第218話 大切な同僚たちがいたから
リュウトがエレミーテ王国騎士団遊軍調査部隊の面々とのやり取りを通してクライマックスに繋がります!
「……ふぅ」
静まり返り始めたエレミーテ王国騎士団遊軍調査部隊隊舎の自分のデスクの前で俺は息を吐いた。
ふと視線を向ければ、窓に映る夕空が茜色から紫紺のグラデーションへと溶け込み始めている。
その温かくも清々しい落日に見とれていると、今日という一日が無事に終わった安堵感がじんわりと胸を満たしていった。
「……」
まばらに隊員が残る執務室。
書類を繰る音や低く交わされる雑談が心地よく耳を打つ。
魔王リザエラとの死闘を乗り越え、こうして平穏な空気の中に身を置けていることのありがたさを染み染みと実感せずにはいられない。
「ゾルダー班長。お疲れ様です、お先に失礼します」
「おう、リュウトか。今日も一日お疲れさんだったな」
俺は所属する第六班の班長であり、直属の上司であるゾルダーさんに退勤の挨拶を交わす。
そんな時だった。
「そういえば……近々出向く外遊の準備は抜け目なく整ってるんだろうな?」
「はい。必要な武具の点検も備品の確保も概ね終わっています」
「そうか……ならいい。向こうでも身体に気をつけて、頑張るんだぞ」
「……はい! ありがとうございます」
どこにでもある職場の上司と部下のなんてことのないやり取り。
勇者パーティの一員としての肩書を持った後もここにおいて俺はあくまで一介の隊員であり、それ以上の特別扱いを受けるつもりはない。
ゾルダーさんもそこは遠慮なく一人の部下として接してくれている。
自分が誰よりも偉い人間だと錯覚してしまわないための戒めでもあった。
一度は背を向け、扉へ向かって歩き出した俺にゾルダーさんがポツリと言葉を継ぎ足した。
「リュウト」
「はい?」
「……お前なら、まあ大丈夫なんだろうけどな。もしも……もしもだぞ。向こうで背負うものが辛くなったりしたら、いつでも吐き出しに来いよ。飲み交わしながら相談に乗るくらいなら、俺にもできるからな」
「……!はい、ありがとうございます!」
胸の奥が熱くなるのを感じながら、俺はゾルダーさんに深く頭を下げて後にした。
静かな廊下をしばらく歩いていると、曲がり角の向こうから元気な足音が響いてきた。
「あっ、リュウトさん!」
「ん?トロンか」
声をかけてきたのは同じ部隊の後輩であるトロンだった。
手に持った巡回記録用のバインダーを見るに、今日の警備任務を無事に終えて戻ってきたところらしい。
「仕事終わりか?」
「はいっ!本日の王都東区の巡回、異常なしです!」
胸を張って答える姿を見て、相変わらず真面目だって思う。
息を整えた彼がどこか伺うような視線をこちらに向けて口を開く。
「あの……リュウトさん。また、フォーペウロや魔族領への視察に赴かれるんですよね?」
「ああ。期間はまだはっきり決まってないが……短くても数週間、長くても一ヶ月近くは王都に戻ってこられないかもしれないな」
「やっぱり、それくらいになりますよね……」
俺が頷くと、トロンは肩を落とし、眉を下げた。
けれど、コンマ一秒ほどの間を置いた後、彼は顔を上げた。
「……ですけど!あの勇者パーティの皆様と肩を並べて大活躍されたリュウトさんなんですから、外交の場に必要とされるのは当然の結果です!あなただからこそ任される役割があるからこその今なんだって、僕は思ってます!」
「お、おぅ……そんな大層なもんじゃないと思うが……」
急な熱量に少したじろぐ俺をよそに、トロンは拳を握りながら言葉を続ける。
「リュウトさんが遠くに行かれている間、僕も遊軍調査部隊で自分にできる仕事を全力で成し遂げて、今よりもずっと成長してみせます!だから……どうか安心して、行ってきてください!」
そのまっすぐで眩しい決意に俺の引き気味だった心も解けていく。
後輩にこんな風に背中を押してもらえるなんて、何たる果報者だなと思う。
「そうか。頼むぞ、トロン。それじゃあ、今日もお疲れさん」
「はいっ! お疲れ様でした!」
ピシッと隙のない敬礼を繰り出すトロンを微笑ましく見送り、俺は隊舎を出て自分の宿舎へと向かった。
道すがら、すれ違う隊員や騎士団の関係者たちから笑顔で会釈を返される。
こうして温かい声をかけられては自分もモーゼル隊長やソフィア副隊長、あるいはシュナイゼル団長みたいに騎士団の未来を背負う重要な存在になりつつあるかのような誇らしさと緊張感を覚えてしまう。
自室に戻った俺はシャワーを浴びて汗を流し、身支度を整えた。
