↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

選択

それからしばらく森を進むと、リズが足を止めた。


アルゲンも立ち止まり、肩越しに振り返った。


「どうした」


リズは答えず、頭上へ顔を向けていた。


枝の間で小さな鳥が鳴いている。アルゲンが見上げると、鳥はさらに森の奥へ飛び、別の枝へ移った。


「なんでもない」


リズは木々の奥を見たまま答えた。


アルゲンは木々の向こうから差す光を確かめ、南へ歩き始めたが、リズは動かなかった。


背後から足音が続かず、アルゲンは振り返った。


「どうした。何もないんじゃないのか」


リズは眉根を寄せ、アルゲンを見た。


「そっちには行きたくない」


アルゲンは黙ってリズを見返した。


「何がある」


リズは答えず、俯いた。


アルゲンは待ったが、やがて南へ顔を向けた。


「エルフか」


リズが顔を上げた。


アルゲンはそのまま南へ歩き出した。


「殺すのか」


背後からリズの声がした。


「なにもしない」


アルゲンは足を止めず、木々の間を進んだ。


リズはその背を見ていたが、やがて後を追った。二人の間には、数歩分の距離が空いたままだった。


さらに進むと、獣道は細くなり、低く伸びた枝が行く手を遮るようになった。


人が通った跡は見えなかった。


それでも、折れた枝の断面は新しく、地面の一部だけが不自然に踏み固められている。


アルゲンは足を止めた。


頭上で葉が擦れた。


身体を横へずらした直後、矢が目の前を通り過ぎ、地面へ深く突き刺さった。


アルゲンは腰の剣へ手を伸ばしながら、矢の飛んできた方を見上げた。


太い枝の上に、弓を構えた男が立っていた。頭巾の脇から、長い耳が覗いている。


男はすぐに次の矢をつがえたが、弦を引き絞りかけた手が止まる。


男の視線が、アルゲンの背後へ向いていた。


「その子をどうした」


アルゲンは答えなかった。


男が枝から地面へ飛び降りると、反対側の茂みからもう一人のエルフが姿を現した。こちらは女で、すでに矢をつがえた弓をアルゲンへ向けていた。


「その子をこちらへ寄こせ」


「断る」


「なぜ人間がエルフの子供を連れている」


「本人に聞け」


男の視線がリズへ移った。


「名前は」


リズはアルゲンの背後に立ったまま、答えなかった。


「同じエルフだ。何もしない」


その言葉を聞いても、リズは動かなかった。


アルゲンが腰から剣を鞘ごと外し、地面へ置いた。続けて短剣も抜かずに外し、剣のそばへ置いた。


「これでいいか」


男はアルゲンの兜を見た。


「兜も取れ」


アルゲンは兜を脱ぎ、剣の上へ置いた。


女がリズを見た。


「こっちへ来なさい」


リズはアルゲンを見上げた。


アルゲンは何も言わなかった。


リズはアルゲンの横へ並んだが、それ以上は動かなかった。


二人のエルフは顔を見合わせたが、やがて男がアルゲンの武器と兜を拾った。


「ついてこい。長に判断してもらう」


「俺を殺さないのか」


男はアルゲンを見た。


「その子がいなければ、とうに射ている」


そう言うと、男は森の奥へ歩き始めた。


女は弓を下ろしはしたが、矢は弦に掛けたままアルゲンたちの後ろへ回った。


*


森の奥へ進むにつれ、枝や葉に隠されていた細い道が見え始めた。


何度も道を曲がり、沢を一つ越えた先で、木々の間に低い屋根が見えた。


少し開けた場所には、枝と土で覆われた四つの小屋が建っていた。小屋の間に狭い畑があるだけで、煙も上がっていない。


一行に気づいたエルフたちが小屋から姿を現したが、子供や老人を合わせても十人ほどしかいなかった。


その全員がアルゲンを見ていた。


リズは小屋よりも、その前に立つ者たちの耳を見ていた。


一人の子供がリズへ近づこうとしたが、そばの女が肩をつかみ、自分の後ろへ引いた。


男がアルゲンの武器と兜を地面へ置いた。


「森へ入り込んでいた。エルフの子も一緒だ」


小屋の入口から、杖をついた老いたエルフが出てきた。片方の耳が途中から欠けており、頬から首へ古い傷が伸びている。


老人はリズを見たあと、アルゲンへ顔を向けた。


