第三十三話 揺るぎない英雄
彦が戻ってくるなり、状況を聞き、龍臣は落ち込んだ。
やはり、この世界は自分の行いは全て返ってくるのだと、肩を落とした。
何より、悲しいのだ。
忠臣が世界から消えてしまった感覚がして。
それでも自分と美衣、家族だけが忠臣は確かにいるのだと忘れなければ、忠臣の存在は証明し続けられる。
自分という物を塔に覚えさせればいいのだ。
塔は誤認している、ならば龍臣と忠臣を同じ場所に同席させることはできまいか。
うまくいけば、階段を登らず忠臣が登ったところから、登るのが可能かも知れない。
「どうすればオレが龍臣だと証明できるかだ、問題は。見目と言葉から、忠臣のほうを誤認している」
「主殿の大事な物を主張すればいいんじゃないんですか?」
「オレの大事なもの? 大事な人ならいるよ、美衣と忠臣」
「どうして大事なのか本音から語ったほうがいいよ、この塔は人の本質を見つめる癖がある」
恐らくそれが、忠臣の元に行ける鍵になるのだろう。
それならば、つらつらと語ってみよう。龍臣が龍臣なりに思う、大事な二人を守りたい心。深呼吸してから、震える心を揺さぶり、勇気を無理矢理にでも握らせておく。
恐怖など、捨てちまえ。恐怖したことは捨てなくてイイ、いつか恐怖した記憶が大事な物を捨ててはいけないと訴えかけるから。だが、今感じる恐怖は持っていたらいけないものだ。
必要、ない。必要あるのは、美衣や忠臣を守る意志。
「自分の身体で例えるなら、忠臣は口だった。美衣は右手だった。何事も代弁してくれていたから、口で。守るも壊すも共にしてきたから、オレの利き手である右手でさ。もう身体の一部みたいなものだった、だけど、忠臣には口じゃなくなってほしい。美衣にも、対等に。身体の一部じゃなくて、隣に並んで歩きたい。自分の身体のように動くから大事だった過去とはもう決別する、もう隣で一緒に歩いて行きたい二人なんだ」
塔が僅かに揺れた、身体が揺れたかと思えば、それを支えたのは忠臣で忠臣自身も驚いてすぐさま手を離した。
景色を見ても判らない、何処までも青い色が続く空と雲ばかりだから。
ただ、青みは濃くなったかと思う。
何より、忠臣と白鴉が此処にいる。
忠臣の目が見開かれ、じ、とかつての龍臣のように怯えた反応をする。
「どう、して」
「忠臣、この塔に登るな。この塔はオレの塔だ」
「……――違う」
「違わない、この塔は紛れもなく、オレの物だ!」
「――……兄さん」
はっきりと言い切って決断するオレを前に、忠臣は茫然としてから睨み付けてくる。
「願い続ける人生になるんですよ」
「そうだ」
「美衣さんとも会えなくなるかもしれない、願ったとしても」
「どうして?」
「現に刃鐘さんはひとりぼっちだったでしょう? 貴方は、好きな女がいる、泣かせていいんですか?」
「いいんだ、美衣は判ってくれた」
「そんな馬鹿な! あの人こそ、兄さんを全力で守りたい人じゃないですか!」
「忠臣、ずっと長い間守ってくれていて有難う。けどな、オレだってお前達を守りたい。その為なら死ぬまで、過度じゃない平和を願い続ける狂気だって持ち合わせるよ。――忠臣、有難う。オレは、もう鼠じゃない。鼠は――言葉を発しない、オレは、人間だから言葉を発するよ」
忠臣の目から涙がぽろぽろと流れた。
過去の龍臣と決別しているような感覚に解せないから、忠臣らしい表情を無理矢理に手で眉をつり上げさせて、作ってやると忠臣はより一層泣いた。
「馬鹿兄貴、何年前の、約束、だよ」
「これで言葉はすべて、オレの物だよ。ちゃんと、責任持って言葉を使うから、安心して欲しい。笑われても気にしないよ」
「今ここで僕が嘲ってもか!?」
「してもいいけど、そんなことしないよ、忠臣は優しすぎるオレのヒーローだから」
無意識と、ヒーローという言葉を言ってしまった。
ずっとずっと望まれていた言葉だと知っているから、敢えて龍臣は使いたくなかった。
知っていて使うのはずるいと思っている上に、弱味だと龍臣は感じている。
だが忠臣は心から嬉しそうな笑みを浮かべて、龍臣の頭をするりと撫でた。
「そうか、僕は……そうか。……ずっと、刃鐘さんのヒーローになりたいのだと思ってた」
「違うのか?」
