第85話 ココの叫び
【前回までのあらすじ】
リンを救うためジャラーハの部屋に到着したアルスとジル。
意を決して中に入ると、そこには誰もいなかった。
と、そこへココたちが現れ、お香で眠らそうとしてくる。
アルスは大広間へリンを救出しに行き、ジルは1人で相手をすることに。
そしてココたちに問うのだった。
「……あなたたちの夢は、なんですか? 」
「は? ……何を言い出すかと思えば、“夢”ですって……? 」
ココは呆れたように答えた。この状況でそんな馬鹿げた質問をするんじゃないわよ、とでも言いたげだった。
それでもジルは気にせずに続けた。
「ええ。あなたたちには、夢があるんじゃないかしら?
好きな人と結婚したいとか、他の国に行ってみたいとか」
「そんなもの、ないわ! 」
ココはキッパリと言い切った。早くジルを足止めしたくてたまらないのだろう。耳を貸す気はさらさらないようだ。
「あら、そう……。残念だわ 」
ジルはさりげなく返事を返しながら、シュッと弓をひいた。
矢はココが持つお香に見事命中し、器がゴトンと床に落ちて割れた。
「きゃっ!? 」
落ちた反動で香りがぶわっと拡散し、ココと従者たちを包み込んだ。
「ううっ……!! 」
周りの従者たちが痙攣を起こし、バタバタと倒れていった。
唯一、ココだけが耐性を獲得しているのか、ふらつきながらも立っていた。
香りの波はジルにも届き、若干のめまいと痺れに襲われたが、話を続けることにした。
口元に布を当てているとはいえ、早めに決着しないと、いつ意識を失ってしまうかわからない。
「あなたたちは、どうしてこんなことをしているの?
……王に利用されてるの、わかってるんでしょう?」
「違うわ! これはあたしたちの意思でしてることよ!」
「……あなたたちの、意思ですって? 」
「そうよ! 何か文句ある? 」
ココからは反発というよりも、必死さが伝わってきた。
お香を吸い込んでしまったのか、膝がガクガク震え、表情も強張っている。
耐性がついているとはいえども、これだけの量を吸い込めばさすがに影響が出るのだろう。
意識を失い、倒れるのも時間の問題のはずだ。
しかし、今倒れられては困る。まだ聞きたい答えが聞けていないのだ。
ジルはなおも質問を続けることにした。
「でも、それは本心じゃないんでしょう? 」
「……ハ? 本心に決まってるじゃない!
さっきからなんなのよ。夢がどうとか本心じゃないとか…….。
時間がないから、手短にいくわ! ちょっと痛い目にあってもらうわよ! 」
ココは服の中から短剣を取り出した。
感情の昂りからか、お香の効用からか、ハアハアと呼吸が乱れている。
おそらく視界も定まってきていないのだろう。何度も瞬きをしている。
短剣を握る手もカタカタと震えている。
(……ここまでして、私を足止めする必要があるのかしら? )
ジルは再び弓を引いた。矢は短剣に命中し、カランと床に落ちた。
「きゃっ!! ……なにをするのよ! 危ないでしょ! 」
(もう少し長引かせるつもりだったけど、その必要はなさそうね。
ココの意識も長くはもたないはず……。 )
「単刀直入に聞くわ」
「な、何よ! 早く言いなさいよ! 」
「あなたは……。王がいなくなれば、自由になれるんでしょう? 」
「……!!? 」
ココは言葉に詰まった。口をギュッと結び、目を見開いている。
その様子を見て、ジルの疑惑は確信に変わった。
侍女をしているといえども、まだあどけなさが残る少女であることに変わりはない。
確信を突かれると隠し通せなくなり、焦って冷静に判断できなくなるのだ。
「あなたたちは、本当はこんなことしたくないはずよ」
「そ、そんなこと……ないわ……。
あ……あなたに、何がわかるっていうのよ……? 」
ココは明らかに動揺していた。
ジルはなおも畳み掛けることに徹した。
「もう終わらせましょう。あなたたちは、これ以上苦しむ必要はないのよ」
「…… わ、わけわかんないこといってんじゃないわよ!
どうしてそんなことが言えるの!? あたしの何がわかるって言うのよ!? 」
ココは金切り声でまくし立てるように叫んだ。
対してジルは冷静に返した。
「どうして、って……。あなたたち、気づかないの?
あなたたちは……。とても、悲しい顔をしているのよ! 」
「……ッ!!? …… 」
ココはハッと目を見開き、無言になった。
ジルはさらに続けた。
「こんなこと、本当はしたくないんでしょう?
……脅されてるの? 弱みを握られてるの? 捨てられると、どん底まで落とされるというの?
そうならないために、必死に王の命令に従って、すがりついて、やりたくもないことを、やらされてるんでしょう。
……そんなの、苦しいに決まってるじゃない!
どんなに強がったって、現状が良くなることはないわ!
今の王が王である限り、あなたたちはその身がどうなろうといつまでも利用され、その手を、心を、汚し続けることになるのよ!
