第二十三話 潔い君を見たから
「美衣さん、登るのを少し待ってください――何か聞こえました」
「あ? どうしたよ」
「……これは……――千湖の歌?!」
「貴方達に立ち止まって貰う為に、歌って貰ったんだ」
オレは光香さんを縛り上げた状態で、彦と美衣の傍に近寄る。
彦が一瞬目を丸くしてからオレを、きつく親の仇でも見るように睨み付けてきたので、オレは蔑む目を向けた。いや、嘲る目、かな。
「お婆さま! お婆さまに何をするんだ、龍臣!」
「みっちゃん、黙ってて。オレは彦と交渉にきたんだよ。みっちゃん――美衣を塔主と認めるのは、やめろ。オレの塔に属せ、この塔をオレに寄越せ」
「――どうして、美衣さんという我が塔主ではなく、僕に圧をかけるのですか?」
「貴方が、この塔そのものだと、気付いたから」
「……どういうことだ、龍臣?」
「みっちゃんは黙っててってば。……簡単な話だよ、この塔の鍵は彦さんの心のテリトリーを現している、決して拒めない人に触れていればもしかしたらこの塔に入れるんじゃないかなって思って、入ったんだ。うちの塔の鍵が、千湖達の許可なくして入れないからさ。この婆さんを利用すれば、彦さんは抵抗できねぇってな。……さぁ、塔主の座を。そうだな、黒鳩に明け渡して貰おうかな」
「あのいけすかない馬鹿鳥に渡せって!? ははっ、君塚の生まれ変わりは、随分馬鹿げたことを仰るんですねえ?! ――光香さんを人質にするのも気に入らない、その方がどなたと心得て、僕に脅しているのか。千湖の、妹と、知って尚」
「知っているよ、感動の再会してるところを縛り上げたからな。やっすい涙のちゃちい舞台だったよ、千湖なんか光香さんを使って脅せば、歌を簡単に歌ってくれた。アンタの頼みでは、絶対に披露してくれない歌をな!」
「――ッ貴様ァアア!!!!」
オレは薄ら笑いを浮かべて、光香さんの頬へナイフを滑り込ませ、ぺたぺたとくっつけて挑発する。その度に彦が動揺するってもんで、可笑しい。
「さぁどうする? 婆さんをここから突き落とすか? 死にはしないが、身体も再生できない程の痛みに、永遠に襲われるだろうな、この高さからなら」
「お婆さま! 龍臣、どうしたんだよ、お前! やめろ、やめて! 彦、まだアタシならやれる、登れるから塔主の座を渡すな!」
「龍臣、一つだけ。塔主自体は僕の意志では変えることはできません、ですが――補佐は交換できますよ。美衣さんの見張り、ということで黒鳩と僕の補佐担当塔を変えることしかできません」
「――この塔にまだ何かあるんだな?」
「君次第で」
にっこりと笑いかける彦にオレは苛つきながらも、頷く。
「判ったそれでいいだろう、美衣を登らせるなよ、黒鳩」
「御意に、――塔主様」
「やめろ、やめて!」
美衣が泣きながら、彦に縋るが美衣の指から指輪を無理矢理引き抜き、オレの抜いた黒鳩が渡してくれた指輪と、交換する。美衣の指輪に、無理矢理、彦は嵌めた。
黒鳩の人の姿が安定し始める――それまで不思議な落ち着かない気配だった黒鳩が、人間らしい空気を持ち、一緒にいても落ち着く空気感を持つようになった。前までは実体も気配もないのに映像だけはある感覚だったが、今は気配を感じられる。
黒鳩は、ニヤァと笑い、彦へ馬鹿にした視線を向ける。
彦が悔しげに、美衣を見やる。
「美衣さん、ココでお別れです。貴方の成長を見届けられなくて残念です」
「彦……!」
「主を変えたらそいつに従うしかないんです、何より黒鳩は塔に登る条件をクリアしている存在ですからね。黒鳩は――君塚家の者だ。君塚家の血が流れているだけで、どの塔からでも塔主になれるんです、それでは、さようなら美衣さん」
彦はオレを睨み付けると、オレに向かって指をさした。
「その人を放せ、自由にしなければお前にとっての地獄を見せてやる」
「ああ、判った。オレの塔へいってらっしゃい、塔補佐の幽霊」
にこやかに笑えば、一発不意打ちに殴られた――殴ったのは、美衣だった。
美衣が顔を苺のように真っ赤にしながら、怒り狂い、殴ってきたのだ――美衣の勇士を見届けてから、彦は大笑いしてオレと美衣を見つめて様子を見ている。
美衣はぎりぎりと血走った目で、オレを憎んでいた。
「うちのお婆さまに何をしやがンだ、テメェ! 龍臣でも許さないよ! 塔主を、どうして妨害するんだよ、アタシ、登らなきゃいけなかったのに! 白上家の代表として、アタシは、君塚の家系と闘わなきゃいけなかったのに!」
「美衣……――みっちゃん、もういい、もういいんだよ、無理矢理に急かされて登るな」
「どうして! どうして、アタシを信じないんだ! アタシが、登りゃあ、何とかできるし、刃鐘だって止められ――」
「寂しがりのみっちゃんを孤独にできるほど、腐った男じゃないよ、オレは」
美衣が泣きながらオレの胸ぐらを掴んできたから、オレは美衣を抱き寄せ、無理矢理腕の中に閉じ込める。
美衣が大泣きして、馬鹿だの、悪魔だの、罵ってくる。