それから遠征に向けて手入れ中の武具や備品を机の上に並べ、静かに整理を始める。
その時、軽快なノック音が扉を叩いた。
「はい?」
「リュウト~いるー!?」
「ん?」
扉の向こうから聞こえた馴染みのある声に反応しつつ、鍵を開けて扉を引く。
「よっ!お疲れさん!」
「シーナさん!」
そこにいたのは第六班の副班長であるシーナさんだった。
そう言えば今日は非番だったな。
だからなのか、黒のタンクトップに水色のホットパンツというラフな私服姿だ。
健康的な肌を豪快に晒し、ほのかに甘い酒の香りを漂わせているところを見ると、昼間から城下町で羽を伸ばしていたのが丸わかりだった。
「そうそう!あたしが今日、街のお店をハシゴして飲んでいた時に面白そうな酒を見つけたんだよ!」
「面白そうなお酒……ですか?」
シーナさんは肩にぶら下げていた革袋から小ぶりなガラス瓶を一本取り出し、自慢げに掲げてみせた。
「ほいっ! 古酒って言ってさ、エレミーテ王国じゃまず滅多に出回らない東方の珍しい酒なんだって! 興味本位で買ってみたの。リュウトにもそのお裾分け!」
「はあ……ありがとうございます」
エレミーテから遙か東、海を越えた先にある東洋の国々の存在は知識として知っている。
貿易商経由でたまに流れてくる逸品らしく、好奇心旺盛なシーナさんのアンテナに引っかかったのだろう。
素直に受け取りつつも、俺はふと浮かんだ疑問を口にした。
「でも、そんな珍しくて良さそうなお酒なら、班の皆が集まった時にでも開けて、全員で楽しめばよかったんじゃないですか?」
「んー、それがさ!見ての通り、普段あたしたちが飲んでるワイン瓶より二回りも小さくてコンパクトでしょ?大人数で分けるにはあまりにも量が少なすぎるのよねー」
「……あー、確かに」
差し出された瓶を見れば、確かに手のひらに収まりそうなサイズの小瓶だ。
ワイングラスに並々と注げば、二杯程度で空になるだろう。
だが、それなら尚さら疑問が残る。
「お裾分けにしていただくのは嬉しいですけど……どうして俺に?シーナさんが自分で楽しむか、上司に渡した方が喜ばれたんじゃ……」
「ん~~。なんでだろ?リュウトだからかな?」
「え?」
何の捻りもない答えが返ってきて、俺はきょとんと目を丸くした。
シーナさんはにかっと瓶を俺の手元に押し付けるようにしながら言葉を重ねた。
「強いて言うなら……まあ、同じような泥臭い冒険者の道を辿ってウチの部隊に来た仲間同士、たまには珍しい酒の味覚についてサシで語り合いたいなーって話よ!手すきの時にでも飲んで、今度感想教えてよ。……あ、いろんな意味で落ち着いたら、ちゃんと飲みに行こうね!じゃ、頑張って!」
「あっ……はい」
言いたいことだけ言うと、シーナさんはひらひらと手を振りながら軽い足取りで去っていった。
静けさが戻った自室。
俺は手の中に残された小瓶をテーブルの上にそっと置いた。
少しの間、武具の点検作業を続けていたが、シーナさんの爽やかな残り香と珍しい酒への興味が中々頭から離れず、キリの良いところで棚から自前のコップを取り出した。
封を切り、黄金色の液体をコップに静かに注ぐ。
熟成された香りが一気に広がった。
「……本当だ。いつも飲むエールやワインとは匂いも風味もまるで違うな……」
一口含めば、まろやかな甘みと芳醇さが広がっていく。
思えば……自分の部屋でこうして一人、ゆっくりとお酒を楽しむ時間は凄く久しぶりな気がする。
ふと俺は今日のゾルダーさんやトロン、シーナさんを見ていて思った。
「俺のことを思ってくれてやってくれたのかな?」
そう呟きながら、自分の脳裏にたくさんのことが過ぎった。
冒険者からエレミーテ王国騎士団遊軍調査部隊の一員になってから今に至るまでの年月は今のベテラン隊員と比べれば、短いと思う。
それでも……。
「皆がいてくれたから……俺は……ここまで来れたんだよな」
俺が腐らずに新しい人生を切り拓いていくくれたのも、更なる可能性を見出してくれたのはこのエレミーテ王国騎士団遊軍調査部隊なんだ。
そこからやり直すことが叶った、俺が人生を振り返る中では外してはいけない存在。
それ教えてくれた人、信じてくれた上司や同僚、新たに巡り合えた掛け替えのない繋がりを経て、今の俺がある。
「……ありがとうな……」
そんな言葉を呟きながら、俺はどこか満ち足りた気持ちで美味い酒と共に消してはいけない思い出を味わうのだった。
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