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光の杖のアルス  作者: 伏神とほる
第6章 花の街セイガ
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第37話 フェンリルの帰還

【前回までのあらすじ】


戦いのあと、旅一座のテントで目を覚ましたアルス。

その後団長たちとも話をして、リンが仲間に加わることになった。

旅一座と別れたアルスたちは、帝国の分隊に発見され、行動を共にすることになる。


「くっそ……。あのやろう……」


 フェンリルはズリ、ズリ、とローブの(すそ)をひきずらせ、壁をつたいながら広間へ向かった。

 “光の使者”に負わせられた傷は案外深く、血が転々と床を彩っていた。

 ここまで辿りつくだけでも精一杯だった。

 周りを取り囲む狼たちが守ってくれていなければ、途中でのたれ死んでいたかもしれない。


――とんだ失態だ! このフェンリル様が!


 フェンリルは拳で壁を叩いた。壁の表面にヒビが入り、パラパラ…と破片が床に砕け落ちた。


――とんでもない屈辱(くつじょく)だ!


 怒りで周りの狼も、自ずとグルルルル…と(うな)り声をあげる。


 やがて広間につくと、案の定みんなが集まっていた。

 円卓に座り、王が来るのを待っているのだ。

 皆フェンリルと同じ黒いローブをまとい、仮面をつけている。

 狼の唸り声を聞いて、一斉にフェンリルの帰還(きかん)を迎え入れた。


A「フェンリル、戻ったか」

B「ハッ。なんてザマでしょうフェンリル。それが威勢良く飛び出して行った者の、なれの果てですか。

仮面まで失い、顔も見られて……。なんという屈辱(くつじょく)でしょう」

C「これがあなたのいう最高のショーってわけね♪ 」


 一同はフェンリルを嘲笑(あざわら)った。当然いい気分がするものではなかった。


「うるせえ! 途中で仲間が出てきやがったんだ。

 てっきり1人かと……いや、1人なら確実に殺していた」


C「ふーん、光の使者は、2()()いるのね♪」


 フェンリルは椅子にドカッともたれかかった。

 ローブから血がポタポタと床に落ちている。


「次こそは、必ず殺してやる! 」


A「フェンリル、全ては陛下がお決めになられること。それだけは忘れるな」


「くそっ! 」


 そこへカッ、カッ、と靴の音がし、王が現れた。

 王もまた黒いローブをまとい、顔を隠している。

 姿は見えねどもオーラと殺気が凄まじく、誰も逆らえない存在だった。


「皆の者、集まったか。……おや、フェンリル。戻ったのか」


 王は静かに言った。


「はは! フェンリル、ただいまもどりました」


 フェンリルは椅子から立ち上がり、床にひざまずいた。

 血なまぐさい匂いが周りに広がった。

 王は目を細め(たように見えた)、フェンリルの姿を上から下まで見下ろした。


「怪我を、負っているのか」


「は! 少しばかり、油断をしてしまいました。しかし次こそは必ず、殺してみせます! 」


「だまれ! 失敗したやつが泣きわめきおって! 」


 王から威圧的なオーラがほとばしった。

 それはビリビリと肌にぶち当たり、フェンリルは言葉を失った。周りにいた狼も消え失せた。


「お前はしばし、塔に幽閉(ゆうへい)する。そこで頭を冷やせ」


 王はパチンと指を鳴らした。

 空気中から無数の黒い手が現れ、フェンリルの腕や首や足腰を掴んだ。


「わっ! 」フェンリルは一切の身動きが取れなくなった。

 他のメンバーも言葉を失い、静かにその様子を見守ることしかできなかった。


「……そうだ、“フレイ”。

お前が研究している実験の相手にさせよう。

好きに使うがよい。くれぐれも、殺さぬ程度、にな……」


 フェンリルは信じられない、といった表情で王を見つめていた。


「あ、ありがたきお言葉です、陛下! 身に余る光栄(こうえい)です……」


 フレイと呼ばれた男は、立ち上がり、床にひざまずいて、感謝を表した。

 恐怖でその身が細かく震えているのを、フェンリルは見逃さなかった。


「そ、そんな……どういうことだよ。俺はまだ戦えるのに! 」


 フェンリルはたまらずに叫び、ジタバタ暴れた。

 しかし、無数の手は体の自由を奪い、身動きすらとらせなかった。


「口を(つつし)め、(あわ)れな狼よ。

……次に失態をおかせば、どうなるかわかるな?

さあ、連れて行け! 塔に閉じ込めておくのだ」


 フェンリルを捉えていた手が消えると、周りから多数の兵が現れ、フェンリルを拘束し、塔へ連行した。


「うわああああああ! 」


 フェンリルの叫び声はしばらく廊下をこだまし続けたが、やがて聞こえなくなった。


◇◇


 広間は、えも言われぬ静けさに包まれていた。

 王に対する恐怖と、フェンリルに与えられた罰の重さに。


「さて、お前たちも失敗するとどうなるか、これでわかったろう。

だが、我はおまえたちを信頼しているし、失敗することはないと信じている。

また次の機会にここに集まれ。それまで部屋で待機していたまえ」


 王がその場を後にした。

 残された他のメンバーは、おのおのに安堵(あんど)のため息をついたり、さらなる不安に()られたりした。


「フッ。いいざまです。当然の報いだったんですよ」フレイという男がいった。


C「あたしは失敗しないわ。フェンリルとは違うんだし♪」

A「次の命令が下るまで、部屋に戻るとしよう。我々にも、やるべきことがある」


 3人はそれぞれの部屋へ戻っていった。


◇◇


 王もまた部屋に戻った。

 周辺には厳重(げんじゅう)に兵を置き、何人(なんびと)たりとも侵入を許さないようにしていた。

 明かりのない冷たい部屋だった。

 いくつかの部屋が繋がっており、公務をする部屋、食事をする部屋など、目的に応じて使い分けていた。


 そして一番奥にある寝室には、先日牢から出したばかりの息子を寝かしていた。

 まだ体力が回復しておらず、あれからずっと深い眠りについている。

 あまりにも身なりが汚れていたので、風呂できれいに体を洗い、髪を切りそろえ、香水もつけさせた。

 目が覚めれば食事で栄養をつけさせ、トレーニングもさせ、やがては皆と同じようにローブを着せる手筈(てはず)だ。


 なぜなら、“光の使者”を殺すには十分すぎる力を持っているのだから。


「早く、お前が目覚める日が来ないものか……」


 窓から差し込む月明かりが、息子の銀色の髪を照らしていた。

 王はベッドに近づき、髪を優しくなでた。髪から頰、そして顎と輪郭に沿って指を滑らせた。

 まぶたは重く閉じられており、(かす)かな寝息が聞こえてくる。


「お前が目覚めれば、この世界はいずれ私のものになろう。

かつて我々を(おびや)かした者たちは、もう存在しない。

お前がここにいることが、その証明だ。“聖なる竜”の時代が、まもなく到来するのだ! 」


 王は息子の顎から喉、そして鎖骨へと指をなぞらせていく。

 毛布をめくり、心臓の上に手を当てた。一定の速さで鼓動しているのが伝わる。

 王はベッドにあがると、息子の上に覆いかぶさった。ベッドが何度も(きし)む。


 開け放たれた窓から、冷たい夜風が吹き込んできた。


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