第二十四話 夫婦の再会
「……そう、アンタ、こっちにきたのかい」
「はい、千湖。脅されて、仕方なく、ね」
先ほどの激高と違ってやたらにこにことご機嫌の彦は、千湖のそばに寄ってから、オレへ薄笑いを浮かべて唇だけで、「ありがとう」と礼を告げた。
彦が礼を告げた瞬間に、千湖はそっぽを向く。彦はにやにやと千湖を抱き寄せ、千湖の香りを胸一杯に嗅ぐ。
「ああ、千湖、お会いしたかった。僕はこの日を夢見ていたんです」
「放しなさいよ、あたしはアンタのこと嫌いなのよ」
「では好かれるように頑張りますとも、熱烈な歌もやっと聴けましたし?」
「――ッあれは、作戦上仕方なく!」
「それでも数ある歌の中で、あの歌を選んだ。僕が、貴方に惚れた切っ掛け、出会いの歌を。さぁ千湖、僕の愛を受け止めてくれるまで僕は諦めませんよ!」
「馬鹿たれ、諦めろ!」
千湖がべしっと彦の頭を叩いたのを頃合いとみて、オレは声をかけた。
「千湖、歌を有難う。美衣の塔はこれでいい、あとは忠臣の問題だ。みっちゃんもそうだけど、忠臣もオレには刃鐘さんからの、人質なんだと思う。そうだろ、彦」
「お答えしません、貴方が新しい主だとしましても。確実なのは、僕が補佐になったからには全力でお仕えする約束はしますよ、千湖と会わせてくれた礼も兼ねて。それくらいの筋は通して、――登らせます。貴方を真っ先にね、塔主様」
「そうさね、アタシも思うよ。アンタが塔に登る為に必要な要員なんだって。白上の塔はうまく解決できた、上出来だ。だが……忠臣の塔は、どうすべきかねぇ。忠臣自身が諦めるしか手がない」
「あいつは……」
あいつのことだから、何も言えないオレを見て、自分が動かなきゃって思ってるはずだ。
何しろ最後に見せたオレの姿は、今振り返れば情けないものだったのだから。
どう見ても、頼りない、他者に助けを求めるだけの人間だった。
黒鳩との遣り取りのあとで、自分に眠る狡いところが見えてきた今なら判る。
オレは、何もかも選択肢ですらも、忠臣に今まで全て任せてきたんだ。
今まで選択肢をも任せてきたなら、自分がしないとと、忠臣が考えるのも止められない。自然な流れだ、寧ろ不自然なのはオレなのだろう。
オレは、変わろうとしている。
丁寧に孵化する蝶ではなく、いきなり繭を毟り取られた状態に近い程の、急激な変化なのだと思う。
それでも、黒鳩に見せた、自分の本音が忘れられないから。
――人に信頼を置きたいのならば、真っ先に相手が美衣や忠臣じゃなきゃ、二人とも悲しいじゃないか。というより、オレが嫌だ。
忠臣や美衣は今までオレが、言葉を発しない無責任さを許してくれていた。
寧ろ、守ろうとさえしてくれていた、オレの意思だけをくみ取ろうとしていた。
時には、美衣はそれを否とし、怒ってくれた。
ぶつかり合えるということの大事さを、思い出さなければならない。
忠臣とぶつかってきた覚えがない人生だ、決して喧嘩してこなかった、どんな状況下であろうと。
忠臣が必ず折れてくれた、オレはまるで王様気分で自分の意見ばかり忠臣を通じて、通してきた。自分で発言する責任すら背負わず。
もう、逃げてはいけない。
忠臣に全てを任せては、いけないのだ。あいつは、オレに呪われている。
オレの代弁者、という覚えを感じているのだろう、無意識に。
「龍臣、いいかい、良心は全て捨てるんだよ。白上のお嬢ちゃんみたいなやり方じゃあ駄目だ、あれは彦が狙いながら譲った部分もあるからね。空間把握能力が高いんだ、この馬鹿は」
「彦さんは怒っていたな、千湖の歌へ。目が笑っていなかった、よくも利用してくれたな!って台詞が過ぎったよ、脳裏で」
良心を捨てろという言葉へ、軸をずらして答えて笑う。
返答が良心を捨てられない、というものに気付いたらしい千湖。
じと目で千湖は彦へ視線をやると、彦はにやにやとまた薄ら笑いを浮かべる。
「そうしないと、あの場は貴方も警戒するでしょう、塔主様」
「そりゃあそうさ、私の歌を封じていたのはあの馬鹿だったからね、生前は。塔で存在し始めてからは、私に歌って欲しがってこいつは自ら歌っていたのさ。一緒に歌おうって誘うように、歌を毎日歌っていた馬鹿だ……」
「どうして歌を封じたんだ、死後も尚」
「……――それは」
「なんで歌ってくれたんだ? オレの、塔主の願いだからって、そんな都合良く素直に聞いてくれる千湖だとは思わないんだけれど」
「――アンタが、私の歌の価値を認めてくれたから。作戦からして、随分あたしを信頼してくれたじゃあないか。期待に応えなきゃ、あたしの名が廃るよ」
「――そう、か、千湖らしいな」
千湖の温かみや女性特有の柔らかさを持った優しさに、充分に包まれた気がする。
包まれた気持ちを何かでお返ししたいと思っていたが、信頼という形でお返し出来た様子だ。千湖は誇らしげに胸を張る。
今は、美衣には自分の塔で休憩してもらってる――ぐうぐうと階段で今は眠っている。
「黒鳩を本当に信じてるのかい、龍臣」
「オレには信じたい理由がある、あいつもそれを知っている。だから、あいつがもしもオレの知らない何かで動くとしても、オレ自身を裏切らないと思う。信頼を裏切る奴である可能性は否定できないけども、あいつから聞いた願いは――本心だと思いたかった物だったよ、オレはあいつの願いを聞いたから信じたいのもある」
「どんな願いだった?」
「それは――」
「随分勝手な真似をしたわね」
窓の淵に、白い鴉が飛んできて脚を休めている。
瞬くと女性の姿になり、外の景色から見える灯りと相まって眩しかった。




