第48話 祈りの間
【前回までのあらすじ】
ガルトデウスの首都・ニーダラヤにたどり着くと、悲惨な光景が広がっていた。
数日前笛を吹く者が現れ、国中の動物たちを操り、暴れさせたのだという。
アルスたちはその者が向かったという宮殿を目指すのだった。
白い石の階段を何百段もかけあがり、ようやく山頂部分にある宮殿の入り口に着いた。
大きく開け放たれた門の前では、宮殿を守る兵が何人も倒れていた。
兵たちは皆ラオンダールの兵に比べて軽装で、金属類の着用は少なかった。
おそらく高山地帯ゆえの理由だろう。
なるべく身を軽くして、長時間活動できるように配慮しているのだ。
門をくぐり内部に入ると、外観とは対称的に柱や壁は赤で統一されており、金の装飾が施されていた。
壁には白い鷲を模した抽象的な紋様のタピスリーが何枚も飾られている。
襲撃を受けてか、壁や柱には亀裂が入っており、ところどころ崩壊していた。
価値のある美術品も壊されており、人がいる気配はどこにも感じられなかった。
ここにも動かなくなった動物たちの姿が見られた。
奥に進むと、1人意識を取り戻した兵がいた。通路の壁にもたれかかりながら、身を震わせている。
兵長はすかさず駆け寄り、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あなた方は……?」
兵はかすれがすれに言った。兵長を見上げた目は絶望で黒く塗りつぶされているように見えた。
相当悲惨な光景を目にしてしまったのだろう。
「我々はラオンダールから来ました。姫巫女様は、どちらにいらっしゃいますか?」
「た、助かった……。お願いです、姫巫女様をお助けください。
きっと今頃、最上階の“祈りの間”に避難されているはずです。
どうか、姫巫女様を、お助けください……」
「はい、必ずや助けましょう」
兵長は息絶え絶えの兵に手を重ねた。兵は安心したのか、ゆっくりと目を閉じた。
「さあ、行きましょう。ここからは何が起きるかわかりませんので、用心してください」
アルスたちを囲む兵は、腰の剣に手をかけ、前後左右に視線を配りながら進んだ。
◇◇
時を同じくして、場所は“祈りの間”。
ここは宮殿の最上階にあり、一番神聖な場所であると共に、姫巫女が祈りを捧げる場所だった。
赤い絨毯が部屋中に敷かれれている以外は、物一つないシンプルな作りになっていた。
部屋の一番奥は舞台が迫り出したようになっており、屋外に続いていた。
ここは扉がないので、冷たい風が常に祈りの間に入り込んできていた。
この神聖な部屋の隅に、白い服を着た少女と侍女が追い詰められていた。
少女は13歳ほどで、目元に赤い化粧を施しており、首回りに金色の豪華なアクセサリーをつけていた。
盲目なのだろうか、目は固く閉じられている。
侍女は齢50を過ぎるであろう女性で、こちらは至ってシンプルな出で立ちだった。
そして2人の目の前には、ガルトデウスの民とは対称的な、黒い服を来た者が立っていた。
その背後には、宮殿を守る兵が何十人も床に倒れている。
「やっっと追い詰めたわ、姫巫女様♪
ネズミみたいに、ちょこまか逃げるんだから。どれだけ手を煩わせるつもりかしら? 」
黒い者は2人の前に仁王立ちで立っていた。
「お願いです、もうやめてください! これ以上、街の人たちを傷つけないでください」
少女が懸命に叫んだ。侍女が少女を強く抱きしめて庇おうとする。
黒い者は「うーーーん……」とわざとらしく悩んだあと、少女に向き合った。
「白い鷲を呼んで予言を聞かせてくれたら、やめてあげてもいいわ♪ ただし……」
黒い者は少女に顔をズイッと近づけた。
「あんたの命と引き換えにね♪」
「そ……そんな……」
少女は全身から力が抜け、ガクッと膝から崩れ落ちた。
それを見た侍女が、少女を必死に奮い起こす。
「姫巫女様、このような不届き者に耳を傾けてはいけません! 」
「うるさいわね! あんたはあっちでくたばってな♪」
