第十二話 大海の中に一匹でいたい魚
「――あ」
「……よう」
目が遭うと決まりが悪い。何だか、この男に負けてる想いが、屈辱的だった。
アタシには、この男が持つ才に秀でたものは何一つない。
習い事全て足してかけ算しても、この絵には敵わないのだと思い知る。
「――ええと」
龍臣は言葉を探していた。
この絵を見た後だと、何となく察するんだ――この男は、相手の望む言葉だけを考えているのだろうと。
決定的な言葉を使うのを、厭うのだろうと。
「一緒に、絵を描く? 先生喜ぶと、思う」
ほらな、アタシが――アタシにも、こんな才が欲しいという願いと、こいつと話す切っ掛けが欲しいって思っている願いがくみ取られた。
龍臣は青を象徴的に描き、アタシはそれならばと赤を象徴的に描いていく。
コンクールに出すつもりは一切合切無いと、龍臣は先生のお願いをいつも断るが、絵画教室の展示会には熱狂的なファンが一人は必ず見に来ていた。
あのとき、刃鐘が、言っていた言葉は本当だった――何年も掛かったけれど、龍臣の世界を追いかければ、すぐに理解ができ、心に触れ、アタシは同じ景色や世界観を共有できた。
この色が欲しい、この筆が欲しいと願えば、何も言わずとも伝わる心地よさ。
それはいつしか、実生活にも影響され――明くる日。
中学の文化祭の終わりだった。
「龍臣先輩、あのちょっといいですか?」
龍臣と二人で忠臣を待とうとしていたところに声をかけてきたのは、龍臣の気に入ってる女の子だった。龍臣と同じ委員会で、声が可愛らしいけれど、少し地味な子。
ただ、印象的な目をしていると思った。我が強そうだな、と。
「みっちゃん、忠臣に先に帰っていて、って言って」
アタシも龍臣も委員会が早めに終わっていて、忠臣の委員会が終わるのを待っていた。
委員会は、龍臣が図書委員、アタシが体育委員、忠臣が生徒会という個性溢れるものだった。
アタシはにやけながら、龍臣を見送り、すれ違いのようにやってきた忠臣に「下品な笑みですね」と事情を聞かれた。
「あいつ、告白されるぜ――きっと断らないンだろうな~。あんなのを好きになるなんて希有なやつ」
「おやおや、これはこれは。貴方、自覚がないんですね――その女の子と兄さんが付き合えば、貴方は今まで一番優先されてきましたが、もう三番手扱いですよ?」
「え――」
「恋人とはそういうものです、耐えられますか? 兄さんの一番が、貴方じゃ無いことに」
「な、なぁに言ってるの、アタシが平気じゃないとでも?」
「だって貴方と共有する世界の、終わりですからね」
――あいつにだけが広がる世界が、できるのならば滅べ。
一瞬で敵意に目覚め、あいつにだけ見える世界の滅びを願うと同時に、恋心を自覚した。
ただ、アタシは――ずっと同じ物を見たかったんだ。
あいつの果てしない海に、漂って、溺れたかったんだ。アタシだけの海でいてほしかったんだ。
海には、魚がたった一匹だけ、なんて有り得ないのに。




