暮らし
翌朝、雨は上がっていた。
アルゲンは小屋の外へ出ると、軒下から屋根を見上げ、壁際をゆっくり一周した。昨夜の雨が残した雫が、板の端から落ちていた。
扉のそばに置いていた木桶を持つ。
「どこ行くんだ」
「水だ」
リズも外へ出て、木々の間へ入っていくアルゲンの後ろをついていった。
湖までは遠くなかった。アルゲンは岸へ下り、桶を水へ沈めた。半分ほど入ったところで右手だけで持ち上げる。
リズはその横にしゃがみ、水面へ手を入れた。
「飲めるのか?」
アルゲンは椀で水を掬って一口飲んだ。
リズも両手で掬った。
帰り道、アルゲンは一度桶を地面へ置いた。
リズはその横で待っていたが、アルゲンが何も言わずに桶を持ち直すと、また後ろを歩いた。
小屋へ戻ると、汲んだ水は鍋へ移され、炉には火が入った。アルゲンが豆を煮ている間、リズは卓に座っていたが、薪がなくなると軒下まで取りに行った。
手にした枝をそのまま炉へ入れようとして、アルゲンに止められる。
「そっちはまだ濡れてる」
リズは手にした枝を見て、隣に積まれていたものへ持ち替えると、今度は何も言われなかった。
それから何日か、朝になると二人で湖へ下りた。
水を運ぶのはアルゲンだったが、途中で桶を置く回数が増えると、リズが持とうと手を出すこともあった。そんなときは、アルゲンが水を少し捨ててから渡した。
森へ入れば薪を拾った。
初めのうちは、リズが持ってくる枝の半分ほどは湿っていた。アルゲンが壁際へ避けたものを見ているうちに、やがて乾いたものだけを軒下へ置くようになった。
炉の火が弱くなれば薪を足し、鍋が煮立てば火から少し遠ざける。
ある日の昼、アルゲンは壁際に立てかけていた細い棒を持って湖へ向かった。
先には糸が巻いてある。
リズは何も聞かずについていった。
アルゲンは岸辺の倒木へ腰を下ろし、糸の先へ餌をつけて水へ落とした。
リズは少し離れた石に座り、風に揺れる水面と、そのたびに動く細い糸を見ていた。アルゲンは手を出さなかった。
しばらくして、リズが聞いた。
「魚?」
「ああ」
それきり、また湖を見た。
一羽の白い鳥が浅瀬へ下りた。細い脚で水の中を歩き、何度か嘴を入れたあと、葦の影へ移っていく。
リズはしばらく鳥を見ていたが、そのうち立ち上がって岸に落ちていた細い枝を拾った。
「私もやる」
アルゲンは手元に残っていた糸を切り、枝の先へ結んだ。餌をつけて渡すと、リズはそのまま少し離れた葦の方へ歩いていった。
「遠くへ行くな」
リズは片手を上げた。
やがて葦のそばへ腰を下ろし、糸を水へ垂らした。
しばらくすると、枝先が水面へ沈んだ。
水面へ大きく引かれ、慌てて両手で持ち上げると、小さな魚が水を散らしながら岸へ落ちた。
リズは草の上で跳ねる魚へ飛びついた。
アルゲンは倒木に座ったまま、その様子を見ていた。
やがて浅瀬へ目を向けたが、白い鳥はもういなかった。
その日の夕食には魚が出た。
アルゲンは魚の腹を裂いて内臓を取り出し、串に刺して炉のそばへ立てた。リズはその間、卓の向かいから手元を見ていた。
焼けた身を二人で食べた。
次に湖へ行く日には、リズも自分の枝を持っていった。
何日か過ぎるうちに、木桶は炉のそば、釣り竿は扉の脇に置かれるようになった。軒下には乾いた薪が積まれ、まだ湿ったものは壁際に並んだ。
アルゲンの本は窓際の卓に置かれることが多くなり、リズのものは寝台の周りに増えていった。
日が落ちれば炉に火を入れ、食べ終われば椀を洗った。
ある夜、リズは開けた窓から湖を見ていた。
外はもう暗く、木々の隙間から水面がわずかに見える。
「ずっとここにいるの?」
卓の方で頁をめくる音が止まった。
すぐには返事がなかった。
やがて、また紙の擦れる音がした。
「さあな」
リズは窓の外へ目を戻した。
しばらくして、本が閉じる音がした。
「だが、ここはお前の帰る家だ」
リズが振り返る。
アルゲンは閉じた本に右手を置いたまま、窓の方を見ていた。
「世界でも見てこい。疲れたら帰ってくればいい」
アルゲンが咳き込んだ。
右手を口元へ当て、身体を少し丸める。一度収まりかけた咳がまた続いた。
リズはその背を見ていた。
やがて咳が収まり、アルゲンが水を飲む。
「じじいは……」
アルゲンが顔を向けた。
リズはすぐには続きを言わなかった。
「……なんでもない」
アルゲンは本を開いた。
リズも窓の外へ顔を戻した。




