第二十七話 元塔主の気配
僅かに赤い塔、蔦を生やして、それらが全て塔を囲う勢いになるほど成長しきっている蔦。
窓の近くにある蔦を手元で遊びながら、美衣はふと振り返り、黒鳩を睨み付ける。
塔の階段より内側には、ほんのりとひび割れ。それらは、全て黒鳩に命じられ生身を持つ美衣がやったことだ。
道具は用意されていた――ツルハシが。
美衣の珠のような肌には汗が浮かんでいた、先ほどまでツルハシを使っていた証だろう。
「本当にここであっているってェの? この中に刃鐘を止める材料が?」
「本当に本当で御座いますよ、この塔に従属して判った。己の魂が呼応している、真の主が埋まっていると」
「真の主って――」
「君塚斉――恐らく、この中にあの人が残した何かが御座いますよ」
「でも全然びくともしねーじゃん!」
「まァ貴方様が非力で御座いますからねぇ」
「アンタのそういう馬鹿にした態度って、本当忠臣みたいで懐かしいよ」
「ほらほら充分お休みになられたでしょう、てきぱき手を動かしなさって」
「龍臣に内緒でやれって厄介な指令だよ、ほんっとうに!」
それでも協力したのは、君塚斉だけがこの事件を解決に至る切っ掛けに繋がるのではないだろうかと、美衣も感じ取っているからだ。
白上家の歴史から見た、君塚斉という男は面白く悲しくもあった。
千湖の恋人という歴史と、刃鐘の主治医であり恋仲であったという歴史――。
刃鐘をとった君塚により、千湖はふられ彦に見初められる。
君塚を語るときの刃鐘はいつも、悲しげに薄らと愛憎を隠し持っていた。
愛憎とはいえ、過度な執着を。
だからこそ、世界の王を決めるというこの争いに、崇拝する君塚の血筋と、嫌悪すべき白上の血筋を代表に出してきたのだろう。
君塚の血筋を王にし、やはり君塚家ただ一つだけが人間の中で唯一の正義なのだと。
あの家系以外の人間は、刃鐘を見殺しにしたと刃鐘は恨んでいる。
君塚斉は、今の刃鐘を知ったらどう反応するかも、気になった。
最初に、塔にいた頃を思い出す――幽体でいた頃に、君塚斉と確かに出会ったのだ。
まず最初に、やたらと派手な黒い鳩の姿を貰った。
最初の当主、君塚斉が願った故に。
どうして鳥の姿だと聞けば、「動物が好きだから」と舐めた口をきいた若造だったのを、黒鳩は覚えている。
君塚斉は、やたらと塔から下界を眺めていたのも覚えている。
医者だというので勉強はしないのかと問えば、「塔で願えば、患者は全員治る」と返ってきた、悲痛な表情と共に。
君塚斉は、全ての才を塔に願っただけで与えられた、万能に近い、神の器であった。
神の器ゆえに、心はやたらと人の機微に疎かった。
千湖がまだ生きていた頃にでさえ、貞操観念が死んでいた。
故に――刃鐘と出会い、初めて本気の恋をしたと笑って話していた。
君塚は刃鐘と出会い、自力で医学について勉強している内に――君塚自身いつの間にかどこか消えていた。
「白雪姫という物語をご存じですか?」
「そりゃ知っているよ、アタシは女の子だ。そうでなくても、知ってる奴が多い時代に生きてるよ、アンタと違って」
「……最初に、千湖から話を聞いたときは、馬鹿臭いと思いました。なぜ、死んでから迎えに来るのかと。だが、今であれば死に近しい刃鐘様を見れば、王子の存在を願いたくなる。……――己はいつの間に、こびととやらの視点になったのかの」
「要するに、刃鐘を救いたいってことだろ、なら素直にそう言えよ!」
美衣はツルハシを手に持ち、もうひと頑張りし始めてくれた、がつん!と壁にツルハシを叩きつける音が鳴り響き続ける。
刃鐘は龍臣の動向に夢中だからこその今、戦線離脱した美衣がやるしかない。
もうトラップコースを外れながらも、塔に存在できる美衣しか、許されない行いであった。




