第十七話 父の座 娘の椅子
「さっきご先祖様って白鴉が言ってたけど、どういうことだ?」
「――己の推測を話しても宜しいですが、塔主様、この塔主争いをどう考えておられる」
「――何故か、範囲が狭いんだ。普通世界を牛耳られる程の争いであれば、どこかで見たチープな話だとあちこち世界中に候補者がいてもおかしくないのに、範囲が白上家と君塚家でまとまっている。お家騒動みたいだ」
「関わっている人々もまた、白上家や君塚家に関わりがあると思わんか?」
「黒鳩――お前は、どっちだ。どっちの家系だ?」
「つまらん時代の王様で御座るよ。江戸よりもっともっと前の、お殿様で名前を上総介――」
「嘘よ!! やめて、その名前を出さないで!!」
突然白鴉から余裕が消え、甲高く耳を痛める金切り声で騒ぎ立てる。
白鴉は黒鳩へ飛びつき、首をぎゅっとくびり殺す勢いで絞めようとしていた。
殺そうとしている勢いであれば殺意でいっぱいである筈なのに、一瞬見えた表情や声には、悲鳴や哀愁が漂っていた。
「やはり、そうか」
首を絞められているというのに、黒鳩は愉快だとさも言わんばかりに、快活に大笑いした。
「やはり、お前様か、お雫! お前様が、我が――」
「言うな! 私の名を呼ぶな、キサマなんかととさまであるわけがないんだ! 私のととさまは、彦様よ!! 彦様こそが、私のととさまなのよ!!」
「はは、は――怖い、な。盲目、だ。理想の父でなくて、不満か」
「だから!!!キサマはととさまなんかではないのだ!!!」
「龍臣!」
黒鳩の余裕ぶった笑みが苦悶に変わったところで、はっとし、白鴉を羽交い締めにし、黒鳩を放させる。
白鴉はだいぶ興奮していた様子で、オレを振り払い倒すと、そのまま飛び立っていった。
黒鳩は咳き込みながら、地面に膝をついた。
膝をつきながら、あの黒鳩が悔しげに奥歯を噛んだのだ――。
「情けない、じゃろ。父の座を、他の男に、取られておる」
「――大丈夫かよ、まずは息を整えろ。昔話はそれからでも間に合うだろ?」
「弱味を握る、チャンスである、という、のに。塔主様は、そんな、だから、心配だ――」
「弱味を握らなくても、オレはオレの為にアンタを信じて動くから、気にしなくて良い」
「はは、は――生意気な、小僧じゃの」
ゲホゲホと咳き込み、黒鳩は拳を床に柔なまま打ち付けた。
何度か打ち付けて身体を震わせて、眼差しを細め、ゆるゆると呼吸し、やがて落ち着く。
「塔主様、白鴉は己の――」
「娘、なのか」
「娘か息子かも判らない――己の、水子なのです」
黒鳩は、背中を摩っていたオレに身体を預ける。
「偶に、思いますよ。塔があったからこそ白鴉と出会えた、しかし塔があるからこそあの子が浮遊霊に心奪われてしまうのだ、と。それがたまらなく悔しい。早くに己が、生きてる当時塔主になっていれば、刃鐘様の悲しみも、あの童の歪さも生まれますまい――皮肉な、ことよの」
「黒鳩……お前は塔主になりたいのか」
「……――皆々様の中で、己が一番なりたいと、思っているでしょうとも。古くからの願いじゃ。なぁ、塔主様――もし、もしも宜しければ……いや、言いますまい」
言うのは黒鳩のプライドに触ったのだろう。
でも予測はできた、――塔主の座を、願いによって譲って欲しい、ではないだろうか。
オレにはそれでも過ぎった計画が実行できれば、もっといい行いができそうだけど。
ただ、この作戦には黒鳩の忠誠度が必要だ。
永遠にオレを信じ続け、オレもまた黒鳩を信じ続けられるほどの、信頼が。
「塔主様、この贋作である塔をどうされたい? 先ほどと違い、今は自分の望みを仰ることができましょう?」
「オレは、この贋作の塔は無くても良いと思う――あの、映画のように上映されてる内容も、知らなくて良い。本人に直接聞けないくらいなら、知らなくて良い」
「それが、貴方様の願い?」
「うん、贋作の塔は無くなったほうがいい」
オレが決定的な言葉を口にした瞬間、ぺりぺりと何か小さな屑が落ちてくる。
白い壁だったもの、これは、塔の一部だ。
ぺりぺりという音から、みしみしとした軋んだ音へ変わる――オレも馬鹿じゃないから判るよ。これはオレが望んだから、塔が壊れようとしている。
「お見事!」
オレを俵のように抱き上げて、黒鳩は外へ飛び立つと、塔はごごごと揺らいで倒れていく。倒れていくのに、倒れた先から蒸発するように消えていくから、瞬いて驚いた。
美衣や、忠臣が登っている塔以外は崩れていく――。
オレが、願ったからか。
ふと、白鴉が口にしていた「オレの為の舞台」という言葉が過ぎる。
刃鐘さんはオレを塔主にしたいのだろう、八百長してオレを塔主に育て上げたいのだろう。
「黒鳩――もし、お前が塔主なら真っ先に何を望む?」
「案内人含め皆でこの世界を、同じ時代に生きたい、かのう」
オレが問いかけると、黒鳩は内緒話する声量で答えたので、オレは解答に思わず噴き出して頷いた。
「そうだな、オレもそれに賛成だよ」




