第三十一話 またしても登る
「君塚! どうしてここに閉じ込められておるのだ!」
「やあ黒鳩、君の見目は相変わらず可愛い小鳥のままなんだね。……あー、悪いけど、飲み物、くれる? 何分、何十年も飲み食いしていないんだ……からからに干からびていないのが不思議なくらいだ」
「白上のお嬢、くれてやれ、君塚に!」
ばたばたと忙しなく飛び回る黒鳩に、美衣は邪魔めいた仕草をしながらも、君塚へレトルトのお粥とスポーツドリンクを与える。
突然の水分は身体に悪いので、じわりと、舌に湿らせて馴染むようになってきてから、君塚はじっくりと時間を掛け飲み始めた。
それからレトルトのお粥の封をどうやって切るのか悩んでからようやく開ければ飲むように煽り、がつがつと喰らうと、満足げに目を瞬かせた。
「ああ、何年ぶりの食料だ。見覚えない飲み物だったけど」
「君塚、どうしてここにいるんだ!?」
「うん――実は、ね。塔主が交代してから、ずっと此処に幽閉されていたんだよ」
「どうして?!」
「無意識に刃鐘が最初に祈ったのは、生きながらえることじゃない。オレが、永遠に刃鐘のものになるということだ――でも、明確な願いではなかった。はっきりとした願いではなかったから、オレは此処に塔から隔離されていたんだよ。最近刃鐘が変わってきたようだね、だからきっと君達が僕を迎えに来られるようになったのだろう」
君塚は名残惜しそうに、スポーツドリンクを飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。
「さて、白上家の娘さん。僕を刃鐘のもとに連れて行ってくれないかな」
「刃鐘は頂上にしかいない、あたしは塔主候補を外れている」
「――ああ、じゃあこう話そうか。今から、卑怯技使うから、その矢面に立ってくれないかな?」
「何をするってぇのさ、アンタすげェ邪悪な顔してるよ」
「ああ、とりあえずはこれから塔の思考回路に忍び込んで、現状把握するよ。その間、お嬢さんは僕を隠してくれ。黒鳩、久しぶり、君にはお願いがある。塔の候補者を、美衣さんからこっそり僕にしてくれないか――」
*
塔の壁にぺたぺたと触れる姿を美衣は茫然と見つめていた。
美衣は気が抜けた表情をしてから、一気に、目が覚めたような驚きかたをする。
「はぁ!? 塔に思考回路ォ!?」
「これだけ生き物のように、人を選別する塔なんだ。あってもおかしくないでしょう、お嬢さん」
「そんなことありえねぇって! 塔に脳みそでもついちまってるってのか?!」
「脳みそ――正確には、ココロ、とでもいおうかな、それなら分かるかな」
「ココロ……塔に、ココロ、ねぇ……」
美衣は納得がいかない表情を浮かべて、胡座をかき膝で頬杖をついた。
「お嬢さん、自分に感心が疎いということは何をされても文句は言えないよ」
「へ?」
「パンツ、見えてる」
「うっるさい! もう疲れたのよ、朝から晩までツルハシ担いでアンタを助けたンだから! その上で、まだまだ考えさせるとか、正気かよ!」
「そんなに苦労して考えないと判らない? 何にでもココロはあるよ、付喪神とかあるだろう?」
「悪ィけど、付喪神とか付きやすくなる時代に生きてないのよ、アタシ。すぐ捨ててすぐ買う文化圏の人」
「それはお金持ちだね」
「そんなんもうどうだっていいけど、ココロがあるからって何! 塔のココロってやつが判れば、この騒動を止められるってぇの!?」
斉は瞬き、考え込んでから、肩を竦めた。
「世の中には確実なんてものはないけれど、僕にはできるんじゃないかな。かつて塔主だった存在だ、それに――君塚家というやつは、一つ特別な血が混ざっていてな」
「特別?」
「神の一族である血が混ざっている、だからこんな厄介な塔を、人間との血が混ざったとはいえ、人間が扱えるようにもなったのさ」
「か、み」
突然すぎた単語に、美衣はまたしても混乱する頭を片手で押さえる。
「特別の血と混ざった本人は、素知らぬ顔をしているけどな、黒鳩――いいや、上総介」
「はてさて」
「ご先祖様は、かつて神と子供を作ったようで。その際に特別な塔を与えられたようだ、本人は登りきる前に死んだけれどな」
「神……黒鳩、マジかよ、神様と子作りしたのかよ……つか、神様って、いるの……神様がこの塔主じゃァないのかよ!」
「そうだよ、この初代塔主が神様。頂上にいるのに飽きた塔主は、地上に降りて、上総介と結ばれたくなり、祈り願いを叶え、恋に落ち無事子供が産まれた。問題は、上総介がどんなに頼んでも、短命である運命は変えられなかっただけ。妾の子であった白鴉も、産まれる前に殺された。残るは、子と自分自身だ。愛する人、愛する一族の魂を迎えるために、塔は子に与えられた――それが、僕の血筋の先祖だよ」