「なんで、そんな、アタシ、白上の者だから、どうにか、なんで」
「みっちゃん――みっちゃんが登る理由が、白上家の為にとか、オレを塔主にさせるわけにはいかないだとかなら、オレは絶対にみっちゃんを止めなきゃいけないんだ。それだけは、オレの中での絶対的意志なんだ」
「だって! アタシは、白上の者だ! どう足掻いても、責任を取るべき血なんだよ! 刃鐘をああした家系の者だ! この地位で、尚且つテメェを助けられるなら、好都合じゃん! どうして、どうして止めるのよ?!」
「どうしてって――嗚呼、伝えてなかったし、答えて、なかったな。こうやって悪役を背負うくらいには、みっちゃんが大好きだよ」
落ち着かせるように頭を撫でると、美衣は涙を堪えて、また真っ赤になって震えた。怒りを我慢する顔だ。
「……――嘘だ、信じねぇ。そんなの、オチが決まってる、どうせ友達として、でしょ? 馬鹿にすんなよ」
「みっちゃん」
「だって、アタシ自身自覚してるよ! アタシがまず男だったら、アタシみたいなの選ばないからな! アタシはそれぐらい、手遅れ物件だよ! いやーな女だよ! だって、……こんな、状況なのに……――涙、出るくらい、嬉しく、なるなんて」
美衣は両手で顔を押さえて、ぐしぐしと鼻水を啜る音をさせ、ぐちゃぐちゃに泣き始めた。しくしく、とかそんな可愛らしいおしとやかな泣き方ではなく、うわああああんという幼い女児のような、泣き方だ。
感情が溢れてせき止められないのだろうことが透ける、自分の返答でこんなに愛しい顔を見せる女の何処を嫌えと?
「アタシ、嫌な女だ。こんな、状況で、龍臣が、アタシを見ててくれたのが、嬉しい。だから、アタシはアタシが嫌いだ」
美衣を見ていて、一気に胸が切なくなり、力一杯抱き締める。
頬の痛みは何処かへ飛ぶような感覚、いやそれほどに、美衣への思いで溢れていた。
美衣が、こんなにオレを思って我慢していたなんて。
オレを好いてる気持ちを美衣は一生懸命押し殺し、オレは美衣へ今まで無理矢理友情を求めていたことに気付く瞬間だった。
――それでいて、友情が一気に恋心に返り咲く、時でもあった。
この折れそうな、誰よりも優しい少女に、誰が嫌悪しようものか?
美衣を他の誰にも渡せない、他の誰にも渡したくない――!
「――みっちゃん、ごめんな、遅くなって。オレも、みっちゃんが好きだから、だから嫌なんだよ、みっちゃんが犠牲になるのは。みっちゃんが好いてくれるなら、オレ自身を犠牲にするのもなしだ」
「馬鹿、龍臣のばっか野郎! 勝手に一人で決めるなよ! どうして、アタシに相談しないんだよ! 最初に相談してくれれば」
「ごめん、ごちゃごちゃ考えさせて。今はもう、白上家とか君塚家とか関係なく、オレについてきてほしい。協力して、みっちゃん。オレはね」
よその塔から始めて、自分の塔を見つめる――白く蔦が絡んでいるけれど、綺麗な綺麗な純白の塔だった。
太陽の輝きで、白く反射されて汚れとかは遠いから見えないだけなのかもしれないけれども。
「登るよ、オレは。誰の、為でもなく、オレは登る。オレは自分の塔を登る。有難う、やっと勇気が持てた、オレが登りたいんだ、自分の塔を。オレの為にって頑張る美衣を見ていたら、妨害し続けるより……自分が登るほうがかっこいいなって。決意したほうが、かっこいいなって、みっちゃん見てて思った」
「龍臣ぃ……!」
わんわんと泣く美衣に触れるだけのキスをすれば、すんなり泣き止んだ。
美衣はきょとんと瞬き、惚けている。
惚けてから、美衣はオレを睨み付けて、もう一度バードキスをしようとして、歯をぶつけた。
「痛い! 何でそんなにスマートにキスできるんだよ、お前は!」
「――うーん、何でだろう、な」
「でも、決意のスマートさはアタシのが、勝ちだ!」
久しぶりに美衣と笑い合えた気がする、素の心のままで。
お互い無邪気に笑い合ったところで、光香さんの咳払いが聞こえる。
光香さんの縄を慌てて解く。美衣が少し混乱した表情だった。
「お婆さま、まさか……」
「相手が龍臣さんなら、龍臣さんと美衣さんは白上家と君塚家を取り持つ希望になれるってところかしら。いえ、それも野暮ね、いっそ二人で駆け落ちしてほしいものだわ。若い二人の行く末を楽しみにさせて頂戴?」
「お婆さま! グルだったんですか!」
「グルじゃないわ、私だって酷い目にあいましたもの。でも、そうね、一つ言うならやっぱり龍臣さんに同情してしまったかしら、あまりに優しすぎるから。それで協力したのか、と問われれば頷くしかできませんね」
「お婆さまったら!! なんて危ない真似するんですか、どうして塔にいるんですか、どうしてそう馬鹿なんですか!」
「あら、美衣さん、この私に随分な口をきけるようになって。頼もしいわ、前までは私の機嫌伺いしかできなかったのに」
「心配してるんです! あーもう、このくそばばあああ、厄介だ!」
「美衣さん、口調! 汚い言葉を使うんじゃありません!」
「はい! お婆さまあ!」




