第十五話 信じてるという行い
ロープから手がずりっと滑った一瞬で、思考が弾けていく。
今まで隠していた気持ちが、全て暴かれていく、死にそうだっていうそれだけで。
落下したら死んでしまう、それで全てが終わる、全て無になる。
きっと死んだ世界なんてなく、天国もなく、地獄なんてものもないのだろう。
終わったらきっと今までの自分自身が消えて、記憶が全てなくなって、身体もなくなって――自分がなんなのか判らなくなるのだろう。
自分という生き物はどこからが始まりであるか――それを口ずさめる人間はいるのだろうか?
どこからが、自分が産まれたのだと、言えるのだろう――。
赤ん坊の記憶がないのってきっと、前世の記憶とない交ぜになっていて、混乱してる状態だからないのだと思う。
記憶の器を空っぽにしているのだろう、と。
一からになるのが怖いんじゃない、今の自分が全て消えるのが嫌なんだ。
誰と出会ったのか、どういう価値観だったのか、どういう性格であったのか。
(――死ぬのは、とても怖い)
だからといって、不老不死にはなりたくないけどな!
「黒鳩、助け――!」
「今は助けぬ。貴方様の心のこもったお言葉を聞くまで」
「心!? 言葉に心は宿るものだろ?!」
「いいや、宿らぬときもあるのだよ」
黒鳩はとても面白い劇でも見る眼差しで、オレをじっと見つめる。
黒鳩から見たら、オレはきっと悲劇か喜劇の役者なのだろう。
今にもピンチ、さてどうする!といった、ただの役者。
「塔主様――たとえばここで、己が、助けるよと言ったところで信じられますか」
「信じたい!」
「一般の模範的希望ではなく、貴方様のお心を。貴方様の考える普通の答を模倣しなくても宜しい」
「信じ……」
信じるとまた口にしようとすれば、黒鳩がロープをそっと揺らす。
揺れればオレは大きくぶら下がり、手がじんじんしてくる、痛い、体重が全部ココへのし掛かっているんだ、当たり前だ!
「冷静におなり? いいか、貴方様を殺そうとしているのは、己ぞ? 今、ここで、亡き者にしようとしている。そんな奴を、信じると心から言ってるとしたら、愚かじゃのう」
「オレは、でも、信じたい」
「どうして? 貴方様と付き合いの長さもありゃあせん。先日会って案内人を務めただけじゃ。そんなのをあっさりと信じるお気持ちは何ぞ?」
「――わかん、ねぇよ」
オレは一気に泣きそうになる。
何で、こんな、理不尽に、自分の本質を責められなければならないんだ!
「わかんねぇよ、信じたい人を信じるからだ! 素晴らしい行動をしていても、腹黒い奴なんてわんさかいるだろ! 結局は、行いや、付き合いなんて関係ねぇよ、信じたいから信じるンだよ!」
「――ほーう、それは、あの小娘へも? 白上家の小娘や、滅びの塔へ登る弟にもか」
「あいつらを信じるのは、オレがあいつらを、好きだからだ!」
大声で叫んだ瞬間、手がロープから汗でずり落ちて、ロープから手が滑った。
アア、落下、落下していく――!
身体の浮遊感を感じると思えば、一気に引力で引き寄せられていく重みがとても怖い。
怖い、――というのもまた違う。
――これも、無の感情だった。
恐怖故に、無の感情であった――!
「た、す、助け――!!!」
「何やってんのよ!?」
がっと何かに掴まれたと同時に、感じる引力が少し軽くなる。
後ろから、白鴉が女性の姿で飛び、オレを助けてくれていた。
白鴉はかなり慌てていたらしく、息も絶え絶えにオレを助けると床へ下ろす。
きっと黒鳩を睨み付ける白鴉――オレは、それどころじゃなかった。
助けて、くれると思ったんだ。
なのに、助けられなかった、奥歯ががちがちと震えるように鳴り続ける。




