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象牙の塔で漂うヒトデ  作者: かぎのえみずる
閑話――忠臣
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第二十話 白鴉の心の揺らぎ


「貴方達にも、僕にもただ見守るしかできない」

「何をだ!? 何か知っているんだな、不死身が出た原因を!」

「僕は! 僕はもう――」



 涙が一滴、零れて、笑う。


「僕はもう、どうでもいい! 僕を必要としない世界なんか!」


 一瞬で地上から、塔へ舞い戻る。

 塔へ戻れば、人型の白鴉が傍にいて、呆れた表情をしていた。

 やけくそになっていたのを見られていたのだろう、白鴉はぬれタオルを僕の頬に当てる。


「人間って馬鹿ね。必要かどうかで、自分の信念を決めるの?」

「僕は気付いたんです、僕には信念がない。兄さんの塔も、白上さんの塔も、あれらはあの人達の揺るぎない信念のようなんだ、だから願いが叶う可能性がある。信念は、願いを叶える為に、決して折れない必要なものだから。だけど、僕にはないし、あったとしても折れている。だから、僕は滅びの塔なんです、滅ぶ行為しかできない」

「貴方様は、何もかも救いたかったの?」

「できることなら、僕が二人を助けて、僕が解決したかった――そうすれば、二人の隣に立てる気がして。憧れていたんだ、惨めだったんだ。選ばれたのは、僕じゃないと知って。でも、納得もしていたんだ、――だって昔から兄さんは特殊だったから……」

「貴方は凡才、そうね。貴方様自身が認めれば、そうなるわ。でも、他の凡人と少しは違うでしょう? でなければ、ただの思い込みでも、ここまで登れないわ。今、何処まで登っていると思う? 富士山くらいの高さには登っているの、貴方様は」

「……だからなんだっていうんだ……」

「馬鹿ね貴方様。塔主様は大馬鹿よ。それでも気付かないの? 努力からなる凡才は、何もしない天才を抜く事柄もあるのよ。不満なの? 貴方様は、どうしてそんなに悲しむの」

「僕は、多分。言われたかったんだ、貴方は特別だって。貴方だけが出来るって」

「それなら、私が言ってあげる、貴方は特別よ。あの塔を、不幸だと感じ取れるだけでも、貴方は特別。理由がどうであれ、どうにかしたいとここまで登るのなら、流石に私だって認めてあげる」

 白鴉は柔らかに微笑んで、僕の手を握る。


「ねぇ、だから、最後まで登ってみましょう? 最後までやり遂げたら、何かが変わるかもしれない。貴方様が一番に登ったら、龍臣様が神になるお膳立ても変わるかもしれないわ?」

「……――最後まで……。頑張って、みます」


 誰も僕に期待していないことは判っている、それならば僕はせめて。


「だから、僕の傍にいてください」


 貴方様の支えを頼りに、登ってみてもいいですかね――白鴉?


 芽生えたこの感覚は。

 何なのだろう、恋なのだろうか。憧憬なのだろうか、安堵なのだろうか。


 一つ判るのは、この手を決して放したくない、という事実。


「敬語、ないほうが素敵ですね、貴方は」


 白鴉は、柔らかに微笑んだ。





「私はね、とと様とかか様に会いたいの」

「それはつまり、産まれたかった、と?」

 白鴉の言葉をよく考えて訊いてみると、白鴉はばさばさと僕の肩に留まり、羽根を綺麗に整えようとする。

「そうよ、普通の子みたいに、産まれてみたかったの。望まれていたのは判っているのよ、かか様はいつも大事にお腹をさすっていたから。でも、とと様だけが判らない。とと様がいたのか判らないのよ。だから、理想のとと様像を造ったら、それに見合う人がいるんだもの、驚いた」

「彦さんが、理想のお父さんってことですか」

「あの人なら完璧じゃない? 少なくとも、この塔関係の男の中では、一番父性があると思うわ」

 白鴉の声はウキウキとしていたが、途中に沈み、考えこむように羽根を繕うのをやめる。

「……貴方にだけ、教えてあげる。でも、私、馬鹿じゃないから知ってるのよ。本当のとと様は、黒鳩――上総介だって。でも、でもあの人最初に私の素性知った時、叫んで逃げたのよ」

 むかつくでしょう、と白鴉は溜息を顕わに鳥から人の姿に戻って、忠臣の肩に留まる。

「この姿を見て、戦いたの」

 白鴉は肩から下りて、手をぐっぱぐっぱとしながら、じっと手元を見つめてから忠臣を見つめる。


「私を認めてくれない人を、認めるほど私は愚かじゃないわ」

「……後悔してると思いますよ」

「後悔、ね。本当にそうかしら、邪魔者を目にした面倒さとかじゃなくて?」

「記録で知ってますよ、お殿様の資料。上総介様は、焼き討ちされて、貴方自身は嫉妬に狂ったお母様の次の婿に、殺されたと。貴方自身の名前も知っておりますよ――お雫、でしたっけ」

「……! 不思議、ね。私の名前、知ってるの? 黒鳩から関係なく、その名前聞いたの、初めてかもしれないわ」

 白鴉は微かに仄暗く笑い、ほの暗さを打ち消す為に、背を向けた。


「現世で生き返ることができたら、真っ先に呼ばれたいの、今度こそとと様に――矛盾してるでしょう、とと様を憎みながら、とと様を願っている。白上のお嬢様の塔にもしも黒鳩が上るのなら、あの人は君塚の先祖だから願いが叶ってしまう。……そんなの危なくて、駄目よ。黒鳩の人の役目は、もう一度産まれて、子供をきちんと愛でることなんだから」

「思春期のパンツ一緒に洗わないで!って言われるよりかは、遙かに可愛らしい願いだと思いますよ」


 白鴉は小さく噴き出して再び鳥の姿へと戻った。



「ねぇ、白鴉、それなら貴方も登ったら願いが叶えられるのでは? 君塚の末裔の一人ですよ」

「私も千湖も彦様も、君塚家のパーツ。パーツ単体では叶えられないのよ、本体たつおみがいなくちゃ。白上のお嬢様の塔はよく判らない……でも、嫌な予感がする。貴方の塔の在り方からして、貴方はきっと、願いを滅ぼす本体かぎでしょうね。物騒な話をするなら、貴方の一部さえあれば、私が登れば滅ぼせるわ?」

「……なるほど、確かに物騒な話だ。僕にきちんと、登らせてください、頑張りますよ。……兄さんが――しないかぎり」

「聞こえないわ、龍臣、そろそろ風の音がうるさい階層になってくるから」

「……――なんでも、ありません」






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