第4話 14年前
【前回までのあらすじ】
アシュヴァルトの長老に連れられて、霧の深い“青い森”を案内されたアルス。
そこは世界樹を守る使命を持つ神樹族の住む場所だった。
長老は、アルスにとって大切な場所だという。
そして、14年前に起きた出来事を話すのだった――。
かつてラオンダール帝国の北にエルディシア王国というところがあった。
アシュヴァルトの南に位置する、非常に信心深い国だった。
1000年続く王家は代々アシュヴァルトに住まう神樹族と縁があり、神樹族が天上の神より賜りし言葉を人々に伝えるという重要な役割を担っていた。
樹木の姿をした神樹族の声は、普通の人には葉の擦れ合う音にしか聞こえないので、エルディシア王家だけが持つ能力は一目おかれ、神聖視されていた。
神の言葉は「今年の予言」として毎年1月1日に発表されることになっており、各国から大勢の人がエルディシアにつめかけ、豊作や無病息災などを願った。
そのため、各地に勢力を伸ばすラオンダール帝国をはじめ、東西南北のあらゆる国とは不可侵条約を結んでおり、どの国とも友好的なつきあいをしていた。
ある春の日のこと。王位を継いで3年になる若い国王に第一子が生まれた。元気な男の子だった。
国民は祝福し、宴は7日7晩も続いた。エルディシア王家の将来の安泰を祝う人々はその後も各地から訪れた。
◇◇
しかし1年が経過した頃、「今年の予言」で告げられなかった事態が発生した。
街が寝静まった真夜中の頃、南の門から突如異国の兵が武器を片手になだれ込んできた。
家屋を破壊し、人々を虐殺した。火が放たれ、街は瞬く間に火の海と化した。
国王は避難命令を出し、人々を安全な場所に誘導すると共に、自らも逃げる準備を整えていた。
城の前に馬車を用意し、王妃と1歳になった息子との3人で北のアシュヴァルトに逃げようとした。
前後に近衛兵を乗せた馬車も配置した。
街を走らせている最中、周りの廃墟から待ち伏せしていた兵が飛び出してきた。
黒い甲冑を身につけており、剣を突きつけて御者を襲った。
前を走っていた近衛兵の馬車もあっけなくやられてしまった。
抵抗した者は容赦なく刺されてしまった。
とっさに手綱をにぎった国王はその場を逃げ切り、北の門までやってきた。
幸いにも門の付近は敵兵がいなかった。
門番の2人の兵が門を開けている間に、門につないでいた2頭の馬に乗った。
ここから先は足元の不安定な道が続くので、馬車ではいけないところが多いのだ。
鉄製の分厚い2枚扉が開く。後ろから後続の馬車が遅れて到着した。
しかし、そこに乗っていたのは敵兵だった。
兵がさっと降りてきて、剣を構えながら近づいてきた。
「ここは我々におまかせください」
門番の兵が前にでて槍を構えた。王と王妃は急いで北の門を抜けた。
そのとき、王の乗っていた馬がバランスを崩して倒れた。王は振り落とされ地面に落ちた。
馬の足に矢が刺さっていた。門にいた敵兵が矢を放ったのだ。
「私のことはいいから! その子と一緒に早く森へ! 」王が叫んだ。
「いけません! 早く私の馬に乗ってください」
「私なら大丈夫だ。すぐに後を追う。
先に安全な場所へ行きなさい。……その子の未来がかかっている!! 」
「……わかりました。あなたもすぐにきてくださいね! 」
王妃は馬を走らせた。王妃の姿が小さくなった頃、王の周りを敵兵が囲んだ。
ヘルムの隙間から冷たい息が漏れている。
胸には翼を絡めた竜の紋章がついている。――これはどこの国の紋章だろうか?
