獲物
街の門が見えてくると、男は足を止め、兜を外した。短く息を吐き、来た道を振り返った。
「街には入るな」
子供は男を見上げた。兜の下から現れた顔には、左の眉から頬にかけて、古い傷が走っていた。
黒髪にはところどころ白髪が混じり、目つきは鷹のように鋭かった。
「この先でエルフが見つかれば、奴隷にされるか、殺される。それだけだ」
男はそれだけ言い残し、門へ向かった。
後ろから足音は聞こえなかった。
門に辿り着くと、槍を手にした二人の門番が立っていた。
男が門番に近づくと、二人は槍を交差させ、男の行く手を塞いだ。一人が言った。
「止まれ。身元の分からない者は通せん」
もう一人が尋ねた。
「名は?」
「アルゲン」
門番は眉をひそめ、男の顔を改めて見た。
「……戦場の英雄、アルゲンか」
アルゲンは表情を変えず、腰の剣の柄頭に肘を預けた。
「通っていいのか?」
門番の一人は一瞬言葉に詰まった。二人は槍を下ろして脇へ退いた。
「あ、ああ……問題ない」
アルゲンは何も返さず、門をくぐった。
辺りは暗くなっていたが、似た造りの家が並ぶ通りには、まだ人がごった返していた。アルゲンは人混みを縫いながら、酒場を探して歩いた。
やがて酒場を見つけ、扉を開けた。
店内には丸テーブルが並び、料理と酒を囲む客たちの声が満ちていた。大声で笑う者もいれば、黙々と食事を続ける者もいた。
アルゲンは空いていたカウンター席へ向かい、その脇に剣を立て掛け、柄頭に兜を被せた。
席に腰を下ろすよりも早く、店主が尋ねた。
「注文は?」
「肉とパン、それからスープを頼む」
「酒はいらねえのか?」
「下戸なんでな」
「へっ、顔に似合わずかわいいこって」
それだけ言うと、店主は奥へ下がっていった。
しばらくしてカウンターの上に料理が運ばれてきた。
アルゲンは料理を一瞥し、フォークで肉を口へ運んだ。表情を変えず、ゆっくりと食事を続けていると、店の外が急に騒がしくなった。
「エルフだ」
通りから声が上がった。
店にいた者たちは一斉に立ち上がり、窓や扉へ押し寄せた。
「子どもらしいぞ」
「どこから入り込んだ」
アルゲンは手にしていたパンをひと口かじり、席を立った。
酒場を出ると、街の門の方に人だかりができていた。
近づくと、その向こうで門番に腕を掴まれた子供が暴れていた。
「離せ!」
子供は身体を捩り、腕を掴んでいる門番の手に噛みつこうとしていた。もう一人の門番は鼻から血を流し、地面に片膝をついたまま子供を睨んでいた。
アルゲンに気づいた子供の動きが止まり、二人の視線が重なった。アルゲンの目は冷たく、子供は顔を伏せかけた。
だが先に目を逸らしたのは、アルゲンだった。
そのまま人だかりへ背を向け、歩き始めた。
遠ざかる背中を見た途端、子供の肩が震え、伏せかけた顔が上がった。
「お前が殺してくれるんじゃないのかよ!」
アルゲンの足が止まった。
「殺すんじゃなかったのかよ!」
声は最後で掠れた。
アルゲンは背を向けたまま、何も言わなかった。
やがて振り返ると、集まった人々を無造作に押しのけ、子供の前まで歩いた。
門番が身構えた。だが、アルゲンが目を向けると、その顔から血の気が引いた。
「離せ」
門番が手を放すと、抵抗していた勢いのまま、子供は地面に尻をついた。
アルゲンは子供の後ろ襟を掴んで引き上げ、周囲に聞かせるように言った。
「こいつは戦場で拾った俺の獲物だ」
周囲から声が消えたあとも、子供は両手でアルゲンの手首を掴んでいた。
アルゲンは子供を引きずるように門の外へ連れ出し、しばらく歩くと道端へ放り投げた。
「おい、ガキ」
子供は掠れたうめき声をあげるだけで、起き上がらなかった。
「そんなに死にたいか?」
返事はなかった。
子供は土の上にうずくまり、肩を小さく震わせていた。
アルゲンはしばらくその背を見下ろしていたが、やがて外套を脱ぎ、子供へ投げた。
厚い布が、小さな身体と長い耳を覆った。
「立て」
子供は顔を上げなかった。
アルゲンは背を向けた。
だが、今度は歩き出さなかった。




