第199話 シャーロットの温もり
83話以来、リュウトとシャーロットが一緒に寝ます!
「「……」」
カーテンの隙間から差し込むかすかな月光が静まり返った室内を淡く照らしている。
俺は今、勇者パーティの拠点としている邸宅の一室、それもリーダーであるシャーロットの自室に招かれていた。
それで俺たちは今、一枚の柔らかなシーツに包まれ、同じベッドの中で横並びになっていた。
「今日だけでいいから……。私と一緒に寝て欲しい……」
数分前、どこかか細い声で告げてきたその言葉が今も残っている。
普段は甲冑に身を包み、鋭い剣技と毅然とした態度で仲間を引っ張る勇者だけど、今の彼女はその肩書きを脱ぎ捨てたかのように、どことなく無防備な雰囲気を纏っていた。
身に着けているのは普段の旅路では易々と見せないような薄手で滑らかな生地の部屋着だ。
月の光に透ける鎖骨のラインやしなやかな肢体の輪郭が嫌でも視界に入ってしまい、俺の心臓はさっきからうるさいほどに跳ねている。
しかし、当の本人はといえば、俺の方に顔を向けることができず、背中を向けたまま縮こまっていた。
耳ぶちまで赤くなっているのが暗がりの中でもよく分かる。
「そのね……せっかくリュウトが勇者パーティの邸宅に来てくれたわけだし。魔王討伐も終わって、こうしてゆっくりもできるようになったから……。だから、その……少し話がしたくて」
「……ああ、そうだな」
俺は努めて冷静な声を返した。
確かに魔王リザエラを討ち滅ぼし、俺たちは果たすべき使命を終えて王都に戻ってきた。
少なからずだけど、今日のような何に追われることもない穏やかな時間が手に入ったのは紛れもない事実だ。
特にこの一ヶ月の間は激化する戦いや命の削り合い、血生臭い修羅場の連続で心身ともに摩耗され続けてきた。
張り詰めていた緊張の糸が解け、人恋しくなる気持ちはよく分かるけど、それにしてもこの状況は一体どういう風に解釈すればいいのだろう。
ぐるぐると回り続ける思考を落ち着かせるように、俺はぽつりと口を開いた。
「何だか……思い出すな。俺がフォーペウロのに初めて来た時のことを」
「うん……そうだね。私もちょうど同じことを考えていたよ」
シャーロットの声がどこか愛おしそうに震えた。
思い返せば、俺が勇者パーティの一員になってから今に至るまで、一度だけこうして二人きりで夜を明かしたことがあった。
あの時は勇者として最後まで戦い抜くという悲痛なまでの決意を打ち明けられたのだ。
新参者の俺にできたことがあるとすれば、ただ彼女の言葉を受け止め、死ぬ気でその力になり続けると、不器用な約束を交わすことくらいだった。
「でも、あの時と今の決定的な違いがあるとすれば……やっぱり、リザエラを倒したかどうかが一番大きいと思う」
「そうだな。本当に勝てるかどうかも分からなかったから」
俺が仲間になってからの旅路は決して平坦なものではなかった。
魔王軍の強力な幹部たちとの息詰まる死闘、過酷な環境での移動。
精神が摩耗しそうな日々だったけど、変わったのは悪いことばかりじゃない。
魔族であり、リザエラの義理の娘でありながら、人間と手を取り合う未来を夢見る少女ファミーナとの出会い。
彼女との対話は、古くから人類に植え付けられていた「魔族とは絶対に分かり合えない存在」という概念を根底から覆すことになった。
険しく、過酷な道のりだったけど、だからこそ、使命を果たし終えた後に戻ってきた今の達成感と充実感は何物にも代えがたい本物だった。
「今こうして振り返ってみても、何だか夢みたいで信じられないな」
「夢じゃないよ。私たちは本当にやり遂げたんだもの」
「いや、そうなんだけどさ。ただのしがない一介の冒険者に過ぎなかった俺がいつの間にか勇者パーティの一員として世界を救ってるなんて。昔の俺が見たら、それこそ驚天動地でひっくり返ってるだろうなって思ってな」
「驚天動地って、ふふ……っ。リュウトはたまに大袈裟な言葉を使うよね」
相変わらず背を向けたままのシャーロットだったけど、小さく肩を揺らしてクスクスと笑う気配が伝わってきた。
どうやら、少しだけ身体の硬さが取れたようだ。
心地よい静寂が、再び二人の間に流れる。
するとシャーロットがおもむろに身を翻し、俺の方へと向き直った。
「ねぇ、リュウト」
「ん……?」
視線が交差した瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
薄暗い空間の中でシーツの白さに引き立てられた彼女の肌はほんのりと熱を帯びたように赤らんでいる。
その瞳は潤みを帯びては艶やかに濡れ、熱っぽかった。
そこにいるのはどんな強敵をも打ち倒さんばかりの毅然とした勇者ではない。
ただ一人の異性に心を奪われ、胸の内に秘めた情熱を抑えきれずにいる、一人の女性のような顔だった。
「私たち……と言うより……。私はあなたと出会えて本当に良かった」
「シャーロット……?」
彼女は潤んだ瞳で俺をじっと見つめながら、どこか色気のあるしなやかな所作でそっと俺の頬に細い指先を這わせてきた。
手のひらから伝わる体温が熱くとも、心地の良ささえ覚える。
「リュウトがいてくれたから……どんなに厳しい戦いも、絶望的な苦境も、私たちは乗り越えることができた。誰一人欠けることなく生き延びて、リザエラに勝てた。もし、私の隣にあなたがいなかったら……そんな未来、今では絶対に考えられない」
「……」
「……本当にありがとう。私を支えてくれて……」
シャーロットの強く、そして切ないほどの温もりが俺の頬を通じて身体中へと伝播していく。
死線を共に潜り抜け、互いの命を預け合ってきた中で培われた信頼はいつしか戦友という枠組みを超えるかのように、別の確固たる感情へと昇華していたのだろう。
少なくとも、今この至近距離で見つめ合う彼女の瞳を見れば、それが何であるかは嫌でも理解できた。
だったら、俺が返す言葉は最初から決まっている。
「……俺の方こそ感謝してるんだ。シャーロット」
俺も思わず、心の底に押し込めていた熱い本音を言葉にして紡ぎ出した。
「俺を選んで、信じて、ここまで引っ張ってくれたのはお前だ。だから俺は——」
言いかけるその時だった。
「うぉっ!?」
シャーロットが耐えかねたように、不意打ち気味に俺の胸へと飛び込んできた。
一瞬で腕の中にすっぽりと収まる、柔らかで甘美な熱さを帯びたような身体。
密着した衣服越しに彼女の引き締まった体温と甘い吐息、そしてトクトクと激しく跳ねる心音がまざまざと俺の身体に伝わってくる。
俺の思考は一瞬で真っ白に染まった。
「……リュウト……お願い、このままで……」
俺の胸に顔を埋めたまま、彼女は消え入りそうな声で呟き、俺の服の裾をぎゅっと掴んできた。
今の俺にできることがあるとすれば、胸の中の愛おしさを噛み締め
ながら、そっと彼女の細い背中に腕を回し、優しく抱き返すことだけだった。
勇者である彼女に言えることがあるとすれば、これだと思う。
あの過酷な旅路で共に戦ってくれたのが勇者パーティの……その要であるシャーロット・セルベリアスという存在で本当に良かったと心からそう思えてならない……と。
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