第191話 戦いの終わりに見たもの
勇者パーティと魔王軍の決着が着いた後日譚のようなお話です。
「そこっ!もう少し右だ!どこまで修復が進んでいる?」
「大方、骨組みの魔力固定は終わっています!あとは外壁の補強を進めるだけです!」
「よしっ! もう二人くらい、そっちの手伝いに向かわせてくれ!」
「はい、ただちに!」
リザエラとの戦いが終わって一週間が過ぎようとした。
魔族領の中でも一際大きくそびえ立つ魔王城には多くの魔族たちが集まっていた。
皆が泥に塗れ、汗を流しながら、めちゃくちゃに破壊された城内やその近辺の修復作業に一心不乱に当たっている。
そんな様子を少し遠めに暖かく見守っているのは……。
「想像していた以上に早いですね……。かつての本来の形を取り戻しつつあります」
「はい。ファミーナ様のためにと、皆様が自発的に手を貸してくださったお陰にございます」
「ファミーナ様をお支えすることこそ、我らの誉れにございますから」
穏やかに微笑むのはファミーナ彼女に尽くす側近のジュウロンとカリュミノだった。
この三人が中心となり、魔王城や魔族領の復興に取り組んでいる。
何より驚くべきは、現場で作業に勤しむ魔族たちの表情だった。
ほんの数日前まで、互いに命の取り合いをしていたことなど嘘だったかのように、誰もが真摯に作業に打ち込んでいる。
「これほど早く皆の心がまとまったのは捕虜として不当に囚われていた者たちを真っ先に解放した効果が大きかったのかもしれませんな」
ジュウロンがしみじみと髭を撫でながら、戦後の動向を振り返る。
後になって分かったことだが、リザエラの恐怖政治下において、魔王城の地下深くには相当な数の魔族たちが捕虜として幽閉されていた。
そのいずれもがヤツの暴挙に大なり小なり反意を抱き、人間との全面戦争に異を唱えた者たちばかりだった。
その者たちは地下の冷たい牢獄へと投獄され、与えられるのは日に一度の質素な乾パンや生ぬるい泥水など、まさに明日の命を繋げるかどうかの瀬戸際に陥るほどの非道な扱いを受けていたのだ。
しかし、リザエラが滅んだその日にファミーナの手によって彼らは解放され、城内に備蓄されていた食料を十分に与えられ、手厚い治療を受けたことで彼らは急速に息を吹き返し、今では復興の先頭に立ってくれている。
「ええ。やはり、魔王軍の残党と呼ばれていた者たちの大半も本心ではリザエラの存在が……あの絶対的な恐怖が怖かったのでしょうね」
ファミーナがどこか悲しげな口調で言葉を紡ぐ。
彼女の言う通り、リザエラ政権下の魔王軍において、心の底から忠誠を誓っていたのは幹部を含めた相応のポジションを与えられた精鋭たちくらいであり、末端の雑兵たちの多くは狂気に呑まれるという恐怖政治の前にただ従わざるを得なかったのだ。
不謹慎な言い方かもしれないけど、今回の勇者パーティとの決戦において、リザエラを信奉していた派閥の殆どが命を落とした。
それは同時に後に残された多くの一般の魔族たちが長年彼らを縛り付けていた洗脳染みたプレッシャーや恐怖から真の意味で解放されたことをも意味していた。
「それに、まだ若い末端の兵士たちの中に私のお父様であり、先代魔王ギラドルスの遺した平和への思想を今も密かに理解し、受け継いでくれていた者がそれなりにいてくれたことも幸いでした。彼らの支えがなければ、戦後の一週間でここまで状況を統制することは到底できなかったでしょう」
「本当に、その通りでございます」
「全くです。ギラドルス様の遺志は完全には死んでいなかった」
ジュウロンとカリュミノが誇らしげに深く共感の意を示したその時だった。
「おーい!ここに積み上げておけばいいか?」
「はい! 助かります、そこの端にお願いします!」
「すまない、こっちの重量物の魔法固定も誰か手伝ってくれないか?」
「お安い御用よ、ちょっと待ってて!」
ファミーナたちが視線を向けると、そこには魔族たちに混ざって埃まみれになりながら満面の笑みで巨大な岩を運ぶジャードと魔術で建物の歪みを精密に補正しているロリエの姿があった。
リザエラ討伐に最大の貢献を果たした勇者パーティの面々もまた、大戦の後に短い療養期間を経るや否や、誰に言われるでもなく自主的に城の復興助力を買って出てくれたのだ。
人間と魔族の垣根を越えたその光景は現場の魔族たちの心をどれほど動かし、勇気づけているか計り知れない。
ファミーナの胸にじんわりとした温かい感謝の念が湧き上がる。
彼女はそっと二人のもとへと歩み寄り、声を掛けた。
「ジャードさん、ロリエさん」
「お、ファミーナか」
「どうかしたの?」
「いえ。皆さんの素晴らしい働きのお陰で作業は順調そのものです。ですから……そろそろ一息入れつつ、彼のお見舞いに向かいませんか?」
「あぁ、なるほどな!」
「そうね!」