もう一度言うわよ。本当は、こんなことしたくないんでしょう。
王がいなくなれば、自由になれるんでしょう? 」
「う……うわ……うわあああああ!!! 」
ココはペタンと床に座りこみ、泣き叫んだ。その姿は幼い少女そのものだった。
ジルは少し安堵した。ようやく、答えを聞けたのだ。
「あああ……あたしだって……、ほんとは、こんなこと……。
し……したくない……。したくないよ……!
でも……親に捨てられた、あたしには……! 行く当てなんか、どこにもなくって……。
……サラーハ様が……運良く、拾ってくださらなかったら……! あたしは……今ごろ…… 」
「……サラーハ様ですって? 」
ジルは思わぬ人の名前が出てきたので、ドキッとした。先ほど地下でその人の話を聞いてきたばかりだ。
〈陛下の弟でありながら、陛下や父上のやり方に賛同できず、貧しい民に手を差し伸べてきた、優しい人でした。〉
ココも、サラーハに救われた1人だったのだ。
「あたし……、サラーハ様の、侍女として、仕えることに、なって……。
命の恩人のためなら……どんなに大変な仕事も……乗り越えることが、できた……。
サラーハ様に、喜んで……いただけるのなら……。
でも、10年前……サラーハ様が突然、行方不明に、なられて……。
そこに、陛下が来られて……。こう言われたんです……。
『捨てられたくないなら……俺様に従え! ……一生、可愛がってやる』って……!
あたしたちは……必死に食らいついた。ナツメも、ここにいる子たちも……。
王に殺されないために、みんな、必死に、必死に、必死に、必死に……。
あああ……うわああああああああ!!! 」
ココは胸の内を打ち明けると、とたんに床に崩れて泣きじゃくった。
もはや目の前のココは脅威ではなかった。ただのあどけない少女の1人だ。
王に脅され、やりたくもない仕事をやらされている、可哀想な少女の1人なのだ。
ジルは、煮えたぎる思いをどうにか沈め、絞り出すように言った。
「私たちが、……変えてみせるわ! 」
「……え? 」
ココが顔を上げた。真っ赤に泣きはらした目が、ジルを見据えていた。
「私たちが、苦しみから解放してあげるわ! 」
「……そんなこと……。そんなこと、できるはずないわ!
陛下やこの王宮の人たちが、どれだけ厄介な人かわからないの!?
今までに、どれだけの人が命を落としてきたと思うの!? 」
「いいえ、大丈夫よ。きっと、物事はいい方向に進むから。私を信じて! 」
「……とても……信じられないわ 」
「うん……。ま、それでもいいわ。
だけど、信じてみて。私たちのことも。そして、あなた自身も。
人は、強く願えば必ず変われるものよ。
1人、2人、3人と増えれば増えるほど、大きな石をも動かす原動力になるんだから」
「…………」
「じゃ、私はいくわね」
ジルは部屋から出ていこうとした。
「あの、ジルさん……」
ココが呼び止めた。
「リンさんは……。大広間の隣の部屋で、ナツメたちと一緒にいるわ。
まだ意識が戻ってないけど、そろそろ効果が切れるはず…… 」
「そう……。教えてくれてありがとう。
……このお香、ずいぶん強烈よね。
扉を開けておくから、早く外の空気を吸ったほうがいいわ。
あなたもこの子たちも……。ここで死ぬような器じゃないでしょう? 」
この言葉に、ココは思わず笑顔になった。
ジルはそれを見て微笑むと、部屋を後にした。
◇◇
少しして、ココは床を這いずりながら、部屋の外に出ることができた。
任務には失敗した……。完全な敗北だ。でも、心は不思議と晴れ渡っていた。
「人は、強く願えば、必ず変われる……。あたしも、変われるかな…… 」
◇◇
「まずい……。お香を吸いすぎたようだわ……」
ジルは2階に降りる階段の途中で、猛烈なめまいに襲われた。
もはや手足の感覚も麻痺してきている。視界もぼやけ、何重にも重なった世界が見えている。
「ここで……倒れちゃ、だめ、なのに……」
リンを助けに行かなきゃいけないのに。アルスの杖も取り戻さないといけないのに。
カストルも。兵長も。地下牢のみんなも。まだ、誰も救えていないのに……。
何度も意識を保とうとしたが、もはや限界を迎えていた。
フッと目の前が真っ暗になり、階段を踏み外してしまった。
(あ……、落ちる……)
ぼんやりした意識の中、そう思った。
すべてがスローモーションに移り、ゆっくりと世界が反転する……。
もはや、これまでのようね……。
「――危ない!! 」
薄れる意識の中、とっさに誰かが支えてくれた。
手の温もりが伝わってくる。階段を転がり降りずに済んだようだ。
「ジル、よかった! 無事みたいだね! いやー、冷や冷やしたぁ……」
「……う、うそ……。どうし、て……戻ってきた、の……? 」
目の前には、にこやかに微笑むカストルの姿があった。
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