第十四話 言葉の責任
暗い夜道を歩く、ひたりひたりと歩く足音はできるだけ密やかに、忍ばせて。
ぴたりと立ち止まり、後ろを振り返る。
振り返った先には誰もいない。
まるで、自分の人生のような――と、思案したところで、目が覚める。
「……白鴉?」
「ああ、目が覚めちゃった? 二人でじっくり話す機会は今までなかったわね、御機嫌よう、龍臣」
黒鳩や千湖は何処へ行ったのだろうときょろきょろ見回したところで思い出した。
千湖は塔の歴史を調べに行っていて、黒鳩は他の塔の情報偵察に向かっているのだった。
突如現れた沢山の塔、あれは何なのか――黒鳩は何かに勘づいている様子だったが、確定するまでは口に出したがらなかった。
千湖自身は、この塔に何か秘密があると感じて、塔内部を探っている。
「龍臣、とても面白い子ね、貴方は。貴方の好さは判らないけれど、貴方の使い勝手の良さは、今なら判るの」
「とても嫌な物言いをするんだな、アンタ」
「有難う、……――忠臣様に限らず、白上のお嬢様も必死に登ってる。二人とも、即座に決めたわ、登ろうって。なのに、どうして貴方は邪魔をしたがるの」
白鴉は窓辺に腰掛けて、白い翼をばさりと背中に現した、羽根がふわりふわりと舞う。
幻想的なシーンだが、実際見つめていると、ただ何となく獣臭いなって思うだけだった。
「否定する気概もなく」
否定したら嫌われるから。
「自身の意見を口にする度胸もない」
自分の意見を持っていても、表現する言葉が思いつかないだけだ。
苛ついたのもあるけれど、見透かされていたから驚いて怯えながら見つめた。
白鴉は上品に笑い、からころと表情が明るく変わる。
「忠臣様は使命感半分だけれど、白上のお嬢様は百パーセント。貴方を護りたがっている」
「……持っているよ、オレは。否定する気概も、自分の意見も持っていないけど、それでも大事な物だけは持っている」
「大事な物、壊れたらいいわね? きっと素敵なことになる。復元を願って塔を登りたくなるわ、きっと。そもそも、人間である貴方が登りたがらないなんて、有り得ないもの」
「わざわざ挑発しにきたのか、塔へ登れって――それで、オレが躍起になって塔に登る、なんて夢物語みたいだな」
「くそ生意気でむかつくわ。その通りよ、だってこれは壮大な茶番ですもの。誰しも貴方の為の駒だって、私だけは知っているの――利用される皆が迷惑。皆の為にも、さっさと登ってくださらないかしら、無能さん?」
「オレは――」
本当は登りたくないよ、と言おうとした瞬間、白鴉の周りに、黒い鳩がうろちょろしだす。
ぽぅ、ぽぅ、と鳴きながらばさばさと白鴉の周りを追い出すように飛び回り、あまりのうざさに白鴉は現した翼でそのまま飛んで撤退する。
瞬けば鳩が、人間の姿になり、怪しい瞳をきらりと光らせる。
「相当苛ついておるのう、あいつも。塔主様、判りましたぞ、他の塔が何故産まれたか。塔主様、一旦地上へ降りましょうぞ。まずは、誰もいないところへ」
黒鳩の合図でオレは、塔へ今の位置を記録してから、地上に戻る。
地上に戻れば、人々は今までと変わらぬ生活をしていたが、何処か目の中に生気が無く生きながらにして死んでるようだとも思った。
――決して、オレの身体のことは悟られてはいけない。
黒鳩は鳩の姿になると、案内するように空へ飛んでいく。
少し高めのビルの方角。目をこらすとそこには塔が建っている。
あれは突如現れた塔の一つだ。オレは鳩を見失わないように気をつけながら、人々にも気を配り、何とか塔の元へ辿り着く。
塔に辿り着く頃には、目の前に黒鳩が人の姿で突っ立っていた。
つんとした表情で塔を睨んでいて、オレの存在に気付くと視線を和らげる。
「触れてみてくだされ」
「う、うん……」
塔に触れると――、オレと黒鳩は塔の内部に入ることができた。
塔の内部は、まるでショッピングモールのようになっているのに、どの階層にも劇場シアターが設備されていて、異様であった。
「やはり、そうか」
黒鳩は塔の内部にあった広告ちらしに手を伸ばし、それをオレへ手渡す。
広告ちらしには、『――君塚家と白上家の歴史――』と描かれている。
「塔主様の願いを、塔が感じ取った」
「オレの、願い?」
「貴方様の担当する塔こそが、己は願いを叶える塔本体だと思っておる。貴方の魂と徐々に馴染ませる為に、刃鐘様は塔へ登らせたいのだと。……この塔へきて、判った。塔の担当者によっては、在り方が違う。今侵入した塔は、貴方を登らせる為の理由を用意されたのだ。狡い真似を」
「判らないよ、黒鳩だけで完結しないでくれ。オレを登らせる為の理由付け? この上映されてる、歴史ってやつを見れば判るのかな」
「貴方様を止めはできぬし、否定もできぬ。貴方様が望むのであれば。これを見た上でも、塔を拒否する心も必要だとも思いもするしのう。見るか?」
