討伐
翌日、アルゲンとリズは酒場へ入った。
先日の賑わいはなく、空いたテーブルが目立った。冒険者や傭兵らしい男女がいくつかの卓に分かれ、食事をしながら話している。
二人がカウンター席に腰を下ろすと、奥から店主が出てきた。
「よお、今日はどうする?」
「前と同じだ。ああ、こいつには山羊の乳も頼む」
アルゲンが顎でリズを示すと、リズは眉を寄せた。
「水でいい」
「なんだ嬢ちゃん、山羊の乳は苦手か? 牛の乳も出せるぞ?」
「水がいい」
「はっは、旦那、嫌だってさ。水を持ってきてやるよ」
店主が奥へ戻ると、アルゲンは小さくため息をついた。リズは眉を寄せたまま、その横顔を見ていた。
しばらくして、二人の前に料理が並んだ。
リズは自分の皿と、アルゲンの皿を見比べた。
「約束したろ、多くしてやるって。チビのうちはいっぱい食わねえとな」
店主が返事を待たず、別の卓へ向かうと、リズはすでにフォークを握り、肉を口へ運んでいた。
「三日で戻れるのか」
背後のテーブルから、男の声がした。
「森の中だ。五日は見た方がいい」
「それじゃ割に合わん」
「生け捕りなら、報酬は別だ」
「簡単に言うな。捕らえるとなれば、こっちにも死人が出る」
「そもそも、長耳をここまで連れてくるのか?」
アルゲンの手が一瞬止まったが、すぐにパンを口へ運んだ。
リズは肩越しに背後の卓を見た。
「荷車は侯爵家が出すらしい」
「で、長男様は街で高見の見物ってか」
リズが正面へ向き直ると、アルゲンは皿から顔を上げなかった。
「ねえ、あの人たちは――」
「さっさと食え」
リズの視線を受けたまま、アルゲンは残ったパンを口へ運んだ。
やがてリズは皿へ目を落としたが、フォークの先は肉に刺さったまま動かなかった。
食事を終えると、アルゲンはカウンターに代金を置き、リズと出口へ向かった。リズは俯いたまま、先ほどの男たちへ目だけを向けた。
通りへ出ても、リズは酒場を振り返っていた。
「宿へ戻ったら、俺は仕事を探しに行く」
「おい、ガキ」
酒場から目を離すと、リズはアルゲンを見た。
「戻るまで部屋から出るな」
リズはうなずき、アルゲンと宿へ戻った。
リズを宿の部屋に残し、アルゲンは斡旋所へ向かった。
建物の前に立つ掲示板には、仕事の募集が何枚も貼られていた。
・森の狼の討伐 一匹につき銀貨一枚
・農作物の収穫の手伝い 日払い銀貨一枚
・街の守衛 一日につき銅貨五枚
アルゲンが順に目を通していくと、掲示板の中央に貼られた大きな羊皮紙が目に留まった。
・エルフ集落の討伐 参加報酬、金貨一枚
※生け捕りにした場合、一匹につき銀貨五枚を加算
羊皮紙の端には、侯爵家の印が押されていた。
アルゲンがその印を見ていると、背後で鎧の擦れる音が止まり、肩に手が置かれた。
振り向くと、鉄の胸当てを着けた兵士が二人立っていた。
「お前がアルゲンで間違いないな?」
アルゲンは置かれた手に目を落としてから、兵士の顔を見た。
「そうだが」
兵士は手を離した。
「侯爵家からの呼び出しだ。侯爵邸まで同行してもらう」
「用件は」
「我々は聞かされていない」
アルゲンは掲示板の羊皮紙へ目を戻した。
「いいだろう」
兵士たちは先に立って歩き出し、アルゲンはそのあとに続いた。
侯爵邸へ向かう途中、アルゲンを見て足を止める者もいれば、顔を寄せ合う者もいた。
やがて通りの先に、黒い鉄柵で囲まれた大きな邸宅が見えてきた。柵の先端は剣のように尖り、門前には二人の兵士が立っていた。
