第三十四話 決壊
キィ……と扉が開く。
刃鐘は扉が開いた音に合わせて振り返り、扉を見やる。
扉には一瞬君塚が見えた気がしたが、すぐに流れる雲が相手を包み込んで、姿は龍臣になっていた。
そうだ、君塚などいない、この世界には君塚斉はいなくなったのだ。
刃鐘は、にこやかに笑いかけ、嬉しげに一歩一歩と歩み寄る。
「お疲れさん、とまずは褒めようか」
「刃鐘さん――」
「おめでとう、これでお前には塔主の権利を与えられる、さて何を願う? 欲しい物は何だってあげられるし、願いは何でも叶うよ」
刃鐘は龍臣にふらりふらりと近づき、刃鐘を覆っていた包帯が風に靡く。
龍臣に笑いかけ両頬を両手でもって、背伸びし包み込んだ――。
「オレが塔主になったら、貴方はどうなる?」
「お役御免さ。まァ俺の願いが叶えられなくなるだけだ」
「――なぁ、どうして、そんなにオレを塔主にしたかったのさ、忠臣じゃどうして駄目だったんだ? 君塚の子孫ってことなら」
「どうしてって、……お前は自分を鼠だと言われるのを恐れていたからかな、まるでさ、自分見てる気分だったよ。君塚の血を持つ者がこんな気持ちを味わっていいはずがねぇって思った――君塚の家は、特別なんだよ」
「特別? そんな話、聞いた覚えない」
「――君塚家の身体には、神の血が流れているんだよ。だから、本来は此処は君塚家が所有すべきものなんだ、この世界を全て思い通りにしていいんだ! お前は! ……なのに、お前は怯えている。幼い頃に、馬鹿に捕まったばかりに」
「貴方はどうしてそんなに悲しむのさ、オレのことで、いや、君塚家に拘りすぎている」
「拘り? だって、本来のこの王の座は、お前が座るべきで、お前は世界中を呪ってもいいのに! 怒っても良いのに! どうして、どうしてそんなに享受して、悲しむだけで終わるんだ! 復讐すりゃいい! ……おかしいだろ、許したくないだろ、こんな世の中」
龍臣は、言葉の重みを感じるからこそ、責任感を持つからこそ、今の刃鐘の言葉を突っぱねて、刃鐘の頭を軽く叩く。
「違うだろ、それ。アンタが願うオレが思うべき出来事じゃなく、アンタ自身の心にくすぶってる怒りだ」
「オレが怒ってる? どうしてだ、怒るわけがない。全部全部諦めてる」
「だとしたら、享受してるのはアンタじゃないか。全部しょうがないしょうがないって引き受けて、嫌気がさして笑顔の仮面貼り付けていたの、アンタじゃないか」
「ち、が――」
「だから忠臣じゃなく、オレを選んだ。忠臣はアンタにとって、君塚斉ほどの諦観を感じなかったから。アンタはつまり、同類が欲しかったンだ。自分と君塚斉の」
「……龍臣」
「刃鐘さん、一つ聞きたい。一度願った行為は覆られないのか?」
「? どうしてだ」
「不死身になった貴方が、死を願わなかったのも不思議で。もし覆るのなら、それほどに生きてまで叶えたい出来事がアンタの中にあったんじゃないのかな」
龍臣の言葉に、刃鐘は首元に手をあて、きゅっと唇を結んだ。
「ない、そんなもん。あるわけがない、願いなんて叶えきった、全て願ってやったよ、したかったこともしたよ」
「したかったことって」
「白上一族が悪だってこと、世界中がむかつくってこと。君塚斉くらいしか、正しい奴はいなかった。オレを、助けてくれる奴は、君塚斉一人しかいなかった!!」
「……カラに閉じこもっていたいのなら、世界を巻き込むなよ、刃鐘さん。オレは、カラを破ったから言えるのだけれど、世界は何もしていない。何もできないんだ、だって世界ってやつは概念だから。アンタが言う世界中ってのは、アンタの人生で出会った日本人だけだろ。……世界中の何分の一である人口だと思う?」
「……は、はは。ははははははは! 龍臣、お前――オレに講釈たれようってのか。説教しようっていうのか、もういい、どうでも。どうとでもいい。オレの勝ちだ、だってお前は塔を登りきった。お前が、塔主だ――正しい形に戻った」