黒い者は侍女を力づくで引き離した。
「あああああっ」
侍女は壁にぶつかり、立ち上がることができなかった。
「……シアラ!? 」
少女が音のした方を見て叫んだ。
侍女の呻き声が離れたところから聞こえてきて、侍女の身に何かがあったのだとわかった。
黒い者は強引に少女の手をひっぱると、奥の舞台に向かった。
少女は引っ張られるままに床を引きずられていった。
「姫巫女様ァ!」侍女は涙を浮かべながら叫んだ。
舞台に立つと、下から風がぶわっと吹きあがってきた。
真下には底の見えぬ深い谷が口を開けているのだった。
「はん、いいところじゃん。あんたの最期にピッタリの場所よね♪」
黒い者は少女の背中を強く蹴った。少女は前のめりに倒れ、舞台の縁すれすれに倒れた。
下から吹き上がる風を顔に受けて、自分が今どこにいるのかを把握した。
「ほら、早く呼びなよ。神様の使いっていう白い鷲をさ♪
この次あんたを蹴れば、どうなるかわかるよね? あんたは真っ逆さまに谷底へ落ちるってわけよ♪」
「……は、……はい」
少女はゆっくりと立ち上がり、腕を横に広げた。
長い袖が風でハタハタと揺らめき、まるで空を飛ぶ鷲の姿のようだった。
「姫巫女様、なりません! あなた様の命が危のうございます!! 」
侍女が懸命に叫ぶ。
「だからあんたは黙ってなって!」
黒い者が一喝した。
「ほら、続けなさいよ。呼ばないとどうなるか、わかるわよね? 」
「は、はい……」
少女は声を震わせながら、祈りを続けた。
「白鷲様、白鷲様。どうか私の呼びかけにお応えください……」
しばらくすると、空の向こうから1羽の鷲の姿が現れた。青い空に一際映える、白い鷲だった。
「来た! 白い鷲だ! 」
「あああ……。なんということを……」
侍女はついに泣き崩れた。
白い鷲は金色の足で姫巫女の腕にとまった。
全長90cmで、翼を広げると2mにもなるだろうか。
幼い少女の腕にとまる様は、まさに異様な光景だった。
鷲は金色の鋭い目を光らせ、背後の黒い者をにらんでいるように見えた。
「白鷲様……。お応えくださり感謝いたします」
少女は慣れた手つきで鷲の羽を優しく撫でた。
しかし鷲はどこか落ち着きがなく、しきりに羽を動かしている。
「さあ、早く聞いておくれよ。この世界の未来をさ♪ 」
黒い者は待ちきれずに急かした。
「はい……」
少女は鷲に顔をむけた。
「白鷲様、あなたには何が見えますか?
この世界の未来は、どうなっていますか?」
鷲は少女と黒い者を交互に見た後、一言「キィィー」と鳴いた。
少女は一瞬躊躇したが、どこか安堵したような表情になった。
「ほら、なんて言ってるんだい? あんたにはわかるんだろう? 早く教えなよ♪ 」
少女は毅然として返した。
「白鷲様は、『光』とおっしゃいました。未来は光で包まれている、と」
「ふざけんな! 」
黒い者は激昂し、姫巫女の首を絞めにかかった。
「ああっ! 」
少女の腕からとっさに白鷲が飛び立つ。大きな翼を広げて、空を旋回している。
少女は黒い者の手をのけようと懸命にもがくが、幼い力ではどうにもならなかった。
「 『光』だと? よくもそんな嘘がつけるね!
この世界は闇に包まれるはずなんだ! “聖なる竜”が支配する、素晴らしい未来にね!
こんな辺鄙なところまで聞きにきたあたしがバカだったよ!
ああ、そうさ。お前もあの鷲も、デタラメだ。未来を予言するというのも大嘘だ!
もうあんたには用はない。今すぐ死んでもらうよ! 」
黒い者は姫巫女の首を絞めたまま、舞台の縁に立った。
姫巫女の足が舞台から落ちるか落ちないかの状態だった。
「姫巫女様ぁぁ! 」
侍女が金切り声を出した。
――そのとき。
「そこを動くな!! 」
入り口から10数人の兵が現れ、瞬時に黒い者を取り囲んだ。
その後ろから、アルスたちも現れた。
「お前の好きにはさせないぞ! 」
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