現場の指揮を信頼できるベテランの魔族に預け、ファミーナの提案に応じた面々はその場を後にして城の奥深くへと歩を進めた。
数分ほど歩き、辿り着いたのは特別に手配された清潔な医務室の最奥のベッドの前で皆の足が止まる。
「ファミーナ。……みんなも、来てくれたのか」
「お加減はいかがですか?リュウトさん」
ベッドの上で上半身を起こし、苦笑いを浮かべながら俺たちを迎えたのはこの俺だった。
「おかげさまでな。一週間前の一歩も動けなかった頃に比べたら、身体も相当楽になったよ」
「そうですか……。それは何よりです」
リザエラとの死闘を制したものの、万々歳で終わったわけではなかった。
戦いが終結した直後、全身の負傷はもちろん、自分が自覚していた以上に限界を超えた集中力の研ぎ澄ましやスキルの発動で精神力を摩耗していたようであり、勝利の勝鬨を聞いた直後、俺の意識は深い闇の底へ墜ちるように途絶え、そのまま数日間眠り続けていたのだ。
それから俺が目を覚ますまでの間、何が起きていたかというと……。
「リュウトも見ての通り、ここまで順調に回復しているわ。適切な休養を重ねれば、あと数日で万全に戻るわ」
「ちょっと、シャーロットさん。あなたのお陰みたいに言わないでください。わたくしが絶えず回復魔法を掛け続けておいたからこそ、これほど早く動けるようになったのですからね」
「わ、分かっているわよ。メリスにも感謝しているわ……」
同じく仲間であり、勇者パーティのリーダーであるシャーロットとメリスがどういうか俺のベッドの両脇をがっちりと固めたまま火花を散らすように堂々と言い切るのだった。
俺が昏睡している間、この二人が睡眠時間を削って率先して看病をしてくれていたことは意識を取り戻した後にジャードたちから聞かされた。
それ自体はありがたかったのは本当なのだが……。
「「……」」
シャーロットとメリスの間に漂うそこはかとなく重い空気に俺は妙な心地を味わっていた。
意識を取り戻した直後も「お粥をあーんするのは私よ!」「いえ、病人の健康管理はわたくしの義務です!」と、少なからぬ口論を繰り広げていたのを俺覚えている。
張り詰めた空気を和らげるように、ファミーナが静かに一歩前へと出た。
その瞳はまっすぐに俺たち勇者パーティの面々を見つめている。
「リュウトさん。シャーロットさん。そして、勇者パーティの皆様。……本当に、本当にありがとうございました。私が絶望の淵で出会い、信じて、共に戦ってくれたのがあなた方であったことを私は心から誇りに思います。皆様に報いるためにも、私はこの身を捧げ、身を粉にして働き、魔族と人間が手を取り合う真の融和をこの世界に実現させることを誓います!」
華奢な身体から放たれた金石の如き固い決意を聞くと同時に彼女は敬意を込めて、深く深く頭を下げた。
その真摯な姿に部屋の空気が一瞬で温かいものへと変わる。
「俺は勇者パーティの一員であると同時に一国の騎士団に所属する身だから、国家の政治的な部分でできることはたかが知れてる。だけど、一人の戦友として、俺にできるベストはいくらでも尽くしてやるぜ!」
「あたしもやれる限りのことはするわ!ファミーナの頼みならね……」
ジャードとロリエが自信満々に応える。
続いて、俺もベッドの上で姿勢を正し、彼女を見つめた。
「人間と本当の意味で仲良くなりたいと願う魔族がいること。それはジュウロンやカリュミノ、そして何よりファミーナ、お前と一緒に過ごしてきた時間の中で揺るぎない確信になってるんだ。だから、どれだけ高い壁が立ち塞がっても、ファミーナは自分の信念を絶対に捨てないでくれ。俺たちがついている」
「わたくしも全力で務めていきます。ファミーナさんが人間と魔族の手に取ろうとする未来を築こうとする信念が決して偽りのない本物であることをしかと伝えてみせます!」
俺の言葉を引き継ぐようにメリスが優しく、力強く告げる。
そして最後にシャーロットが笑みを浮かべた。
「もしもまだ、あなたの理想に背いて人間に牙を剥こうとする不届きな魔族がいたら、今度は私がまとめて叩き潰してあげるわ!だから、自分の道を進んで!ファミーナ!」
「皆様……っ。本当に……本当にありがとうございます……っ」
こらえきれず、ファミーナの大きな瞳から一筋の涙が溢れ落ちた。
彼女はあわててそれを拭うと、今度は溢れんばかりの敬意と礼儀、義理と信念を乗せてもう一度深く頭を下げ、隣に立つジュウロンとカリュミノもまた、静かながらに誇らしげにそれに続いた。
この先にどれほどの苦難や政治的な荒波が待っているかは分からない。
人間の中にも、魔族の中にも、まだ互いを許せない者は多くいるだろう。
だけど、俺は……俺たちはファミーナたちの願いに報いようと改めて思うのだった。
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