「……うん」
うん、とだけ返事したのは、頷いたわけではない。
悩んでいるからだ。チラシに載っているのは、どう見ても千湖と同じドレスを着た女性。
これは、きっと、千湖の身の上話をしてくるのだろうな、と予感させた。
勝手に知って良いのだろうか、千湖の事情を。千湖が、白上家と君塚家に関連するのだという物語を。
黒鳩は、眉間を抑えて天井を仰いでから、オレの肩に腕を載っけてくる。
「塔主様、その場の勢いで答えないのは、塔主様の魅力の一つとして数えて差し上げましょうとも。されど、いつまで意気地無しのままでいるおつもりですかな?」
「……怖いんだ」
「さて、塔主様を怖がらせる物は何でしょうな、人の目か、ただの根性無しか――」
「……昔から、こうなんだ。大事な局面で、自分の言葉の所為で、誰かが行動を決めてしまうのが怖い」
「何が塔主様をそうさせたのか、不思議じゃが昔話に付き合う余地はない。それよりも、克服に専念したほうがよさそうじゃ」
「克服って……何をするつもりだ」
「なぁに、簡単なことじゃ。塔主様にこれを預けましょうぞ」
黒鳩は、三枚程黄色い御札を手渡してくれた、そこには墨で鳩の絵が描かれている。
受け取った刹那、手を引っ張られ痛みに驚いてる内に、するりと指輪が盗まれた。
「黒鳩!?」
「己と一時間ほど鬼ごっこしましょう。三枚の御札は、昔話になぞらえて、三枚だけお願い事を聞いてくれますぞ。一時間で掴まえねば、この二つの指輪は返さぬ。壊すのもやぶさかではないのう」
にやにやと卑しい微笑を浮かべ、黒鳩は背中に黒い翼を現し飛び始めた。
もうオレの手の届かないほど、吹き抜けの天井近くまで飛んでいる。
黒鳩がこんなことをするのは意外だったと同時に、お節介な奴だと思った。
黒鳩は人の心の内側へ入りたがる印象は特にない、自分の都合が良くなるとしても手間をかけるのを嫌がるタイプだと思っていた。
だがどうだ、今こうしてオレの内面を鍛えようとしている――自分たちの存在を賭けてまで。
ここで、さっさと返せ馬鹿野郎とでも大声で怒鳴る行為ができれば、そいつが主人公だとすぐに判るだろう。本の中の物語であれば。
そんな行為、現実的にはできないよ。
――大声を出すのが、怖い。自分の言葉によって、黒鳩がどんな行動に出るのか想像できなくて、プレッシャーで吐き気がする。
「黒鳩……!」
「臆病すぎる、あまりに。か弱すぎる、女子か、其方は。故に、白上家の跡継ぎにも見放されるのじゃよ」
「み、美衣は――関係ない」
「では、あの女子をどのように想いなさる? 好意か、恋か」
「……――あ、と」
「ふーむ、これでも駄目か、となると。そうだ、鬼ごっこではなく塔主様がピンチになりゃええんじゃな」
突如地面が割れて持っていた御札が、ロープになり、真っ逆さまに落ちそうになる。
ロープの先は先ほどまで立っていた塔の内部に繋がっていて、オレは咄嗟にロープを握りしめ、ロープを両手で掴むことで落ちるのを防ぐ。
今いる階層から落ちれば、ただでは済まない、下手すれば首を折って死んでしまう。
「黒鳩!」
「おお、おお。大きな声くらいは出るんじゃな」
「願い事を叶える札じゃなかったのか! お前を捕まえる為のアイテムじゃ……」
「どちらの願いを叶えるかは言っておりますまい、こうして先に仕掛けねば取られる物もあるのを貴方様は知られたほうが宜しい。早い者勝ちの世の中を、どうして知らぬ?」
「どうしてって……そんなの、今まで、知らなかった!」
「知らぬままで居続けられる出来事もありますれば、知らぬままではおられん出来事もありまする。塔主様、早い者勝ちという行為は特別な物では御座いませんぞ。なのに、どうしてそこまで嫌がる?」
どうして嫌がるのか、原因がオレには想像つかない。
いや、想像がつかないというより、正確には記憶に蓋をしているような、靄を感じる。
靄を取り除きたいのか、そのままにしていたいのか、その決定的決断すらオレにはできない。
決定的決断をするのが怖い、自分の行動で誰かの未来を決めるのが、とても怖いんだ。
未来って本来は自分で決めるものだろう? 誰かが関わって良い物じゃないんだ、だから、オレの言葉を決定的なものとして捉えないでほしい。
そんな気持ちがいつからか、根付いて、オレの言葉を代わりに忠臣が汲んで言ってくれるようになった。
忠臣は苦痛だったのか、気遣っていたのか判らない、ただオレの決定的になるだろう言葉は全て忠臣が言葉という形に、綺麗に整えてくれていた。
皆も判りづらいオレの言葉よりは、忠臣の言葉に頷き、理解してきた。
――いつから、オレは、楽を覚えた。
物言わぬ楽さを、覚えてしまった。
オレが伝えなくても、忠臣が全部間違いなくオレの意思を伝えてくれるから、助かる。
――何より。
――何より、言葉の責任者はオレじゃない。




