第204話 復帰に向けて
近いうちにリュウトが遊軍調査部隊に復帰します!
エレミーテ王国騎士団遊軍調査部隊の隊舎の一室。
「……と。以上がここ一週間で王都やその近辺で起きた出来事のまとめだ。頭に入ったか?」
「はい。概ね把握できました」
主に座学や講義で使われる少し広めの部屋。
俺はゾルダーさんやシーナさんたちからエレミーテ王国で起きた事柄や現在の仕事に関する再研修、そして今後の引き継ぎを受けていた。
魔王討伐という大役を終え、騎士団への復帰に向けて三日間みっちり行われた座学もようやく今日で終わりを迎える。
「あとは実際の現場に出て、少しずつ身体の勘を取り戻していくことになるな」
「そこは問題ありませんよ。すぐに慣れてみせます」
「あらぁ、言うじゃない?流石は世界の危機を救った勇者パーティの一員様。言うことが違うわねぇ」
「ちょっ、シーナさん、それは勘弁してください……」
「ははは、まぁいいじゃないか。それだけ頼もしいってことさ」
シーナさんの小悪魔めいた揶揄いに俺が少し慌てふためくと、ゾルダーさんが笑って場を収めてくれた。
かつての日常が戻ってきたようなこの飾らないやり取りが今はひどく心地いい。
「それではリュウト。また明日から、遊軍調査部隊の一員としてよろしく頼むぞ」
「はい! こちらこそ、またよろしくお願いします!」
俺は一礼して明日からの復帰に胸を躍らせながら、夕暮れの部屋を後にした。
◇——
「……」
夕闇の帳が静かに降りようとする頃、俺は夕暮れの残光が差し込む隊舎の廊下を歩いていた。
他に人がないこともあってか、どこか穏やかさを帯びた独特の静けさが周囲を満たしている。
廊下の十字路のちょうど中心に差し掛かるその時だった。
「……リュウト?」
「あっ……?」
不意に背後から凛としつつ、どこか耳に心地よい低めの声が届いた。
足を止めて振り返ると、そこにはソフィア副隊長が立っていた。
手にはいくつかの書類を抱えており、どうやら一日の仕事を終えて引き揚げるところのようだった。
「今から帰りか?」
「はい。一通りのやるべきことを終えまして、これから寮に戻るところです」
「そうか。再研修や不在期間中の引き継ぎは問題なく終わったようだな」
「ええ。おかげさまで、明日からは以前と変わらず、遊軍調査部隊の一員として実務に取り掛かれます」
「それは何よりだ。皆、お前が本格的にこの部隊へ復帰するのを首を長くして待っているぞ。特にアンリやトロンなんかはお前がいない間、ずっと退屈そうにしていたからな」
「そうですか?あいつら相変わらずですね」
そんな何気なくも心温まる会話を交わしながら、俺たちは並んで隊舎の出入り口を目指して歩き出した。
魔王討伐の旅に発って以来、こうしてソフィア副隊長と二人きりで静かに会話を交わすのも、本当に久しぶりのことだった。
自然と胸の奥から懐かしさが込み上げてくる。
そんな時、ふと前を見据えたまま、ソフィア副隊長が小さく息を漏らした。
「……何だか、妙に懐かしいな」
「……と言いますと?」
「……」
問いかけると、彼女は数秒の間を置き、夕陽に染まる窓の外を少し目を細めて見つめた後、静かに口を開いた。
「リュウトが初めて我が遊軍調査部隊の門を叩き、ここに配属されてきた時のことだよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は胸の奥を突かれたようなハッとする錯覚に囚われた。
同時に当時の光景が昨日のことのように頭の中に蘇ってくる。
ここに籍を置く前、俺は一介の冒険者だったけど、色々と辛い出来事が重なって当時所属していたパーティを抜け、行き着いたのがこのエレミーテ王国騎士団の遊軍調査部隊だ。
目の前にいるソフィア副隊長と面接を通して俺はここへ転職した。
言うなれば、第二の人生のスタートを切る強固な礎を与えてくれた恩人でもあった。
今こうして生きて笑っていられることへの感謝が不意に、堰を切ったように口をついて出た。
「……ソフィア副隊長。本当に、ありがとうございます」
「い、今さら改まって何だ、藪から棒に……」
突然の言葉にソフィア副隊長が驚いたように少し目を丸くする。
俺は照れ隠しの苦笑いを浮かべながら、真っ直ぐな本音を続けた。
「いや、あの頃は冒険者を辞めて、このエレミーテ王国騎士団の一員になれただけでも驚きだったんです。なのに、そこから今に至るまでの出来事は信じられないことや新鮮なことばかりで……。ましてや、あの勇者パーティの一員として魔王リザエラと戦い、世界を救うことになるなんて、今でも夢を見ているみたいだって思うんです。……俺にそんな誇れる居場所と成長するきっかけを最初にもたらしてくれたのは他でもない、ソフィア副隊長のおかげです」
胸の中にあった想いを、ありのままの言葉にして漏らしていた。
すると、ソフィア副隊長は一瞬だけ呆然としたように俺を見つめていたけど、やがて、その綺麗な唇を綻ばせながらフッと優しく微笑んだ。
「ふふっ。お前は本当に……どこまでも変わらないな、リュウト」
「はい?」
「大役を果たして、称えられる身になったというのに、初めて出会ったあの頃からその真っ直ぐで謙虚な根っこが何も変わっていない。……私は今、そのことに安心しているんだ」
「ソフィア副隊長……」
(いや、安心を超えて……尊敬さえも……)
そんな風に言葉を交わしているうちに気が付けば、俺たちは隊舎の敷地を抜けて夕暮れの正門を出ようとするところまで来ていた。
「では、俺は寮の方に向かいますので、これで……」
「ああ、ゆっくり休め。明日からすぐにでも任務に就いてもらうからな。間違っても遅刻するなよ?」
「分かってますよ。それでは、お疲れ様でした」
「うん、お疲れ様」
俺は小さく一礼して、茜色から紫紺へと移り変わろうとする道を歩き出す。
ソフィア副隊長は立ち止まり、そよ風に頬を叩かれながら、遠ざかっていくその後ろ姿を静かに見つめ続けていた。
「私は本当に嬉しいよ、リュウト。遊軍調査部隊に入って目覚ましい成果を挙げても。魔王を討つ勇者パーティの一員として責務を果たしても。どれだけ強くなっても……お前はやっぱり、初めて出会った頃のリュウトのままだな」
吹かれる風に消えてしまいそうなほどに小さくも、確かな愛おしさを孕んだ声が彼女の唇から零れ落ちていた。
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