第十一話 刃鐘――美衣から見た塔主達
帰り道に、現代では珍しく生存している空き地に、人がいた。
空き地にいるのは、少年でアタシたちより少し年上のような――何処かで見た覚えのある姿形だと思った。
……言い訳をさせて貰えるのなら、人間は本能的に危険な思考を避ける傾向があるようで。危険だと思えば、その場から逃げろと思うと同時に、思考を手放す。
だから、目が遭った瞬間にその場から、アタシは逃げなければと思ったのに、少年が気付けば歩み寄りにこやかにアタシの頭を撫でた。
「白上家の嬢ちゃんは、お転婆が多いな」
「アタシを知っているの?」
「お前が想像できる中で、最たる凶悪な名前を唱えてご覧――それがオレの名前だよ」
――刃鐘だ。
こいつは、間違いなく、アタシの家を嫌っていて、それだけで世界を滅ぼせる目をしている。
顔を、顔を覚えなければと思うのに、やけに暗くて顔がはっきりと見えない。
笑っている呼気をしているのに、凄まじい殺気が飛んでいる。
「ここでお前を殺すのは簡単だけど、しないよ。白上家への復讐は、一晩で終えるには勿体ない。子供一人殺すだけで、終えるほど柔な復讐じゃないから、安心しな」
「じゃあ何しに来たンだよ」
声が震える。全身からこの人が、アタシに生理的嫌悪を抱いていると判るから。
「この空き地からね、綺麗なものが見えるんだよ」
「綺麗なもの?」
「オレが長年見守っている、誰にも穢させない、大事な人の心」
刃鐘がくい、と指を指した先には、絵画教室の案内の一つである、ショーケースが飾られていた。
道路一つ挟んだ先にあるのだから、近くで見ればいいのに、と感じながらショーケースから一際美しい作品を見つけた。
海に拘った絵画、と言ってしまえば簡単だが、複雑な色合いをしていた。
きらきらと水面に照らし出される光沢を、どうやって書き表したのか不思議な、美しい色をしていた。
世界で一番綺麗で絶賛される最高級のサファイアを、絵の具にした色だと思った。
「あれで直接海を見たことがないから、不思議だよな。知らないからこそ、感動を想像して描けるのかな」
「アレは――誰が、どうして」
アタシが世界中で手に入らない、心の美しさそのものだと思った。
理想である心の美しさ、だと直感的に感じて涙がほろりと零れた。
「あの絵を描いたのは、佐良龍臣――お前が馬鹿にし続けている男の心だ」
「あいつがそんな綺麗な心を持っているわけがない!」
「どうしてだ?」
「あいつはだって、何も言わない。知らない、こんな綺麗な世界知らない!」
忠臣が描いた、とかならまだ判るのに――あいつになら負けたって思えば悔しくなるのに!
龍臣が描いたのだと判ると、理解できないからか、想像できないからか、畏怖ばかりがこみ上げてくる。
だけど、畏怖の他にも、羨望や尊敬が溢れてくるから戸惑う!
あんな奴を、尊敬したくないのに!
「白上のお転婆、お前は何も知らないよ。憎いことに、お前とあいつが近いことを。お前にも、あの心を持つ才があるのだと――」
「アタシ、にも?」
刃鐘は、首をしきりに気にしながら、こくりと頷いた。日が傾きかけている暗さから見る絵は、どんな瞬間よりも惜しい。
刃鐘が去ったら間近に見ようと思わせるほどには。
「ファージストの自覚を持つといい――それから、お前はこの柔らかで細い首が、一瞬で折れたら終わる子供だって。夜道に気をつけるといいよ」
刃鐘の手がそっと私の首を撫でる。ぞっとした――ぞっとして振り払えば、刃鐘は何処かへ行こうとする。
「ねぇ、アンタにとって龍臣は何なの!?」
「――この世界の願いを、浮かばなくさせるくらい、美しい人。美しい人には、誰だって尽くしたくなるだろ、傅いたりしてさ。それと同じさ。だからこそ心苦しい、復讐劇に巻き込まなければならないことが。でも……これは、君塚家と白上家の決着だ。あいつは、人間の代表の一人でいなければならない」
刃鐘が去って行き、アタシは絵画の傍に近づいた。
こんなに美しい青い世界を、どうして生み出せるのだろう――これをどうして、自慢したりしないのだろう。
考え事をしていると、龍臣が絵画教室に向かって歩いてやってきていた。




