第203話 【Side遊軍調査部隊】心待ちにしてならない
モーゼル⇒ソフィア⇒アンリ視点の流れです!
勇者パーティが魔王討伐を成し遂げ、エレミーテ王国の王都エメラフィールに帰還して一週間が経とうとした頃のお話。
「……」
夕闇が迫る執務室で一通り書類整理を終えた俺は羽根ペンを置いて深く椅子の背もたれに身体を預けた。
窓外の茜色に染まった美しい夕空を眺めていると、自然と胸に熱い感慨が湧き上がってくる。
視線を机の上へと戻し、そこに飾られた一枚の写真立てを見つめながら、俺はぽつりと言葉を零した。
「本当に……無事に戻ってきたんだな。リュウト……」
ほんの少し前まで、勇者パーティの一員として、この遊軍調査部隊を離れていた若き隊員であるリュウト。
入隊の時から目をかけ、その才能を信じていた俺の自慢の部下だ。
短いような、長いような期間を経て、あいつはの使命を果たし、再びエレミーテ王国へと帰還してくれたのだ。
その報せを聞いた部下たちは自分のことのように歓喜していた姿が今も耳の奥に残っている。
「本当に……生きて戻ってきてくれて何よりだ。これほど喜ばしいことはないさ……」
無防備な本音を誰もいない部屋に響かせる。
遊軍調査部隊の隊長として、そして一人の男として、こんなに嬉しいことはない。
俺は静かに、誇らしげな笑みを浮かべるのだった。
◇——
「お疲れ様です、ソフィア副隊長!」
「あら、お疲れ様。」
隊舎の廊下を歩いている最中、私はすれ違う若手隊員二名といつも通りの短い挨拶を交わし合う。
一見すれば、騎士団の日常における、どこにでもある見慣れた光景だった。
けれど、隊舎全体が微かな熱を帯びて浮き足立っているのだ。
少し歩みを進めたところで第六班の班長であるゾルダーと隊員のトロンの二人と鉢合わせた。
「ソフィア副隊長、お疲れ様です!」
「副隊長、お疲れ様です!」
「ええ、お疲れ様」
声を揃えて、いつになく弾んだ明るい挨拶を寄こしてくる二人。
私は歩みを止め、ふと問いを投げかけてみることにした。
「トロンはともかく……ゾルダー。あなたまでいつになく妙に明るいじゃない。何か良いことでもあったの?」
「あはは、やっぱり分かっちゃいますか?」
「それはもう、隠しきれていませんよ。ゾルダーさん!」
調子が良さそうに肩を揺らす二人だったけど、その理由はこの私だって分かり切っているつもりだ。
なぜなら……。
「リュウトが無事に王都へ帰ってきたから。でしょう?」
「「はいっ!!」」
二人は示し合わせたように声を上げて満面の笑みを浮かべた。
先日、勇者パーティの一員として過酷な旅に出ていたリュウトが晴れて帰還したのだ。
その事実が隊に伝わってからの遊軍調査部隊は彼が旅に出る前の空気に戻りつつある。
隊員たちはあいつともう一度、共に仕事に励める日を心から待ち望んでいるのだ。
……まあ、かく言うこの私もその一人ではあるのだけれど。
「リュウトさん、いつ頃こちらに復帰されるのでしょうかね?もう待ちきれなくて」
トロンがそわそわとした様子で尋ねてくる。
「少なくとも、休養期間がまだ残っているから現場への復帰はもう少し先になるわね。ただ、復帰直前にはリュウトが不在だった期間の引き継ぎや実戦感覚を取り戻すための再研修を挟む予定よ。それが終わったら、本格的に任務に当たらせるつもり」
私の明確な見通しを聞いて、ゾルダーも口を開いた。
「それが最良ですね。あいつが戻ってきたら、その間の調査記録や留めておくべき重要事項を真っ先に共有させておきますよ」
「ええ、頼りにしているわ。そういった実務のサポートは隊のやり方を知り尽くしているゾルダーやシーナを中心に一任するつもりだから」
「承知しました。お任せください!」
ゾルダーは胸を叩いて快諾してくれた。
彼も遊軍調査部隊に配属されてからもう十年が経つ生粋のベテランだ。
これ以上ない適任だろう。
「またリュウトさんと一緒に大きな任務ができるなんて、今から楽しみで仕方がありません!」
「うふふ、トロンったら」
あいつの背中を追うトロンは憧れの兄の帰りを待つ少年さながらに目を輝かせて笑っている。
副隊長としての威厳を保っているけれど……実はあいつが皆の前に「ただいま戻りました」と挨拶に現れる瞬間を心待ちしにしているのは……。
この私だったりとか……。何て思ったりして。
◇——
「「カンパ~イ!!」」
王都の活気溢れる城下町の一角にある馴染みの酒場で私はシーナさんとジョッキを突き合わせていた。
「うぅううん!やっぱり、仕事と訓練の終わりに五臓六腑に染み渡らせるエールはたまらないわね~っ!」
「そうですね」
最初の一杯目からシーナさんは飛ばしている。
相変わらずの豪快な飲みっぷりに私は思わず苦笑いを浮かべた。
三分が過ぎた頃にシーナさんが店員を呼ぼうとして、ふと私の手元に目を留めた。
「ん? アンリ、あんたのグラスももうほとんど残ってないじゃない。頼む?」
「あ、本当ですね……。私の分もお願いします」
言われて自分のジョッキに目をやると、驚いたことに私も半分以上を飲み干していた。
いつもなら、シーナさんが一杯目を空ける頃には私はまだ半分も手を付けていないのが常だった。
自分でも無意識のうちにペースが速くなろうとしていることに驚き、気恥ずかしさから小さく鼻を鳴らして笑った。
「なによ、急に一人でニヤニヤしちゃって。そういえばアンリ、最近なんだか嬉しそうな顔をしてることが多いわよね」
「え?私がですか?」
新しく届いたエールの泡を口元につけながら、シーナさんが何気ない口調でからかうように視線を送ってくる。
「もしかして、リュウトが近日中にうちの部隊に復帰してくるからだったりする?」
「あっ、い、いえ! それは……っ」
私は思わず言葉に詰まってしまった。
一気に顔が熱くなるのを感じけど、それを真っ向から否定する気になれないのもまた事実だった。
「……否定はしません。実際にリュウトさん、本当に凄いことを成し遂げて帰ってこられましたから」
気がつけば、胸の内にあった気持ちを言葉にして呟いていた。
あの人は強くて才能に溢れているだけの人じゃない。
誰よりも仲間想いで律儀な人で、仲間の悲しみや怒りをまるで自分のことのように受け止め、寄り添ってくれるくらいに優しくて誠実な人。
私自身、あの人に何度も窮地を救われ、その背中に憧れてここまで走ってきたのだから。
「だから……こうも思うんですよね。帰ってきたあの人に少しは成長した自分の姿を見せたくて仕方がなくなっちゃってるんだって」
「ハハッ!最高ね!それでこそアンリよ!」
「え?からかわないでください!どういう意味ですか?」
「言葉の通~り! いい心がけだって褒めてんのよ!」
シーナさんは豪快に笑った。
けれど、笑うシーナさんの瞳の奥にも同じように熱い光が灯っているのを見逃さなかった。
(かく言うあたしも同じような気持ちだけどね……)
私たちはその後も日を跨ぎそうな時間になるまで、リュウトさんの話やこれからの部隊のことで大いに盛り上がった。
あの人と共に肩を並べて仕事ができる日を心の中で今か今かと待ちわびながら……。
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