第206話 【Sideファミーナ】歩みは止めない
久しぶりにファミーナ視点のお話です!
当代魔王リザエラが滅んでから約二ヶ月後の魔族領。
「ファミーナ様。お疲れ様でございます」
「お疲れ様」
魔族領の暗雲を見下ろすようにそびえ立つ、かつての恐怖の象徴であった魔王城。
黒金の意匠が施された長い廊下を歩む私の歩調に合わせるように、左右に整列した従者たちが一斉に頭を下げる。
かつて冷酷な統治が行われていたこの城も、今ではどこか新しい息吹で満ちていた。
少しの疲労感を抱きながら、私は自室へと戻ってきた。
「ふぅ……」
椅子に深く身体を預け、思わず小さな溜め息が漏れる。
「ファミーナ様。淹れたてのハーブティーでございます。まずは一息おつきください」
「ありがとう、ジュウロン」
私の疲れを見透かすかのように、絶妙なタイミングで温かい陶器のカップを差し出してくれたのは側近の一人であるジュウロンだ。
湯気とともに広がる芳しい香りが張り詰めていた脳の芯を解きほぐしていく。
その心地よい余韻に浸ろうとした矢先、もう一人の側近であるカリュミノが静かに室内の扉を開けて入ってきた。
「ファミーナ様、失礼いたします。お急ぎのところ大変恐縮なのですが……」
「どうしたの、カリュミノ?」
「どうしても今、お目通しいただきたい書簡が届いております。……送り主はエレミーテ。ファミーナ様にとっても、大変有意義であろう方々の名が記載されております」
「ん……?」
カリュミノのどこか含みがあるような物言いに私は小さく眉をひそめたけど、胸の奥で一つの予感が過ぎる。
何となくその内容を察しながら、書簡の結び紐を解き、羊皮紙を広げてそこに視線を落とした。
「……そう。思っていた以上に、再会する日は差し迫っているというわけね」
何てことを呟く私なのであった。
書簡に記されていたのはエレミーテ王国の使節団が近いうちにこの魔族領との対話のために動くという公的な報せであり、そのメンバーの中には生涯忘れてはいけないだろう、あの人たちの名前もある。
「この魔族領が今、どれほど真摯に生まれ変わろうとしているか、しっかり見せる必要があるわね」
「ファミーナ様?」
「ううん、何でもないわ。お二人とも、引き続きそれぞれの職務に励んで。もし魔族領の再建において、困ったことや不安要素があれば、どんなに小さなことでもすぐに私に言って頂戴。私自身が先頭に立って、すぐに対応に乗り出すから」
「「ハッ!御心のままに!」」
私の言葉にジュウロンとカリュミノは深く一礼し、誇らしげな表情を浮かべてそそくさと部屋を退出して行った。
私がそう言うと、ジュウロンとカリュミノはそそくさと部屋を出て行った。
再び訪れた、静寂のひと時。
私は椅子の隣の丸テーブルに置かれたティーカップに再び口を付け、温かいお茶を喉へと流し込む。
仄かな苦味が私の決意をより確固たるものへと変えていく。。
「何の成果も、平和への進捗も見せられないままでは、あの方たちに顔向けができるはずもないもの……」
私は窓辺へと歩み寄り、灰色の空を見つめながら、ある人物たちの顔を思い浮かべていた。
「お元気にされていますかね。……勇者パーティの皆様方」
それは私たちと戦ってくれたエレミーテ王国の勇者パーティの皆様です。
私は魔族の頂点である魔王の娘としてこの世に生を受けた。
今は亡き父であり、先代の魔王であったギラドルスは魔族でありながら、太古から不倶戴天の仇のように人間を嫌悪し合ってきた歴史を憂い、いつか手を取り合う友和の未来を夢見て、心血を注ぎながら行動してきた慈悲深い御方だった。。
しかし、私の実の母が病で亡くなり、そこに後妻としてリザエラが嫁いできたことでその歯車が狂い始めた。
それからしばらくして、邪悪な野心を燃やすリザエラがクーデターを起こし、お父様の命を無残に奪ったのだ。
私はジュウロンやカリュミノたち、僅かな忠臣の従者や穏健に生きることを願う少数派だけを連れて命からがら逃げ出し、辺境の集落へと密かに隠れ住む身となった。
激しい憎悪に身を焦がしながらも、「何があっても生き延びろ」と願ったお父様の最期の言葉を無駄にしたくない一心で耐え忍ぶ日々。
「思えば、本当に数奇で、奇跡のような運命だと思えてならないわ……」
ある時、エレミーテ王国の勇者パーティの方々がまるで導かれるように、私が身を潜めていた隠れ里へと迷い込んできたのだ。
普通なら、魔王の娘と知れば即座に剣を抜くはずだったけれど、リーダーであるシャーロットさんをはじめとするメンバーの皆様は私の境遇に深い理解を示してくれた。
そればかりか、里が魔王軍に襲撃された時には種族の壁を越えて共に武器を取り、戦ってくれた。
本格的にリザエラを討つために同行を願い出た時には快く受け入れてくれて、そこから苦楽を共にした。
魔王城に突入し、魔王軍の最強戦力とされる幹部や残党たちとの戦いにおいても、背中を預け合いながら乗り切り、最終的には……。
「あの方たちが私を信じてくださらなければ、こうして生き残り、お父様の夢に向けて具体的な一歩を踏み出すことなんて……絶対に叶わなかった」
勇者のシャーロットさんと稀代の才能を持つだろうリュウトさんと力を合わせ、リザエラを打倒するに至り、その命脈を私の手で断った。
それはリザエラが世界に再び広めようとした恐怖と支配の悪しき思想を完全に排し、お父様の高潔な遺志を受け継いだ私の理念を守り抜いた瞬間でもあった。
私一人の力では絶対に途中で潰えていたであろう理想。
共に同じ未来を見つめ、立ち向かってくれた同志がエレミーテの勇者パーティで良かったと心から思えてならない。
リザエラ亡き今、私は人間との友和を願う魔族の同志たちを中心に据え、今もまだ残る悪しき思想を鎮静化させるための対話や運動を精力的に行っている。
同時に長年の戦争で荒廃してしまった辺境の地の開拓や再建を進め、魔族領を少しずつ、誰もが飢えることのないより良い場所へと変えるために寝る間も惜しんで努めている。
魔族と人間が真の意味で対等に手を取り合える輝かしい未来を実現させるために。
そして何より……。
「私を信じて未来を託してくれた勇者パーティの皆様やお父様に報いるためにも。私はここでその歩みを止めるわけにはいかないから」
黒灰色の分厚い雲の隙間からまるで新しい時代の到来を告げるように優しく差し込んできた一筋の光を見据えながら、私は愛しい仲間たちとの再会の日を想うのだった。
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