先を歩く兵士が声をかけると門が開いた。玄関まで続く石畳の両側には、手入れされた木々が並んでいる。
玄関で一人が扉を開き、もう一人がアルゲンを中へ促した。背後で扉が重い音を立てて閉じた。
磨かれた石床に、二人分の足音が響いた。廊下の奥まで進むと、兵士は黒塗りの木の扉の前で立ち止まった。
「リアス様、アルゲンを連れて参りました」
「ああ、入れ」
兵士は扉を開き、アルゲンを中へ通した。
「では、私はこれで失礼します」
兵士が部屋を出ると、アルゲンは中を見渡した。
白い石壁にはいくつもの絵が掛けられ、縦長の窓から庭が見えた。片側の壁は、床から天井まで続く本棚で埋まっていた。
部屋の奥には木の机があり、一人の男が書類に筆を走らせていた。
アルゲンが入っても、男は顔を上げず、紙を擦る筆の音だけがしばらく続いた。
やがて男は筆を置き、顔を上げた。淡い金髪を短く整えた、まだ三十には届かない男だった。
「いつまでそこにいる」
アルゲンは机の前まで進んだ。
「用件があると――」
「エルフの討伐に参加しろ」
アルゲンは男を見下ろした。
「それは侯爵の命令か」
「父の命令ではない。領内の警備は俺に任されている」
「お前が侯爵の長男か」
「ああ。リアスだ」
リアスは机の上で両手を組み、続けた。
「西の森でのお前の働きは聞いている。だから呼んだ。今度は南だ」
「気が乗らんな」
「お前の気分は聞いていない。領内の平穏を守るために必要なことだ」
灰色の瞳が、アルゲンをまっすぐ見据えた。
「根無し草のお前は知らないだろうが、南の森に近い村から、作物や家畜を奪われたという訴えが出ている」
リアスは椅子から立ち、窓辺へ歩いた。
「民を守るのが侯爵家の務めだ。そのために、英雄殿の力が要る」
「力を貸してくれるな?」
「言ったはずだ、気が乗らんと」
「分かっていないようだが、これは侯爵家の命令だ。従わなければ、お前を拘束する」
アルゲンは答えなかった。
「最後にもう一度言おう。エルフ討伐の部隊に加われ」
アルゲンはしばらくリアスの背を見ていた。
「いいだろう」
リアスは、驚く様子もなく振り向いた。
「実に結構。だが、逃げられても困る。討伐を終え、ここへ報告するまで、侯爵家の私兵隊に入ってもらう」
「監視か」
「用心だ」
「好きにしろ」
「仕事が終わればここに来い。報酬を渡す」
リアスは机へ戻り、呼び鈴を鳴らした。
扉が開き、外で待っていた隊長が入ってきた。
「討伐隊が発つまで、アルゲンから目を離すな」
隊長はリアスに一礼し、アルゲンの傍らに立った。
アルゲンが屋敷を出ると、隊長と二人の兵士が後に続いた。
宿へ戻るまで、三人は一定の距離を保ってついてきた。アルゲンが宿へ入っても、隊長は中へ入らず、出入り口の横に立った。一人は通りの向かいに残り、もう一人は宿の裏手へ回る。
アルゲンは一度だけ振り返り、そのまま二階へ上がった。
部屋に戻ると、リズは寝台に横になったまま、アルゲンへ顔を向けた。
「今日はもう遅い。さっさと寝ろ」
そう言うと、アルゲンは部屋の奥へ行って横になった。
「今日、酒場で聞いた話ってなに」
アルゲンは答えなかった。
リズはしばらくその背中を見ていたが、やがて壁を向いて目を閉じた。
翌朝、リズが目を覚ますと、アルゲンは床に置いていた腕甲を右腕に着け、剣を腰に帯びていた。
リズは寝台から片足を下ろした。
「どこに行くの」
アルゲンは兜を被った。
「俺が戻るまで、ここから出るな」
「じじい」
扉を少し開けたアルゲンが、顔だけをわずかにリズの方へ向けた。
「エルフの集落を襲う」




