第201話 【Sideメリス】愛おしくて
二話連続ですが、メリス視点のお話です!
シャーロットもですけど、メリスもリュウトの事が大好きなのです!
「こうして見ると、ただ広いっていうだけじゃなくて、本当に息を呑むほど立派な庭だな……」
「はい。わたくしたちフォルティーネ家が代々、大切に手入れを重ねてきた自慢の庭園です」
わたくしは現在、王都エメラフィールにある実家に足を運んでおります。
お父様の計らいにより、わたくしは現在、リュウトさんと二人きりで邸宅の裏手に広がる庭園に足を運んでおりました。
隣を歩くリュウトさんはまるで、庭園の広さと咲き誇る草花の華やかさに心からの感嘆を宿したような表情を浮かべております。
「まるで小さな植物園みたいだ。こういう景色を前にすると、メリスってやっぱり本物の高貴なお嬢様なんだなって再認識させられるよ」
「もう、リュウトさんったら!」
リュウトさんの何気なくも、少し距離を感じてしまうような一言にわたくしは頬を膨らませ、困ったような苦笑いを浮かべてみせます。
ですが、彼がそう零すのも無理はありません。
美しい景観だけではなく、引き込まれた湧き水が人工の小川となってせせらぎを奏で、小さなアーチ橋を数カ所交えた、大きな公園のような壮麗な景観なのです。
木々の間からは小動物たちの可愛らしい鳴き声が聞こえ、風が吹くたびに、張り詰めた心を優しくほどくような安らぐそよぎが肌を撫でていきます。
実際、わたくしも幼少期からこの美しい木漏れ日の下でお茶や読書に興じるのを嗜みとしておりました。
「……」
ふと、隣を行くリュウトさんの足が止まりました。
その視その横顔にはどこか遠くを見つめるような、深い憂いを帯びた表情が張り付いています。
「リュウトさん、どうされました?」
「ん? ああ……いや、ごめん。なんでもないさ」
リュウトさんは我に返ったように少し目を見開き、いつもの穏やかながら、どこか寂しげな笑みを浮かべました。
「ただ……なんだか、信じられないくらいホッとしたような気持ちになっただけだよ。今までがあまりにも今までだったからさ……。こんな風に静かな風の音を聞いてるだけで、なんだか心が穏やかになりそうってかな」
「あっ……」
その言葉の意図を察した瞬間、わたくしの胸の奥にもすとんと腑に落ちるような切ない感覚が広がりました。
今でこそ、こうして温かな陽だまりの中で穏やかに過ごしているわたくしたちですが、ほんの直前までは魔王軍との凄惨な戦いに身を投じていたのです。
最終的に勝利を収めたとはいえ、その道のりは過酷以外の何物でもありませんでした。
その戦いの中心となったのはシャーロットさんであることは確かですが、もう一人の絶対的な功労者……いえ、過酷な旅路の途中でわたくしたちの心が折れそうになってはそれ以上の表現で足りないほどに心の救いとなってくれたのは他でもない、このリュウトさんなのです。
「目の前に広がるこの平穏な景色を何の憂いもなく、穏やかな気持ちで眺められる世界にできた。そう思えば、あの血を流し続けた戦いの日々にも確かに大きな意味があったのだと思えますね」
「そうだな。それは本当に言えてるな」
美しい緑や暖かな温もりに囲まれながら、わたくしたちはそれぞれに小さな呟きを漏らしました。
目の前にある誰が見ても平和で優しい光景ですが、かつて世界を滅ぼさんとした本物の脅威を知っているわたくしたちとそれを知らないままこの庭園を眺める無辜の民とでは胸に去来する感慨の深さが決定的に違います。
ただ流れてくる噂や吉報を耳にするだけの人と引き裂かれる肉体の痛みや戦場を真の意味で知っている者とでは同じ平穏を捉える思想も、そこから生まれる平和への価値観も大いに変わるのですから。
だからこそ、リュウトさんがこの静寂をどれほど愛おしく思っているかがわたくしにはしかと分かりました。
「だけど、せっかく勝ち取った平和だ。これからこの綺麗な世界を守っていくためには戦後処理も含めて、まだまだ課題が山積みかもしれないな」
「そうですね。ですが……わたくしは、どんなに苦難があろうとも、決して投げ出しはいたしませんよ」
「メリスは本当に慈悲深いな。ただそこにいるだけで周りを救うような……流石はの聖女だ」
「ふふっ、そんな大層なものではありませんわ」
リュウトさんの真っ直ぐな称賛にわたくしはほんの少しだけ顔を赤らめながら、本心を覆い隠すような、悪戯っぽい微笑みを浮かべました。
勇者パーティの一員として、魔王亡き後の世界の後処理や平和維持に全力を注ぐという決意に偽りは一切ありません。
ですが、わたくしが頑張ると心の中で誓った理由は決してそれだけではないのです。
わたくしにとってもう一つ、世界の何よりも大きくて重い意味がありました。
「……」
「メリス?」
「あっ、いえ、何でもありません!さあ、少し風が冷たくなってきましたし、そろそろお部屋へ戻りましょうか」
「お、おう、そうだな」
わたくしは自分の胸の内を悟られぬように慌てて取り繕うような笑顔を浮かべると、リュウトさんを促して、ゆっくりと自身の邸宅の中へと戻る歩みを進めました。
隣を歩くリュウトさんはもちろん、周囲に控える使用人たちに決してバレないよう、細心の注意を払って毅然とした表情を貼り付けたつもりです。
ですが、それでも抑えきれない気持ちが胸の奥で何度も何度も悲鳴を上げてしまうのです。
勇者パーティとしての使命や聖女として持っていたであろう何もかもを仮に失ってしまったとしても、わたくしはただ、もっとリュウトさんと二人きりで他愛のないお話がしていたい。
本当の意味で平和になったこの世界でもっとリュウトさんの温もりに触れていたい。
そして……。
わたくしは他の誰よりも近くでもっと……。リュウトさんにとっての特別な人になりたいだなんて……そんな愛おしい我が儘を心の中の祈りと共に胸の奥深くへとそっと閉じ込めるのでした。
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