第193話 ありがとうって伝えたい
甘い空間になっています。
「おっ、おぉお……」
フォーペウロの女王陛下であるエリザナ様のご厚意で俺は今、城内の客間の一室で一夜を過ごそうとしていた矢先、思わずうめき声が口から漏れ出た。
「「……」」
そこへ入ってきたのは、シャーロットとメリスだった。
完全にプライベートな時間ということもあって、俺はもちろん、彼女たちもすっかり鎧や法衣を脱ぎ捨てたくつろぐような格好をしている。
シャーロットは防具の類を全て外した黒のノースリーブにハーフパンツという驚くほど身軽で緩い姿であり、引き締まったしなやかな腕や露わになった白い太ももが妙に健康的だからこそやけに眩しい。
一方でメリスはほんのりと桃色が混じった白いシルク素材のワンピースを身に纏っており、柔らかな生地が彼女の女性らしい優美な曲線を優しくなぞり、しっとりとした色香を漂わせている。
過酷な戦いや旅路の中で忘れていたけれど、こうして安全な空間で改めて彼女たちを眺めていると、いささか目の保養になりすぎて仕方がない。
「……ど、どうした? 夜更けに二人揃って、俺の部屋に押し掛けてくるなんて」
あえて平静を装って声をかけてみるものの、返ってきたのは再びの重苦しい沈黙だった。
「それはね……」
「その、ですね……」
沈黙の空気が流れる。
俺もいつまでもこの状況が続くのを見かねて口を開く。
「まあ、立ち話もあれだろ。座って落ち着けって」
「あっ、うん……」
「ええ、それでは、お言葉に甘えて……」
俺が客室に備え付けられた一人がけの椅子を引き寄せて座り、二人は並んでベッドの端に腰掛けた。
少しだけベッドのマットレスが沈み込み、彼女たちの纏う甘い香りがふわりと室内に広がる。
最初に小さく息を吸って口を開いたのはメリスだった。
「……あの、リュウトさん。お身体の具合はいかがなのでしょうか?さっきまでは気丈に振る舞っていらっしゃいましたけれど、本当に……本当に、もう大丈夫なのですか?」
「心配してくれてありがとな。身体自体は、もうすっかり平気だよ。こうしてピンピンしてられるのも、メリスたちが付きっきりで看病してくれたお陰だからな」
「そうですか……。ああ、よかった……」
俺がそう言うと、メリスは胸の前に手を当て、張り詰めていた糸が切れたように心の底からホッとしたような表情を浮かべた。
リザエラを討ち果たしたところまでは良かったけど、受けた肉体的なダメージもさることながら、自分が持っているスキルを限界を超えて乱発したことによる精神力の摩耗が自覚していた以上に深かった。
戦いが終わった安堵も手伝ってか、俺は仲間たちの目の前で糸の切れた人形のように意識を失って倒れてしまった。
それから一週間、満足に動くこともできなかった俺をシャーロットとメリスは寝る間も惜しんで率先して看病し、支え続けてくれたのだ。
「昏睡してる間も、目が覚めてからも二人は特に俺の面倒を見てくれたもんな。……改めて、本当にありがとう」
「な、そんな。大したことじゃないわよ。仲間なんだから」
「そうですよ。わたくしは聖女として、当然のことをしたまでです」
俺が真っ直ぐに視線を合わせて礼を言うと、二人は示し合わせたかのように頬をぽっと赤らめて視線を逸らした。
ツンとすました表情のシャーロットだが、赤くなった耳たぶが隠しきれておらず。メリスも照れくさそうに指先を絡ませている。
一呼吸置いて、今度はシャーロットがその澄んだ瞳をこちらに向けた。
「あのね、リュウト。その……私も改めて、どうしても今、言葉にして伝えたくて。本当にありがとう。……最後まで私たちを信じて、一緒に戦ってくれて、本当に嬉しかった」
「何言ってるんだよ。俺たちは命を懸けた旅を共にしてきた仲間なんだ。助け合うなんて当たり前だろ?」
俺の即答に対し、二人は一瞬だけきょとんとした顔を見せる。
「「ふふっ」」
同時に吹き出すようにクスッと笑い、楽しげに微笑み合った。
「ん? なんだよ、おかしなこと言ったか?」
「ううん、おかしくないわ。本当にリュウトって、いつでもそういう風に、当たり前みたいに言ってのけるんだから……。でもね、あなたと出会えて、このパーティの仲間になれて、私は心から良かったって思っているよ」
「え……?」
「シャーロットさんの言う通りですよ、リュウトさん」
メリスがいつもの慈愛に満ちつつ、どこか熱を帯びた暖かい眼差しを俺に注ぐ。
「リュウトさんがいなかったら、リザエラに勝つどころか、その前にわたくしたちが全滅していたかもしれません。わたくしたちの誰かが命を落としてしまってもおかしくない過酷な局面が、あの戦いの中にも、そこに至るまでの旅の途中にも数え切れないほどありました。全ての旅路が過酷でしたけれど、あなたという存在があったからこそ、私たちは絶望せずに乗り越えることができたんですから」
「そうよ。完璧なサポートやフォローだけじゃない。いざとなったら、斥候の枠を超えて自分で剣を握って前線に出て、私と背中を合わせるくらいなんだもの。リュウトのその強さだけじゃない。誰かのために命を張れる精神性を私たちは心から尊敬しているの。……きっと、ここにいないロリエやジャードだって、全く同じ気持ちを抱いているわ」
メリスの暖かい言葉が傷ついた心身を優しく包み込むように染み渡っていき、シャーロットの澄んだ瞳がまっすぐに俺の心の奥を見透かすように向けられる。
二人のあまりにも真っ直ぐで贅沢な賛辞を聞いて、今度は俺の方が気恥ずかしくなってしまいながら頭を掻いた。
「……俺だって、同じだよ。俺みたいなレンジャーが最後まで折れずにやってこられたのはな……。一緒に旅をして、どんな苦難も笑い飛ばして乗り越えてきたのは……シャーロットたちがいたからだよ。だから……」
これはお世辞でも何でもない、俺の本音だった。
思えば、初めて俺が勇者パーティの一員として選ばれ、期待と不安に押し潰されそうになりながらこの歩みを始めたあの日から、俺たちは常に共にしてきた。
武骨に見えて、本当に優しくて頼もしいジャード。
皮肉屋だけど、なんだかんだ仲間想いで思慮深いロリエ。
聖女らしく、いつでも皆を包み込むメリス。
そして、勇者らしく強く気高いシャーロット。
この五人だったからこそ、果たせた使命。
そしてそこには今や固い絆で結ばれたファミーナや彼女を支えるジュウロン、カリュミノたちの願いも詰まっている。
「本当に……ありがとうな……」
心の底から溢れ出た感謝の言葉がぽろりと口から漏れ出した。
それを聞いたシャーロットとメリスは呆れながら、これ以上ないほどに愛おしそうな笑みを浮かべた。
「何よ、今さら。らしくないじゃない」
「うふふっ、本当にリュウトさんらしいですね。お礼を言うのはわたくしたちなのに……」
俺はベッドに腰掛ける二人とこれまでの過酷な戦いがまるで遠い幻であったかのような、一つの思い出であったかのように優しく穏やかな時間を分かち合うのだった。
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