「名は」


「アルゲン」


老人は杖をついたまま動かなかった。


周囲のエルフたちの間で、小さく息を呑む音がした。


「アルゲン……」


「知っているのか」


弓を持った男が尋ねた。


老人は地面に置かれた黒い兜と、アルゲンの右腕を覆う腕甲を見た。


「この男がいた場所では、多くの同胞が死んだ」


リズがアルゲンを見た。


老人はリズへ目を移した。


「知らなかったのか」


「十数年前、北の谷にあった里が焼かれた。逃げた者を追った人間たちの中に、この男がいた」


アルゲンは否定しなかった。


「その後も、何度も討伐へ加わっている。人間の間では英雄と呼ばれているが、我々の間でも知られた名だ」


リズはアルゲンから目を逸らさなかった。


「ほんとなの」


「そうだ」


「ずっと殺してたのか」


「そうだ」


リズの視線が、地面に置かれた武器へ落ちた。


誰も動かない中、リズはアルゲンの短剣へ近づいた。


弓を持った男が手を伸ばしかけたが、老人はアルゲンを見たまま、杖を上げてそれを止めた。


リズは短剣を拾い、鞘から抜いた。


両手で柄を握り、刃をアルゲンへ向ける。


アルゲンは動かなかった。


「やっぱり、信じてるじゃないか」


リズの肩が震えていた。


「どちらでもないと言ったはずだ」


「じゃあ、なんで殺した」


アルゲンはリズを見た。


短剣の切っ先が小さく揺れている。


小屋の間にいた者たちは、誰も声を出さなかった。


アルゲンは何も言わなかった。


やがてリズは短剣を下ろした。


「……くそじじい」


短剣を地面へ落とすと、森の中へ走っていった。


弓を持った女が後を追おうとした。


「放っておけ」


女が振り返る。


「人間が決めることではない」


「戻ってくる」


「なぜ分かる」


アルゲンは答えず、短剣を拾って鞘に収め、腰へ差した。


「人間が俺たちを追っている」


老人の目が森へ向いた。


「どこまで来ている」


「昨日、森へ入った。沢で撒いたが、諦めるとは思えん」


周囲のエルフたちの顔がこわばった。


「ここは捨てた方がいい」


「簡単に言う」


「見つかれば全員死ぬ」


老人はアルゲンを見返した。


「お前が連れてきた」


「すまなかった」


老人が地面の剣と兜へ目を向けると、アルゲンは剣を拾い、兜を脇に抱えた。


「ガキを頼む」


老人の眉がわずかに動いた。


「本人が望むなら受け入れる」


「それでいい」


「お前はどうする」


「国を出る」


「あの子を置いてか」


アルゲンは剣を腰に差し、兜をかぶった。


「ここなら俺は要らん」


老人は何も返さなかった。


アルゲンは森の奥へ目を向けたあと、小屋に背を向けた。


*


リズが戻ったとき、小屋の前にアルゲンの姿はなかった。


地面に置かれていた武器も、兜もなくなっている。


リズは立ち止まり、辺りを見回した。


「あいつは」


弓を持っていた女が、畑のそばから顔を上げた。


「出ていった」


「どこに」


「お前はここに残れる」


リズは女を見た。


「どこに行った」


女はそれ以上答えず、顔を背けた。


頭上で鳥が一度鳴いた。


リズは森の奥へ顔を向け、そのまま小屋を背に走り出した。


背後から呼び止める声がしたが、振り返らなかった。


枝が外套に引っかかり、木の根に何度も足を取られた。それでも立ち止まらず、森の奥へ進んだ。


やがて木々の間に、黒い外套が見えた。


「じじい!」


アルゲンは足を止めた。


振り返らない。


リズは息を切らしながら近づき、その背後で立ち止まった。


「なんで──」


「あそこがお前の居場所だ」


「勝手に決めるな」


リズは何かを言おうと口を開いたが、息だけが漏れた。


拳を握り、俯いた。


「私を殺してくれるんじゃないのか」


アルゲンが肩越しに振り返った。


「生きたいんじゃないのか」


リズは顔を上げた。


何も答えず、アルゲンを見つめた。


アルゲンもしばらくその顔を見ていたが、やがて前へ向き直った。


「ついてこい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。