先に
朝、リズが目を覚ますと、窓から差し込んだ光は床の半ばまで伸びていたが、隣の寝台ではアルゲンがまだ眠っていた。
リズはしばらく布団の中にいたが、やがて起き上がると、空になった木桶を持って外へ出た。
湖までの道には薄く朝露が残っていた。岸へ下りて桶を水へ沈め、半分を少し越えたところで持ち上げる。
戻ると、アルゲンは炉の前で灰の中を枝で探り、残っていた炭へ細い薪を重ねていた。
リズが桶をいつもの場所へ置くと、アルゲンが中を見た。
「減らしたのか」
「重いから」
アルゲンはそれ以上何も言わず、火のついた枝を炉の奥へ押し込んだ。
何日か過ぎるうちに、リズが先に水を汲んでくる朝が珍しくなくなった。
アルゲンが起きていれば、これまで通り二人で森へ入り、薪を拾った。前を歩いていたアルゲンは、いつからか帰りにはリズと並んで歩くことが増え、途中の倒木へ腰を下ろすと、抱えた枝を足元へ置いてしばらく動かなかった。
「先に戻れ」
「別に急いでない」
木々の間を風が抜け、枝葉が擦れた。
やがてアルゲンが枝を抱えて立ち上がると、リズも歩き始めた。
小屋へ戻れば、拾った薪を軒下へ分けて積み、火を起こして鍋を掛ける。アルゲンが窓際で本を開いている間に、リズが炉の前にいる時間は少しずつ長くなった。
以前なら何度も聞こえていた頁をめくる音が、いつからか長く途切れるようになった。
リズは鍋の中を混ぜながら、ときどき火へ薪を足した。
「吹くぞ」
声がして鍋を見ると、煮立った汁が縁まで上がっていた。
リズは慌てて鍋を火からずらした。
振り返ると、アルゲンは本へ目を落としたままだった。
釣りには、まだ二人で出る日もあった。
アルゲンがいつもの倒木へ腰を下ろし、その少し離れた葦のそばでリズが糸を垂らす。魚がかかると、リズは一人で岸へ引き上げ、草の上で跳ねる身体を両手で押さえた。
その日は二匹釣れた。
小屋へ戻ると、アルゲンは椅子へ腰を下ろし、そのまま本を開いた。
リズは魚を卓へ置き、しばらく待ってから壁に掛けてあった刃物を取り、前に見た通り腹へ刃先を入れた。
「深い」
リズの手が止まった。顔を上げると、アルゲンは魚を見ていた。
リズは刃先を少し戻した。
「これくらい?」
「ああ」
一匹目を捌き終えると、二匹目には浅く刃を入れ、内臓を取り出して串を通した。炉のそばへ立てるころには、アルゲンはまた本を読んでいた。
リズが椀を置いたとき、向かいの皿には魚が残っていた。
「残ってる」
「食え」
リズはしばらく魚を見ていたが、やがて自分の皿へ移した。
次の日も、その次の日も、アルゲンは本を持って小屋の外へ出た。
湖の見える場所へ椅子を置き、そこで日が傾くまで過ごすことが増えた。リズが水を汲みに下り、薪を拾って戻ってきても、同じ頁を開いたまま座っていることがある。
夜には隣の寝台から咳が聞こえることが増えた。一度きりで収まることもあれば、しばらく続くこともあった。
ある夜、咳がなかなか止まらず、リズは寝台から身体を起こした。
「水いるか」
「いらん」
しばらくして咳は収まった。
リズは横になったが、すぐには目を閉じなかった。
暗い小屋の中で、隣の寝台から布の擦れる音がする。
やがてそれも聞こえなくなると、リズは壁の方へ身体を向けた。
そのころには、一人で外へ出ることも増えていた。
水を汲み、森で薪を拾い、昼になれば釣り竿を持って湖へ下りる。
ある日、釣り竿を持って扉へ向かったところで、リズは窓際で本を開いているアルゲンを振り返った。
「今日は来ないのか」
アルゲンは頁から目を上げた。
「先に行け」
リズはしばらくその場に立っていたが、やがて扉を開けた。
湖ではなかなか魚がかからなかった。
夕方近くになって一匹だけ釣れた。
戻ると、アルゲンは小屋の外の椅子で、開いた本を膝から少しずり落としたまま眠っていた。
リズは足を止めた。
風が頁を一枚めくったが、アルゲンは起きなかった。
リズがその前を通ろうとしたところで、アルゲンが目を開けた。
「寝るなら中で寝ろよ」
「ここでいい」
アルゲンは膝からずれた本を持ち直した。
リズはそれ以上何も言わず、魚を持って小屋へ入った。
その夜も、アルゲンは窓際で本を開いていた。リズが寝台へ入ってからも、しばらく頁をめくる音はしなかった。
やがて本を閉じる音がして、灯りが消えた。
翌朝、リズはアルゲンより先に起き、水を汲んで戻ると炉へ火を入れた。
豆を煮ている途中でアルゲンが起きてきたが、そのころには朝の支度はほとんど終わっていた。
昼前、リズは椀を片づけ、扉の脇に立てかけてある釣り竿を取った。
アルゲンは窓際へ移り、本を開いている。
「魚、取ってくる」
アルゲンが顔を上げた。
「日が落ちる前に戻れ」
「分かってる」
リズは扉を開け、そのまま湖へ向かった。