「違っていたみたいだ、僕は、きっと誰でも良いから、『ありがとう、ヒーロー』って言われたかったんだ……誰でも? いいや、嫌だ、僕は大事な人のヒーローになりたかったんだ! 『皆』のじゃなくて、『恩人』や『家族』の……! 上ってください、貴方が真っ先に。誰よりも、階段の重みを知っている」
忠臣が歓喜の声をあげると、忠臣が揺らぐ。
「僕はもう駄目です、上れない、でもそれでいいのだと思う。有難う、諦めないでください、僕のヒーロー! 貴方こそが、真のヒーローだ! 貴方こそが、誰よりも強い人だ!」
揺らいで二つにぶれたので驚いて手を伸ばすと、忠臣は消え、そこには白鴉が取り残された。
「……忠臣は?」
「――滅びの塔に戻されたみたい。どうして、こうも、邪魔を」
心の底から憎悪というものを声にした白鴉が、オレを睨み付ける。
口元を拳で隠し、親指の爪を噛んでいる。
「小憎たらしい」
「お互い様だから、問題ないだろ」
「いっそのこと、貴方なんていなければいいのに」
「恨み言を言いたいだけか、それならそこを退け、オレは歩かなきゃ。登らなきゃ」
龍臣の意思を止める奴には見向きをしてはいけない。
この塔を登る決意をしたときから、意志を通すためには、強い意志を持ったほうがいいんだと知った。
切っ掛けは全て、あの黒い鳩のお陰だけどな。
信頼されたいから信頼するんじゃ駄目だな、といつしか思い始めてきた。
忠臣、美衣の二人に対しての過去を振り返れば、信頼したいから信頼する形故の失敗などを思い出す。
言葉を任せきってしまった忠臣、保身を委ねてしまった美衣。
オレがオレを守りたいための、失敗が多い。
何か、何か一つ。人生のうちで何か一つ、頑張ってコトを成し遂げたいじゃないか。
一つでも何か成し遂げれば、あとはまた頑張ろうって、次の日も、明明後日も頑張る気力になるじゃないか。
それらを止めようとする奴であるのならば、拒絶したほうがいい、と冷静さを取り戻していた。
「退け、白鴉」
「嫌よ。覚悟のない貴方には、きっと何も出来な――」
「ヘェ、お前って実体ないんだ」
容易に首に手をかけようとすれば、するりと手は身体を抜けていったので、そのまま歩いて行った。
微妙な心地悪さはあったが、気に留める必要もなく。
白鴉はひゅっと息を呑んで、傷ついた顔をしていたが、どうでもよくなった龍臣。
白鴉の言葉を気にすることもなく。
「無視、しないでよ」
「時間が無駄だ」
「無視しないでよ!! どうしてどうしてどうして?! 忠臣様が登れば貴方は、登らずにすむんでしょう?! 何で、わざわざ苦しむほうを選ぶのよ!」
「お前は忠臣と仲良くなったのか?」
「ええ、そうよ!」
「それなら何で忠臣を止めようとは思わなかった? 忠臣なら苦しんでもイイ、って言いたそうでそれが毎回苛つくんだよ、お前は。だから、オレに塔を登らせる為の煽りなら、効果的だったよ」
階段を登っていくと後ろからぎゃーすか声が聞こえた。
いつしか声の存在は遠のく。
千湖や彦が前に言っていた。塔の従者でさえ、入れない領域があって、その階層まで辿り着けば、あとは塔主の根性次第だと。
伽藍堂の心に、鐘を用意したのは黒鳩だ。
伽藍堂の心の鐘を、揺らして鳴らしたのは美衣と忠臣だ。
伽藍堂の心じゃないと、保証してくれたのは千湖と彦。
伽藍堂め、と嗤っていた白鴉を無視するようになれた強さに、拍手をし、今歩こうではないか。
祝福の地へ。頂上へ。
頂上らしき場所に、何回か判らぬ程の寝食をしながら、登りきる。
最後の食事は、古い古い、固形携帯食のチーズ味。
濃くて苦手だったはずの味が、寒さに震えながら食べる今だと何故かほっと落ち着く。
食べきって水と一緒に飲み干すと、目の前の扉を睨み付ける。
蔦があちこちに生えていて、開けにくいだろう扉。
リュックに入れていたナイフを取り出す、ナイフでもって、沢山の扉の淵にある蔦を切り刻む。
ざくざくと切っていると、間違えて自分の手を切り、小さく流血する。
痛い、と感じる思いも無視して、手元を舐めてから、もう一度蔦を切り刻む。
手の傷は、頂上で治せばいいと思い――。
何か、背後で、千湖の息を呑む気配がした。
「龍臣、あれを、見て」
「あれは――みっちゃん?」




