第2話 アシュヴァルトへ
【前回までのあらすじ】
ラオンダール帝国の北の果てで、森の賢者・メラクと暮らしていたアルス。
何気ない生活を送っていたが、15歳の誕生日を迎えたとたん、家を追い出されてしまった。
「聖なる森アシュヴァルトへ行け」
その言葉に導かれるように、アルスは旅に出るのだった。
陽が昇り、1時間ほど歩いたところでアルスは思い出したように朝食をとった。
道の側にある切り株に座って、背中のバッグからパンと水を出した。昨日村でもらったパンだ。
春が近いからか小さな花のつぼみがそこかしこにあり、風でゆれている。
アルスはパンを食べ終えると、先を進んだ。
昼過ぎに深い森を抜けた頃、遠くにぼんやりと太くて長い壁のようなものが見えた。
それは地面から空高くのび、雲さえも貫いているようだった。
「あれがじーちゃんの言っていた『世界樹』っていうやつか? 」
長い壁に見えたものは、大きな樹の幹だった。
『世界樹』が未だに何なのかピンとこないけど、おそらくあれがそうなのだろう。
「もしかして上の方は、神様が住む世界につながっていたりして。
あの近くにアシュヴァルトというところがあるに違いない。
とにかく、はやく用事を済ませて、じーちゃんを安心させてあげないと」
アルスは森の木陰で昼食をとった。朝と同じパンにバターをつけて食べた。
このあたりは人通りがなく、細い通り道の周りに草原や森が広がっている。
「今日中にアシュヴァルトにつくといいなあ」
心細さを景色で紛らわせながら、アルスは再び歩き始めた。
◇◇
アシュヴァルトの近くに着いたのは夕暮れ前だった。
歩んでいた道が深い森の手前でとぎれていた。目の前には陽の光すら届かない、鬱蒼とした森があった。
「不気味なところだなあ。入口はどこにあるんだろう。
この近くのはずなんだけど。
もうじき暗くなるから、暗い森には入りたくないんだけど。
ちょっと怖いけど、少しだけ入ってみるか」
アルスが意を決して森の中に足を踏み出した瞬間、左右の木々がざわざわと揺れ、枝が弧を描き、たちまちアーチ状の道が現れた。
「うわっ、何が起こったんだ? もしかして、ここが本当に、入口なのか……? 」
アルスはおそるおそる左右を見回しながら、奥へ進むことにした。
まるで見知らぬ世界へ誘われているかのようだ。
アルスが通り過ぎたところから、ふたたび木々が動き出し入り口を塞いでいった。
それはまるで、よそ者を拒むかのように。
◇◇
やがて進むと白い霧が現れ始めた。だんだん目の前が明るくなり、ひらけた空間に出た。
上をみると背の高い細い木々が、わずかな陽の光を受けている。
地面には夕焼けの赤い色が染まっていた。
来た道を振り返ると、暗闇のような森が続いているだけだった。
あそこを通ってきたのかと思うと背筋がゾッとした。その時。
「あ、知らない人ー」
小さな子どもがアルスの方へ走ってきた。
白いワンピースに、茶色い髪、好奇心で満ちた輝く目が印象的だった。
その後ろから母親らしき女性も駆けてくる。どうやらこのあたりに住む住人らしい。
「道に迷ったのー? それとも遊びにきたのー? 」
アルスは膝を曲げて少女と同じ目線になった。
「ここの長老さんに会いにきたんだよ」
「まあ、旅の方、うちの子がすいません。
長老様でしたら奥にいますので、私がご案内しましょう」
アルスは背筋を伸ばしお礼を行った。
「ありがとうございます」
「ごあんない、ごあんなーい」
少女が楽しそうに前方へ駆けていった。
親子のあとについていくと、だんだん人の声が聞こえてきた。
どうやら村の中心地に近づいているらしい。
それにしても、ここに生えている木はどれも大きい。
特に太い木は大人が10人横に並んだくらいの幅の幹をしている。
そのような木は中をくり抜き、階段や扉をつけて家になっていた。
小川では野草を洗ったり、子どもたちがはしゃいだりしている。
村の人々は皆ゆったりした白い服を着ていた。
「ここはアシュヴァルトの“白い森”、村人が住んでいるところです。
ほら、白い霧がまわりに出ているでしょう。
これは世界樹が私たちを守ってくださっている証拠です。
これがある限り、怪しいものが迷い込むことはありません。
あなたは……、森に許された者のようですね」
母親はふふっと笑った。
「旅の方がくるのはすごく稀なんですよ。
だから、みんな多少は距離をあけて様子を伺っています。
でも、決して警戒しているわけではありません。
森が許した者だけがここに入る資格を得る。
つまり、ここに来るものは無害であることを心得ています」
村の人たちは確かに、それまで遊んでいた者も仕事をしていた者も、その手をとめてアルスを見つめていた。
「さあ、着きましたよ。あれが長老様の家です。ちょうど今お戻りになられたところです」
「ありがとうございます。助かりました」
「おにーちゃん、ばいばーい」
親子に手を振ると、アルスは木でできた扉をノックした。
すぐに向こう側から返事が返ってきた。
「鍵ならあいておる。入りたまえ」
「失礼します」
アルスはゆっくりと扉をあけた。木の香りがふわっと香ってきた。
中に入ると白いひげをたくわえた老人がこちらを向いて立っていた。
「む。見かけないやつだな。……旅の者かね? 」
「はい、森の賢者メラクの使者、アルスです。
手紙をあなたに渡すように言われ、ここに参りました」
長老の眉がピクッと動いた。
アルスが背中のかばんから取り出した手紙を受け取ると、丁寧に封をはずし、読んだ。
少しして、こちらに顔をあげた。
「遠路はるばる来ていただき、誠に感謝する。
今日はもう陽がくれてしもうた。ここに一晩泊まりなさい。食事も用意しよう。
明日の朝、この部屋に来なさい。お前に伝えたいことがあるでの」
長老は使いの者を呼ぶと、部屋へ案内するよう伝えた。
初老の女性で、アルスを見るとにっこり微笑んだ。
「どうぞ、こちらへ」
木でできた階段を上がると、2階の奥に小さな部屋が用意されていた。
「ここは客人を泊めるための部屋です。一晩好きに使ってください。
お疲れでしょうから、すぐに食事をお持ちしますね」
使いの者が部屋を出ると、アルスは背中の荷物を床に置いた。
木目が美しい床に、植物で編んだ絨毯が敷かれている。
壁には季節の花が飾られ、奥のベッドも木でできている。
窓からは村の様子がよく見えた。
ところどころ家の前に灯りがともり、人々は家路を急いでいる。
少しして使いの者が戸をノックし、食事を運んできた。
暖かい湯気がのぼるお粥と果物のシロップ煮だ。
優しい味わいに旅の疲れが癒されるようだった。
その晩、アルスは天井を眺めながら、(じーちゃん、どうしてるかな…)と考えていたが、知らずに眠りについていた。
アシュヴァルトの夜が更けていった。
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