「だから、刃鐘は本来の塔の持ち主である血筋の君塚家に、返そうと?」
「いいや、それだけじゃあないな。それだけなら、挙手してる忠臣さんでも許しそうだから。でも否定する何かが、忠臣さんにはあるってことでしょう。龍臣さんじゃないと、いけない何かが塔の中に――それを知る為に、塔のココロを見よう、っという話だよ」
美衣はふと、幼い頃に出会った頃の刃鐘を思い出す。
龍臣を見つめる目は、愛しげなもので、己を見やる目は憎らしげであった。
ただ、それでも、何となく思うのは。
「刃鐘ってもしかしたら、塔って存在を変えたいのかもな」
「どうしてそう思う?」
「だって! あたしや忠臣は即座に登るって言ったけど、龍臣だけは限界ギリギリまで登る決断を、慎重にしていたから。それって……即座に力を受け入れるのを拒否したってことでしょ。即座に与えられる力に、頷かない意志が塔を変える何かになるかなってあたしは思っただけ」
「そうなれたら素敵だね、かっこいいと思うよ。本当に、塔を、変える人材になるのならな。……可能性は、あるか。そうでもなきゃ、刃鐘が龍臣さんを選ぶ理由が分からないんだ。塔はまだ判る、塔は君塚の血筋だからな」
「でも、塔は同じ血筋の忠臣は除外しているよ、不公平よ!」
「……だが、その不公平さが肝になるかもしれないね、塔攻略の」
斉は美衣と黒鳩を見やると、暗い室内の壁をぎこちなく辿る。
慌てて美衣は、手元を照らしてやろうとすると、斉は笑う。
「あまり、強い灯りにまだ目が慣れていなくてね、あまり手元は照らさないで、そうだな、足下。足下くらいがいいかもしれない、直接照らすのは地面にしてくれ、そう、そうだ。いいこだ、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんっての、やめてくれ、そんな年齢じゃないよ、あたし」
「僕からすれば、お嬢ちゃんどころか、赤ん坊なんだからそれで妥協しないか?」
「それが食べ物与えた恩人に対する態度かよ! 二度とあげねぇ! 貴重なんだから」
「どうして?」
「世界中が皆、食べ物食べなくても不老不死になったから、食べ物自体が嗜好品になりそうで、たっかいのよ……買うのは富裕層だけ」
「……不老不死? 人間が、そうなったのか」
「そうよ、龍臣が誕生日を迎えた日に、塔の候補者三人だけが死ぬ身体で、他の人間全員不老不死だから恨まれちゃったんだよ」
美衣の言葉を聞けば、斉は顔を顰め、自分の顎に拳をあて、考え込む。
美衣は手元を照らすのが飽きてきた様子で、くるくる手元を回しているので、光源がくるくる移動して、光の移動が五月蠅く黒鳩には感じられた。
「不老不死、己には羨ましくて堪らんがなぁ。何故嫌がるのやら」
「人間じゃないからだよ」
「でも、人間の定義が変わろうとしている、少なくとも日本内では。そうじゃろう? それでもお前さんは、皆と同じになっても嫌だと言えるのか?」
「……あたしは、嫌だよ。人の痛みに気づけるのって、痛みを知ってるからだと思う、それが鈍くなりそうだろ? だから、あたしは絶対嫌だね!」
「――なるほど、塔を変えるうちの一人であるのは、お前さんもかもな、美衣。お嬢ちゃんと呼んでいたのを、訂正してしんぜよう」
黒鳩は納得した様子で美衣の言葉の先を促す。
「あたしは少なくとも自分自身はただの、そこらの通行人と一緒にはなりたくないよ。龍臣や忠臣と同じ物を見る視点になれるなら、そこから何かしたいよ。あたしが変えられるなら何かしたい。それで、塔のココロってのはどうやって見れるの?」
ようやく塔にココロがあると受け入れられた美衣は、厭う素振りをそれ以来見せず、自然なモノとして受け入れるような、平坦な声で問いかけた。
「今いる場所って、塔の内部なんですよ、人間で言う部分の心臓部。心臓とココロが近いと思う派ですか? それとも、脳みそとココロが近いと思う派ですか?」
「脳みそ!」
「そう、でしたら――僕の指先の方角を照らしてください、言いたい言葉は伝わる筈です」
す、と指を美衣の真似をしてくるくると回しながらも、斉は一定の方角を示す。
美衣は言われたとおり、君塚の指先の方角を照らし、ふと、声が一気に落ち込んだ、というより気が抜けたようだ。
「また、登れ、ってか」
先にあるのは、白いらせん階段――。
「もー!!! 階段ばかりで、いやーーーーー!!! しかも今度は真っ暗じゃんかー!!!」
「――文句の付け方は、やはり、お嬢ちゃん、かな」




