂漠へ向けて街の中に消えていった。
「……なるほど。厄介なやつだそうですね。 エスペル、行きますよ! 」
ギルアも、ジルのいる場所へ急ぐことにした。
エスペルはギルアを抱いて、再びジルの待つオアシス中心部へ向かった。
その間、対策を練ることにした。
(“闇の使者”を倒せば、あの巨人は倒れるだろうか?
……いや、巨人の体内に独立した核が存在する限り、それは不可能だろう。
それに、巨人の本体が酸性化した時点で、こちらから攻撃のしようがない。
手を出せば出すほど、こちらの被害が拡大してしまうだけだ。
やはりアルスさんの言うように、リンさんが新しい加護を受けることで倒せるのでしょう。
ならば……僕ができることといえば……。
ジルさんを確実に助け出し、なおかつ“闇の使者”に致命傷を負わせる、ですね! )
やがてオアシスの中心部にやってきた。
弓をかまえるジルと、ナイフをかまえる“闇の使者”の姿が見える。
ジルの足元にナイフが刺さっていたり、“闇の使者”のローブに矢が刺さっていたりしている。
「ジルさんが危ないですね! 」
ギルアは銀でできた小さな笛を首もとから取り出した。
「この笛に魔力を込めて吹くと、エスペルにしか聞こえない高周波の音がでます。
エスペルがこれを聞くと、我を忘れて戦いに没頭します。
これでジルさんを助けてくれれば……」
ギルアはエスペルを見上げた。エスペルも覚悟したようにうなずいてみせた。
「エスペル、“闇の使者”を攻撃し、ジルさんを守ってください! 」
ギルアは銀色の笛を吹いた。すーっと息が抜けていくような音がした。
直後、エスペルは腕をだらんと地上に向け、ギルアを砂漠に落とした。
「いてっ! ……ああ、下が柔らかい砂で助かった…… 」
ギルアは急いで身を起こした。
エスペルの姿が見えない。いや、すでに“闇の使者”に飛びかかっていた。
「ギヤアアアアア!!!!」と叫び、鋭い鉤爪で攻撃を繰り出していた。
フレイは意表をつかれたようだったが、とっさに攻撃をかわした。
「くっ……。今度は魔導師ですか……!? いつの間に来たのでしょう!? 」
さすが“闇の使者”というべきか、どこか戦闘慣れしている節を感じさせ、すぐに体勢を立て直し、次の攻撃に備えた。
しかし笛の音で “戦闘狂”と化したエスペルは止まらない。間髪いれずフレイに攻撃を繰り出していった。
フレイもナイフで応戦するが、エスペルの勢いに押されている状態だった。
フレイとエスペルが戦っている間に、ギルアはジルに歩み寄った。
「ジルさん! 大丈夫ですか? 」
「……ギルアさん! どうしてここに? 」
ジルは“闇の使者”の攻撃を受けてか、顔や腕にかすり傷をつけていた。
幸い命に別状はないようだった。
「アルスさんから話は聞きました。ジルさんが“闇の使者”と対峙していると。
アルスさんは急いでリンさんの元に行かれました。
代わりに僕はジルさんを助けにきました 」
「ありがとう! 1人じゃ不安だったから、来てくれて嬉しいわ!
アルスが戻るまで、なんとか時間稼ぎをしないと……! 」
「今はエスペルの攻撃が“闇の使者”を押しているようです。
応戦すればこちらが有利になるはずです」
「そうね! 私も戦うわ。いつまでも守ってもらってばかりじゃいられない。
私もやれるだけのことはするつもりよ! 」
ジルも矢を構えて、エスペルをサポートするために移動した。
ギルアも笛を片手に、様子を伺うことにした。少し息が乱れてきている。
(このまま“闇の使者”を圧倒できればいいのですが、しょせん我々は“光の使者”ではありません。
僕の魔力が潰えれば、エスペルも無力化してしまいます。
あとどれだけ持つかわかりません。ここまで長時間戦ったのも初めてです。
アルスさんが来るまでの時間稼ぎにしかなりませんが、それでも、命をかけて繋がなければ、すべてが無駄になってしまう……!)
