朝
湖から戻るころには、陽が木々の向こうへ傾き始めていた。
リズは釣り竿を肩に掛け、一匹だけ釣れた魚を提げて小屋へ向かった。
木々を抜けても、外に出してある椅子にアルゲンの姿はなかった。
扉を開けると、卓の脇にアルゲンが座り込んでいた。足元には本が落ち、右手で口元を押さえたまま、身体を折るように咳き込んでいる。
指の間から血が落ちていた。
「じじい」
リズは魚と釣り竿を入口に落とし、駆け寄った。
アルゲンは顔を上げたが、また咳き込んだ。
「待ってろ。医者を呼んでくる」
立ち上がろうとしたリズの腕を、アルゲンが掴んだ。
「やめろ」
「だって、こんなに血が出てる!」
アルゲンは答えず、荒い息を繰り返していた。やがてリズの腕を放し、袖で口元を拭う。
「わかっていただろう」
リズは何も言わなかった。
咳が収まると、アルゲンは卓へ右手をついた。身体を起こしかけたところで力が抜け、再び床へ腰を落とす。
「肩を貸せ」
リズは横へ入り、アルゲンの右腕を自分の肩へ回した。
腰へ腕を添えて立たせると、その重さに足がよろめいた。アルゲンも床を踏み、二人でゆっくり寝台へ向かった。
途中で何度か足を止めながら寝台までたどり着くと、リズはアルゲンを腰掛けさせ、そのまま身体を横たえた。
寝台に横になっても胸は大きく上下していたが、呼吸は少しずつ静かになり、そのまま眠りに落ちた。
リズは寝台の脇に座った。入口には魚と釣り竿が落ちたままで、床にはアルゲンの本も開かれている。窓から入る光が薄れ、小屋の中が暗くなっても、リズはそこを動かなかった。
夜が深くなったころ、布の擦れる音がした。
「じじい……?」
アルゲンは目を開けていた。
寝台の脇にいるリズへ目を向けた。
「ガキ……」
アルゲンは右手を持ち上げ、リズの方へ伸ばした。
リズは寝台へ身を寄せ、その掌に自分から頭を預けた。
アルゲンの指が白い髪に触れ、ゆっくりと後頭部へ回る。リズはそのままアルゲンの胸元へ寄った。
小屋の中に静寂が流れた。
「死ぬ気になったか?」
リズはアルゲンの胸に頭を置いたまま、すぐには答えなかった。
「……わからなくなった」
アルゲンは何も言わず、リズの髪をゆっくり撫でると、静かに息を吐いた。
「それでいい」
リズは頭を上げなかった。アルゲンの手も白い髪に触れたまま、二人はそれ以上何も言わなかった。
窓の外が白み始めたころ、リズはアルゲンの胸に頭を置いたまま、一人で朝を迎えた。
一章はここで終わりです。二章からはリズの物語になります。骨組みや細かい設定は作ってますが、反応があれば続きは書こうかなと思ってます。
今のとこは、とりあえずエピローグをちょっと出そうかな・・・くらいです




