第61話 砂漠の賢者
【前回までのあらすじ】
キャラバン隊と合流したアルスたちは、砂漠を旅することになった。
過酷な暑さからカストルが早くもダウン。
リンとジルはレディーファーストと称して先頭に連れていかれ、アルスたちはまさかの最後尾。
キャラバン隊のメンバーであるビーゴと会話し、ダルウィンや隊長のことを知るのだった。
翌日。この日も朝から砂漠を進んでいると、前方に家屋のようなものが見えてきた。
「あんなところに家がある! 」
代わり映えのしない景色に飽き始めていたカストルが、即座に反応した。
「あれは砂漠の賢者様の家。僕たちは行き帰りに必ず立ち寄ることになってる」
ビーゴが応えた。
「砂漠の賢者様!? ……カストル、アリオトさんが言ってた人だよ。どんな人だろう? 」
「……なんていうか、変わった人だよ。僕はまだ面識が浅いから、わからないけど」
やがて、先頭の隊長が家の横にラクダを休ませるように指示し、アルスたちも順にラクダを降りた。
家は石や土を固めて築いており、入り口には扉の代わりに薄茶けた布が垂れ下がっている。
隊長は大きな荷物を弟子たちに持たせると、入り口に近づいていった。
「フェクダさん、ガベリーです。入りますよ」
布をめくり、中に入っていった。アルスたちも続いて入る。
中は真っ暗だった。無理もない。明かりとりの窓すら設けられていない家なのだ。
かろうじて布をめくったときに差し込んだ光で、内部の様子が見て取れた。
壺や皿など、必要最低限の調度品がある他は、特に大きな家具などもなく、シンプルな生活をしているように感じられた。
だんだん暗闇に目が慣れてくると、1人の老人が床に座ってこちらを見上げていることに気づいた。
「ああ、ガベリーか。帰ってきたのかい。今回の旅は、ちと長くなかったか?」
フェクダと呼ばれた老人がぼそりとつぶやいた。
「……まあな。今回は、客人も一緒だ。ダルウィンへ連れていかねばならん」
「そうか。お前が人を連れるのも珍しいな」
「ああ。砂漠の入り口で出会ったんだ。ラオンダールから来たんだとさ」
「……なに!? ラオンダールだと……? 」
フェクダは突然立ち上がり、睨みをきかせてきた。明らかに機嫌が悪そうだ。
「なぜそんなやつを連れてきた? 今すぐここを出てけ! いや、この砂漠から立ち去れ! 」
……しばらく沈黙が流れた。
アルスは圧倒されて言葉が出なかったが、正直なところショックだった。
今まで会ってきた賢者が皆好意的だったのに対し、この砂漠の賢者はそれとは対称的な態度を示したからだ。
――ふと、脳裏に天空の賢者アリオトの言葉がよみがえった。
(わしよりも頑固で気難しいが、根はいいやつなんじゃよ。)
――そうだ、きっといい人に違いない。
ただ、何か思うことがあって否定的になっているだけなんだ。
……ならば、その理由はなんだろう?
「はいはい、出て行きますよ。ここに食料を置いていきますからね」
隊長は淡々と言い返すと、持ってきた荷物をそばに置き、出て行こうとした。
「おい待て」
フェクダが乱暴に呼び止めた。
「まだ話は終わっとらんぞ、ガベリー。
……わしがラオンダールが嫌いなことは知っておるだろ。
そうとも知っておいて、なぜ連れてきた? 」
「それが、ちょっとした訳ありみたいなんだ」
「訳あり?……まったく。お前には失望した。
おまえとは40年近くの付き合いだというのに……」
「あの、すべては僕のせいなんです。どうか話を聞いていただけませんか?」
アルスは意を決して割り込んだ。このまま黙って立ち去ることはできない。
フェクダはここで初めてアルスの存在に気づき、ハッと顔色が変わった。
「……わかった。……ガベリー、おまえらは外で待ってろ。こいつ1人と話をつける」
兵長が思わず危機を感じ、「私もここに、」と言いかけたが、アルスが静止した。
「大丈夫です。すぐに終わらせますので」
兵長やカストルたちにも外で待ってもらうことになり、フェクダとアルスの2人だけとなった。
すぐにフェクダから話が出た。
「……はあ。……メラクから聞いておる。お前はエルディシアのアルス王子、だな」
「はい、そうです」
「今の兵はラオンダールのやつだろ。なぜあいつらと手を組んでるんだ?