「それであとはオレが塔で、不老不死の解除を願って発表でもすれば、日本中は君塚家を持ち上げて、ヒーローにするなぁ? アンタが望んだシナリオ、か。これも塔の願いの力かな」
「何とでも言えばイイ、オレは下界に下りて発表してくるよ、オレこそが世界中を混乱に陥れた馬鹿だとね」
「刃鐘さん、実に言いづらいんだけどねぇ――あっち、あっちの塔。美衣の塔、見てください」
「白上の塔がどうした――!? あ、れは……嘘だ、そんな、まさか」
「あっちも同時に登ってたっぽいんすよ、だって、あんな旗を立てる余裕があったくらいなんですからね、まいったなぁ」
笑いながら龍臣が、美衣の塔へ視線を向ける。
美衣の塔の頂上には一人立っていただけなら気付かないだろうが、美衣の塔には真っ赤な旗が猛々しく刺さっているのだ。
旗の下に、一人人間が立っている、何回も何回も、白上家や自分の家の歴史を見ていくうちに覚えた面構えが立っている。
――君塚斉、だ。
「どういうことだ」
「さぁて、何にせよ、オレが塔主になることはないみたいだ」
「いいえ、貴方様も王の一人です、新塔主様」
「じゃああの旗はどういうことかな、黒鳩」
黒鳩がばさばさと飛びながら、刃鐘と龍臣のもとへやってきた。
羽根が時々抜け落ちながらも、龍臣の肩へと留まる。
「同時に登ったのです、一ミリもずれることなく。一コンマでさえ。奇跡ですね、そこで。次の塔主を選ぶのは刃鐘様次第ということなのですが……此方へ斉様をお招きしても宜しいですか?」
「宜しいも何も、何であいつ――生きてるんだよ?! どこに、何で、今まで、どうして」
刃鐘の瞳はきらきらとしていた、最初は世の全てを恨んでいる目をしていたのに、今では世の果てに奇跡を見たという目をしている。
輝きに、希望に満ちた目だ。幼い子供心を取り戻した、そんな瞳だ。
希望に満ちていた瞳が、ふいにまた暗くなる。
「――生きていながら、オレを、此処に捨てたのか」
「被害者面は本人と話してからにしたほうがよいですぞ、刃鐘様。どうか、お招きください」
「塔主の権限はオレが持っているのか?」
「左様です、さぁさぁ刃鐘様。お会いしたかったのでしょう、かのひとに?」
「斉――斉先生、馬鹿な面見せにこっちへ来てください!!」
刃鐘が両手を、斉がいる塔へ向けてから、懇願するように空を仰ぎながら祈れば、君塚斉が龍臣の隣に。
刃鐘は大泣きしながら、斉へ駆け寄った。駆け寄り、飛びつくように小さな身体は、斉へ抱きつき、斉もまた抱き留めた。
「長い間、一人にして悪かったね。君の死罪連続の話を知ったよ、なんて無茶な真似を!」
「先生! 斉先生! だって俺の罰だ! どうして、嗚呼、どうしてオレを塔主にしたんだよ! 貴方がいないこの世界など! 大嫌いだ!」
「本当に? 君は、この世界がまだ大嫌いなままかい? 空の色も、花の色にも、感動していた心をなくしてしまった?」
「そんなもの! 貴方がいたから煌めいていたんだ! どうして生きているんだ!?」
「塔主が願った行為を叶える塔だから、きっと君が、僕を閉じ込めておきたいとでも思ったんじゃないかなァ君を塔主にした直後に」
刃鐘が斉に抱きつき、大泣きしながら大笑いした。
泣きながら笑うなど、器用だな、と黒鳩なんかは思いが過ぎったが、龍臣はほっとした様子で皆を見つめていた。
ふと。
気付いた。
気付いてはいけない、いや、気付くべきことに気付いた。
――君塚家の血筋が、神の血筋で三つの塔を登る権利があるとする。
だとすれば、それは――白鴉もではないだろうか?
白鴉にも権利があるのだとすれば。
たとえば、白鴉が滅びの塔に登ったとすれば。
そこに、無理矢理にでも忠臣の一部があったとすれば。
滅びの塔へ視線を向けると、千切れている忠臣の手を使って、ひらひらとふり愛想をふりまく白鴉の姿。
白鴉は、薄く笑い、小さく口の形が「滅べ」と成していた。
あの様子では、己達よりも真っ先に辿り着いていたのかもしれない。
忠臣の一部だけを使い、自分が塔主であると白鴉に認知させたのだろう。




