第十八話 英雄になれない弟
幼かった頃のヒーローが、実は巨大な悪だったと言われたとしても、僕の中でヒーローだった想いがいつまでも変わらない。
僕の憧れで、僕を救ってくれた正義の味方、――この想いは信じ続けていてもいいと思うんだ。
だけど、流石に刃鐘さんを、僕のヒーローだと他者に訴え続けるのは、限界だと思った。
僕は思っていても、きっとあの二人は思わないだろう。
それなら、僕があの二人のヒーローになればいい。
僕だけが、あの二人の塔を壊して、救える。
真っ先に、塔に登って、神にさせなければ皆平和に暮らせる。
――僕が長年憧れていたヒーローになるときが、きたんだ。
たとえ、この脚が、使い物になくなってもいいから、と登り続けてきたが、そろそろ疲れてきた。
休憩を入れようと、階段に腰掛ける。
階段に腰掛けたところで、誰かの気配を感じた。
窓辺にいたのは、刃鐘さんだった。僕は、刃鐘さんに笑いかけると、がくがくとした脚を伸ばして、力むのを押さえ込もうとする。
「久しぶりだ、お前とこうやって話すのは」
「そうですね、二人だけで話すのは、幼い頃以来の気がします。こんばんわ、刃鐘さん」
「――塔の意味や、世界が変わった経緯を、もうお前は知っているんだろう。オレが憎くねーのか?」
「本当に憎いのは、貴方ではなく、この塔自体や、発見した君塚さんですかね。今でもこんなにも、貴方は僕のヒーローだ」
僕が笑いかければ、刃鐘さんは瞬いてから言葉を濁し、うんざりとした表情で頭をかきむしる。調子が狂う、とでも言いたげだ。
「変わり者って呼ばれないか、お前? ……オレは、今たとえば一瞬でお前を消し去りたいと心から願えば、お前は消える。そんな絶対的存在をヒーローと呼べるのか?」
「呼べますよ、絶対的に勝つから、ヒーローで正義です。正義って、勝利した側しか呼べないでしょう? なら、貴方こそがこの世界で唯一の絶対的な正義だ」
「お前は絶対的な正義が欲しいのか?」
「――何か、絶対的なものがあれば、どんなことがあっても、信じたり憎めたり。感情が揺るぎない物になるじゃないですか」
これから先、何かが折れそうになったとき、それを指針にできるから。
かつて憎しみだった物、かつて悲しみだった物、それらを手繰り寄せて感情というものを思い出せる行為に繋がるはずだから。
塔を登ることに集中しすぎるあまり、大事だったものが何かまで忘れそうになれば、思い出せるはずだから。
自分が何を信じていたか、何を守りたかったか、何に憧れているのか。
それらは全て、刃鐘さんを見ていれば、思い出せるはずだ、と僕は笑った。
「お前は、救われないね」
「どうしてですか」
「この塔が何のためにあるか、判るか?」
「兄さん達を止める為のものでしょう? 塔を壊すための……――」
「いいや、違うよ。オレは本来、この企てをお前に明かすべきではないのだけど、お前があまりにも純粋にオレを慕うから。純真な眼差しを向けないでほしくなってきた。この塔も、白上の塔も――龍臣が神になるためだけに、あしらえた塔だ。白上の塔は、チャンスが少しあっても、お前の塔は望みがないんだ。白上の塔は、扱いが少し違う、役割も。オレが願う役割が、あいつだけは違う。お前が一番に登れたとして、その場合には他の塔も全て、ぜーんぶの塔が崩れ落ちるトラップ。龍臣をおびき寄せるための、塔。お前は哀れな、スケープゴートだ」
「刃鐘、さん……?」
「……さぁ、恨め。蔑め? 絶対的な正義がゆらぐだろ」
僕の塔が、崩れたと思った瞬間だった。
いや、物理的には崩れていない。
崩れてはいないけど、僕の心が折れそうになる。
「ヒーロー? そんなもの、いない。この世に正義も悪もいない、いいか、忠臣。お前はオレを、お綺麗な眼差しだけで見つめて、自分の願いを捧げてるのさ。オレ自身が何を考え、何を願って、この世界が出来上がっているかを自分の頭で考えもせず、のうのうと生きているだけなんだよ」
「やめて」
「オレが滅びを願わなかった日があったとでも?」
「嘘だ、嘘だ……」
「お前を助けたのでさえ、龍臣のオマケだとしたら?」
「貴方はッ!! そんな人じゃないはずだ!!」
「オレの何を見てそんな言葉を吐けるんだ、オレが、どんな思いでずっと生きてきたか判るか? 判んねーだろうなァ? だってお前は、理想のオレを描いて、理想のオレに憧れて、体の良い崇拝偶像を探していただけだろう」
「どうしてそんなことを言うんだ、刃鐘さん、どうしたんですか!? 僕は、僕は貴方のそんな言葉、――聞きたくない!」
「ほーら、オレが何を思っているかに興味がない証だ。……お前の理想と違ったら、否定して、拒否してそれで終わりなんだろ? 随分人生楽に生きてそうだな、じゃあな」
刃鐘さんは僕に言いたい言葉だけ言うと、窓から飛び降りるようにして去って行った。
僕は、刃鐘さんの名前を呼んで、刃鐘さんが落ちていった窓を覗き込むと雲ばかりが見えていた。
顔をあげる――顔をあげれば、塔が二つ。
必死に、塔を登る、白上さんが見えた。
――あの人の、頑張りでさえも、無駄だというのか。
僕達は、兄さんの、お膳立て――……いや、少なくとも、僕だけは。
どうして、兄さんだけ特別なんだ――?
僕はいつも兄さんの代理をしてきた、兄さんの言葉や伝えたい想いも、全て僕が代弁してきた。
なのに、どうして、前へ出ない兄さんが、兄さんがそんな――ヒーローみたいな、立場になれるんだ!!