◇◇
一方アルスは街の中を走っていた。
「早く、リンのところへ……! リンを連れてオアシスに行けば、みんなが救われるんだ……! 」
街の人たちはみんな避難できているらしく、街全体が閑散としていた。
その時、背後でミーミルの咆哮と共に、核が赤く光った。
「え……? 」
思わず振り返ると、ミーミルの体からオアシス中を包み込むように、1本、2本、3本……何十本ものおびただしい手が伸びていくのが見えた。
まるで体がアメーバのように軟体化し、街全体をドーム状に覆おうとしているかのようだ。
徐々に巨人としての体の面影がなくなりつつある。
「……今度は何をするつもりだ!? 」
早くも街の周囲が取り囲まれ始めている。
ミーミルと接触した部分が酸で溶かされて、シュー、と湯気をあげながらドロドロ溶かされていく。
「まずいぞ。この国全体を取り囲んで、溶かし尽くすつもりだ!
このままじゃ避難してる人たちも危ない! 」
さらに上からボタボタボタッと酸性の液が滴り落ちて、周囲の家や道がジュウウウウ……と溶かされていく。
「時間がない……! 急がないと! 」
やがてアルスの周りにも液が上からボタボタと落ちてきて、道に黒い穴が開けられ始めた。
王宮のすぐそばまで来ており、砂漠まであと少しというところだった。
街の出口付近は特に酸の侵食が激しく、砂漠への道も溶かされて通れなくなっているようだった。
「……こうなったら仕方ない。強引に道を開けさせてもらうよ! 」
アルスは杖を握りしめた。
「”アイオールの守り“! 」
風を杖の先端にとどめ、杖を振ると同時に一気に前方へ放出させた。
酸が風で削りとられ、まっすぐに道が開けた。
「よし、今のうち、……に……っ!? 」
アルスは膝から崩れ落ちた。残っていた力を皆使い切ってしまったようだ。
全身から力が抜け、目の前が霞み、周りの音さえも聞こえなくなってしまった。
目の前の光景がスローモーションで動いているのを、遠くから傍観しているような気分だった。
(え……、 そんな……っ! あと少しだっていうのに……!!
ギルアとジルが頑張って繋いでくれたのに……。
リンにもまだ会えてないのに……。
新しい加護も得られないまま……。この国も救えないまま……。
ここで終わってしまうのか……!? )
激しい悔恨が何度も何度もこだまする。
しかし体も動かず、意識も朦朧とし、目の前が真っ暗になり、あらゆる外部の情報がシャットアウトされた。
襲いかかるのは、底知れぬ後悔と恐怖と絶望――。
(これじゃあ、あの時と一緒じゃないか……。カストルと2人で北の遺跡に行って……。
王に杖を奪われて……。仲間もみんな離れ離れになって……。
僕は、全然強くない……。“光の使者”に選ばれたくせに、全然強くない。
むしろ“光の使者”失格なんじゃないか……。どうすれば、強くなれるんだろう……? )
風で切り開いた道も、再び酸で埋もれてしまった。
道はもちろんのこと、王宮自体も溶かされ始めている。
上空から酸の塊がアルスの上に落下する――。
【お願い 守って!】
突然アルスの周囲にバリアが張られ、酸がバシィンとはじかれた。
(え……? )
意識が朦朧とする中、アルスはどこかに安心感を覚えた。
誰かがすぐそばに駆け寄ってきてくれたようだ。
アルスの手を取り、何かを言っている感覚がする。
しばらくして、だんだん手に温もりが戻り、声も聞こえ、視界も見えるようになった。
「う……ん……? 」
「アルス君……! 気がついた? 」
「……え……? ……その声は、リン……? 」
目の前には、花嫁姿のリンがいた。両膝をつき、両手でアルスの手を取り、必死に治癒をしてくれていたらしい。
周囲はバリアが張られており、酸に侵される心配もない。
「リン……。目が、覚めたんだね…… 」
アルスは安堵から、自然と涙が込み上げてきた。
リンは申し訳なさそうな表情をしつつも、アルスの無事に心からホッとしたようだった。
「アルス君、長い間1人で戦わせてごめんなさい! 私も一緒に戦うわ! 」
ついにリンと再会できたアルス。果たして戦いの行方はどうなるのか―― !?
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