「こ れ で 終 わ り だ 。エ ル デ ィ シ ア の 王 よ 」
やがて雨が降り始めた。
北の門を出てすぐの草原に、王はドス黒い雨雲を仰ぎ見るように倒れていた。
鈍く光る冷たい剣が墓標のように何本も体を貫いていた。
血が絶えず溢れ出ており、雨と共に地面に流れ出ている。周りの草が赤く染まっている。
わずかに残った意識の中で、我が子の無事を願った。
どうか、あの子の未来が明るいものでありますように……。
かくして王は息を引き取った。
◇◇
一方、アシュヴァルトを目指していた王妃の頭上にも雨が降ってきた。
後ろを振り返ると、炎で赤くゆらめく王国が下に見えた。
追手は来ていなかった。あと1時間ほどでアシュヴァルトに着くだろう。
王もすぐ来てくれるに違いない。王妃は胸に抱いた我が子を強く抱いた。
「そ い つ を 渡 せ 」
突如男の冷たい声がした。前方に背の高い男が立っていた。
黒いローブをまとい、フードで頭をすっぽり覆っている。
「あなたは誰ですか」
王妃は毅然として態度で身構えた。
「そいつを渡せ」
「何が目的かわかりませんが、この子は渡せません! 」
王妃は勇気をだして言った。
少しの間があったあと、男はにやりと口を曲げた(ように見えた)。
「貴様に用はない。我が欲しいのはそいつだけだ」
王妃はゾクッと寒気がした。この男は只者ではない。
まるで人の血が流れていないような冷酷さを滲ませている。
男はローブの下から剣を取り出した。紋章のようなものが刻まれた黒い剣だった。
「渡さぬのなら殺してやる。貴様もろとも、この世から消えるがいい」
男はすばやく剣をふりあげ、王妃に切りかかった。
王妃はとっさに我が子を隠すように防御したが、背中に深い傷を負った。
子供も左目に傷をもらってしまった。
「きゃあああああああああ! 」
王妃は口から血を吐き、前かがみになった。
切り口からじわじわと痛みが広がり、激痛が走る。
生暖かい血が服ににじみ出ている。力が入らない。
とっさに意識を失いかけて、我が子を強く抱いた。
「大丈夫……だがら……ね……」
「急所を外したか。次で楽にしてやる」
そのとき、王妃の周りがまばゆい光で包まれた。
「くっ」
男はひるみ、腕で目を覆った。
「なんだこの光は…!前 が 見 え ぬ … …」
男がひるんだ隙に、王妃を乗せた馬がとっさに走り出した。
男の脇をかけぬけ、森へ続く道を走っていった。
◇◇
やがて、アシュヴァルトの入り口が見えてきた。
暗い道をまっすぐ駆け抜け、“青い森”にある“世界樹”の前で馬は止まった。
すぐに住人の何人かが馬を取り囲むように近くにやってきた。皆白いゆったりした服を着ていた。
王妃は馬の上でぐったりしており、顔も俯いていたが、子供だけは力強く抱いていた。
血が衣服を伝い、今来た道を点々としるしている。
「もう大丈夫じゃ。ここは安全な場所じゃ。さあ、今馬から下ろしてやろう」
王妃は住人が差し出した手に、我が子を近づけた。
「ごの、子を……頼みま、ず……。
ごの、子ば……、『アルス』ば……。私、だぢの「最後、の希望」……でず……。
ごご、で。死……なぜ、るわげに、、、いぎばぜん………」
住人が子供を受け取ると、すぐに足元の湖で血を洗い流した。血はすぐに止まった。
「左目に傷をうけておるが止血は済んだ。命に別状はないようじゃ。安心してくだされい」
ここで王妃はホッとしたのか、ゆるやかに笑顔を見せ、涙を溢れさせた。
「ぞう、よがっだ……」
それが彼女の最後の言葉だった。
◇◇
王妃の亡骸は森の奥に丁重に埋葬された。
のちに王の墓も隣に建てられることとなった。
子どもは食事や衣服を与えられ、大切に育てられることになった。
エルディシア王国で起きた出来事は、じきに各国に衝撃を与えた。
アシュヴァルトの長老も動揺を隠せなかった。
「残念なことに王国は滅亡した……。歴史ある王家が滅んでしまった。
これから先、神樹族の言葉を聞く者もおらず、「今年の予言」を世界中の人に伝えることも叶わんじゃろう。
唯一この子を除いて。この子は確かに我々の「最後の希望」じゃ。
それにしても、ここにくるまでの間、一体誰にこの傷を受けたのじゃ?
禍々しい……。闇の力を感じるんじゃ。
……この子は、おそらくつらい将来を背負っていかねばならぬ。
さらに「予言」がなくなってしまったもんじゃから、各地で独自の解釈がされ、暴動が起きるじゃろう。
我々は、未来に不安を抱きながら生きていかねばならなくなった。
さて、どうしたものか……」
◇◇
子どもはやがて森の賢者に引き取られた。
長老と数十年来の友人である彼は、ラオンダール帝国領の最北に位置する山奥でひっそりと生活していた。
エルディシアの王家に生まれたアルスを、王子としてではなく、一般人として普通に育てるべきだという意見が尊重された。
そのために一人でも生きていけるような知恵と行動力を伴わせることが求められた。
そして15歳になったときに、再びアシュヴァルトへ来るように伝えた。
その時がきたら、全てを話すために……。
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