帝国にとってみれば、お前は都合の良いおもちゃだろうに……」
――“都合の良いおもちゃ”。
その言葉が胸にグサリと突き刺さった。
確かにそのとおりだ。……神の予言を伝えてきた王家の子孫。
どの国も喉から手が出るほどに欲しい逸材であることに間違いない。
それが、軍事力も経済力も申し分ないラオンダール帝国のものとなっている。
協力を仰いでいる関係とは言えども、うまいように利用されかねないのは事実だ。
使う時は使うし、いらなくなったら捨てられる。そういうものだ。
「……はい。十分承知しています。
ご存知かもしれませんが、僕は“光の使者”に選ばれました。
ただ、1人きりで残りの宝石を探すことは不可能です。
そこで、アシュヴァルトの長老様の助言をいただいて、皇帝陛下に協力していただくことになったのです」
「はあ……。ジョルジュの案だったか……」
フェクダはひどく落胆しているようだった。
「長老様を、ご存知なのですか? 」
「ああ。昔からの知り合いでな……。
悪いことは言わない。帝国と付き合うのもほどほどにしなさい。
……いずれ、身を滅ぼすことになる」
「……? どういうことですか? 」
「その言葉のままだ。……いずれわかるだろう。
手遅れになると、どうしようもないからな」
ここでフェクダは視線を外した。
明らかに、何かを隠している――。そんな気がした。
「フェクダさん、……あなたは、何かをご存知なんですね? 」
アルスは詰め寄った。しかしフェクダは、断固として口を割ろうしなかった。
「いや、 わしは何も知らん。今はそれ以外何も言うことはない。
……この先、くれぐれも用心することだな」
「……はい」
「わかったならもう用はない。外でお友達が待っているから、早く行ってやりなさい」
「はい。ありがとうございます。フェクダさんも、お元気で……」
心がもやもやしていたが、深追いするとさらに不機嫌が悪化しかねないので、潔く別れることにした。
アルスが家から出てくると、カストルが真っ先に駆け寄ってきた。
「アルス。……だ、大丈夫だった? 」
「うん、いい人だったよ」
「そっか……。よかったあ〜」
カストルはホッと胸を撫で下ろした。よほど心配していたようだった。
リンとジルも安堵していた。
「……驚かせて悪かったな」隊長が言った。
「あのじいさん、ラオンダールがとことん嫌いでな。
お前たちのことも黙ってようかと思ってたが、賢者様の前で嘘をつくわけにもいかん。
後々何があるかわからんしな。
悪いやつじゃないのは確かなんだが……」
「いえ、少しでもお話ができたので良かったです」
「そうか。……ならば、先を進もうか」
その日の夜。
夕食の後、テントに横になっていると、隣のカストルが話しかけてきた。
「アルス、起きてる? 」
「……うん」
「僕、今日の賢者様のことをずっと考えてたんだ。
……この世界には、僕たちのことを、嫌ってる人もいるんだなって。
僕はそんなつもりは全然ないんだけど……」
カストルは賢者のラオンダール嫌いに心底ショックを受けてしまったようだ。
「そうだね。僕も驚いたよ。でも、賢者様は話すといい人だったよ」
「……うん。悪い人じゃないんだよ、きっと」
カストルは仰向けになり、頭上に広がる星空を見上げた。
アルスもそれに続く。無数の星々が燦然と輝いている。
まるで星1つ1つが、この世界にいる人間1人1人のようにも見える。
「でも、いろんな考え方や価値観が衝突することで、善悪に分かれてしまうんだろうな。
一概にこれが正しい、って答えがあるわけでもないし。難しいよな……」
カストルは、明らかに悩んでいた。
アルスもまた、フェクダの言葉を反芻していた。
ガルトデウスでホルンと対峙した時に、もしカストルが命に関わる大怪我を負っていたとしたら?
いくら相手が“闇の使者”だったからだとしても、皇帝陛下はガルトデウスを恨むかもしれない。
両国の関係にヒビが入るかもしれないし、下手すれば戦争に発展してしまうかもしれない。
兵長たちだってそうだ。負傷を負わせてしまったけれども、任務だからといって旅を続けてくれている。
しかし、このままでは本当に取り返しのつかないことにならないとも限らない。
フェクダの言葉がよみがえる。
「帝国にとってみれば、お前は都合の良いおもちゃだろうに……」
ならば、賢者様の言うとおり、帝国の協力を得ずに、“光の使者”だけで旅を続けるべきかもしれない。
今は僕とリンしかいないけれども、今後人数が集まれば、きっとうまくいくはずだ。
カストルや兵長たちを命の危機に晒すこともない。
……今度帝都に戻った時に、陛下に相談してみようかな……。
「アルスはさ、怖くないの? 」
「……え? 」
一瞬、心の内を読まれた気がして驚いたが、平静を装うことにした。
「宝石と仲間が揃うまで、旅をするんでしょ。
これからも、ホルンみたいな“闇の使者”が現れるかもしれないのにさ……」
「……うん、怖い。すごく怖いよ」
アルスは本心を言った。
「でも、僕にしかできないことだと思ってる。
僕がダイヤモンドに選ばれたのも、そういう運命なんだよ。
それに、1人じゃないしね。
カストルやリン、ジル、それに兵長たちが側にいてくれる。それだけで心強いんだよ」
「そっか……。えらいな、アルスは……。
僕、賢者様に言われただけでクヨクヨしてたよ」
カストルは安心したのか、笑みを浮かべた。アルスも少し安堵した。
「僕が困った時、いつも助けてくれたのはカストルだよ。
だからカストルもさ、困ったことがあれば何でも僕に言ってくれる?」
「うん、ありがとう。アルス……。
今日のことなんか、どうでもよく思えてきたよ。
明日も、夜明けと共に叩き起こされるだろうから、もう寝ようか。おやすみ」
「うん……おやすみ」
こうして2日目の夜が更けていった。
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