第190話 戦いは終幕へ
魔王リザエラ戦は本当の意味で完全決着へ……。
「はぁ……はぁ……くぅっ!」
「リュウト、しっかりして」
「わりぃ、シャーロット。大丈夫だ……」
激しい死闘の末、魔王軍の頂点に君臨していたリザエラを討ち果たした俺たち。
張り詰めていた緊張の糸が切れた途端、身体中の傷口が焼け付くような激痛を主張し始める。俺は共に戦い抜いたシャーロットともう一人の戦友であるファミーナはボロボロの身体に鞭を打ち始めながら魔王城の玉座の間を後にした。
「だけど……歩みを止めるわけにはいかないな。まだ、最後の大事な仕事がある」
「ええ。私たちが勝って、全ての勝敗が決したことを一刻も早く気付いてもらわなきゃ……」
俺とシャーロットは前を歩くファミーナの背中を一瞥する。
リザエラとの戦いで彼女の全身を包み込んでいた、あの黒々しくも神々しかったカオティックドレスは既に霧散し、彼女は元の可憐な少女の姿に戻っていた。
衣服は裂け、煤に汚れ、その顔には隠しきれないほどの濃い疲労の色が刻まれている。
「……私は大丈夫です、リュウトさん、シャーロットさん。あの役目は……この私が担わなければ何の意味もありませんから……」
ファミーナは振り返ることなく、凛とした声でそう告げた。
彼女は気丈な姿勢を崩さぬまま、固く閉ざされた大扉を押し開けた。
視界が開けた先に地獄の如き光景が広がっていた。
「「「「「うぉおおおおおっ!!」」」」」
「進め!進めぇっ!一人残らず肉片に変えてやれ!」
「勇者パーティの者共を滅ぼすのだぁあああっ!」
「魔王軍は不滅だ!リザエラ様万歳ぁああああっ!」
鼓膜を破らんばかりに響き渡るのはリザエラに妄信する魔王軍の雑兵たちの狂気じみた咆哮だった。
死臭と硝煙が立ち込める広大な空間の中で孤軍奮闘している懐かしい影が見えた。
「おぉおおおおおっ!」
「テンペスト!」
「セイントストーム!」
「ハァアアアッ!」
凄まじい勢いで吹きさすぶ竜巻と神聖な魔力の嵐が吹き荒れ、魔王軍の雑兵たちを次々と薙ぎ払っていく。
そこにいたのは俺たちの頼れる同胞ジャードとロリエ、メリスの姿だった。
その傍らではファミーナの忠実な側近であるカリュミノも、猛獣の如き俊敏さで魔族の同胞を相手に苛烈な立ち回りを演じている。
数においては圧倒的不利であり 包囲され、いつ圧し潰されてもおかしくない絶望的な状況だった。
それにもかかわらず、彼らは獅子奮迅の健闘を続けていた。
俺たちがリザエラとの一騎打ちに全てを注ぎ込めるよう、水を差そうとする伏兵たちを長いようで短いような、いや、永遠とも思えるほど苛烈な時間に渡って食い止め続けてくれていたのだ。
「ぜぇえ……」
「まだいるの?」
(魔力回復ポーションも底を尽きかけてるのにっ!)
「「はぁ……はぁ……」」
いくら人間離れした実力を持つ勇者パーティの精鋭とはいえ、連戦に次ぐ連戦。
現に床には物言わぬ骸や虫の息となった魔王軍の雑兵たちが所狭しと転がっているが、息を抜くことなど一秒たりとも許されない極限状態の中で彼らの体力と精神力はとっくに限界を迎えていた。。
それでも彼らが武器を握り、戦い続けられた理由はただ一つ。
先に奥へと進んだ俺たちが必ず魔王リザエラを倒して戻ってくると、心から信じ抜いていたからに他ならない。
「ファミーナ!」
シャーロットの静かながら、よく通る声にファミーナが力強く頷き、瓦礫の山を越えて数歩前に歩み出た。
戦場に異質でいつつ、清らかな気配が立ち上る。
その存在感に仲間たちと魔王軍の雑兵たちが次々に気付いて動きを止めた。
「むっ……?」
「な、何だ……?奥から誰か来るぞ」
「何を呆けている! 目の前の人間どもを殺すために――」
「いや、待て……あれを見ろ!」
「はぁあ!?戦いの最中に何を……って、え?嘘だろ……」
我を忘れて殺戮に耽っていた魔王軍の雑兵たちが突き動かされるように該当する視線の先へ目をやる。
「あ、あれは……?」
それは傷だらけになりながら踏み止まっていた仲間たちも同様だった。
「ファミーナ様……!」
「やったんだな!アイツら、本当にやりやがった!」
「はぁ……、はぁ……少し早くやってよね……。でも……」
「信じていましたよ。シャーロットさんたちならば、必ず成し遂げてくれるって……」
(リュウトさんも、無事でよかった)
カリュミノは主君の無事を確認して安堵の表情を浮かべ、ジャードは誇らし気な表情を浮かべ、ロリエが少しの苦笑いを浮かべながらホッとしたような表情を浮かべ、メリスが涙ぐみながら微笑む。
キン、コンと金属音が響く。
誰からともなく武器を降ろし、それと同時に、あれほど狂気に満ちていた魔王軍の軍勢も水を打ったように一斉に戦いを止めた。
メリスたちが満身創痍の身体を引きずりながら、俺たちの下に歩み寄る。
いまやこの場にいる全員が等しく同じ一点、中央に立つファミーナを見つめていた。
全ての視線が集まったこの瞬間、ここからは彼女だけの役目だ。
「ッ!?」
ファミーナはリザエラの遺品である黒くも神秘的な光を放つサークレットを天高く掲げた。
そして、これまでの弱々しさを完全に拭い去った、力強くも澄み渡るような声で叫んだ。
「よく聞きなさい、魔王軍の戦士たちよ!私の名はファミーナ!先代魔王であり、高潔なる我が父、ギラドルスの娘である!」
「せ、先代の娘だと……!?」
「まさか、生きていたのか?あの血筋は根絶やしにされたはずでは……」
「そんな馬鹿な……。リザエラ様が敗れたというのかっ!?」
ざわめき立つ魔王軍の雑兵たち。
その動揺の渦に対し、ファミーナはさらに声を張り上げ、動かしようのない現実を突きつけた。
「魔王リザエラは人間の勇者パーティと手を組んだ私たちの手によって、完全に討ち果たされた!リザエラに与する幹部たちも全員がこの城の中で果てた!この戦いは我々の勝利だ!!」
「「……!!」」
それを聞いた雑兵たちの表情が一瞬にして凍りついた。
顔を蒼白にする者、ガタガタと動揺を隠しきれずに震え出す者、信じがたい状況に現実逃避を試みる者。
戦場を支配していた狂気は一転して覆る。
「負けた……あのリザエラ様が……?俺たちは負けたのか?」
「そ、そんなの嘘だろ……。いや、でも、言われてみたら……バリオルグ様やメーディル様の凄まじい魔力や気配も全く感じねぇ」
「じゃあ、本当に……俺たちは……」
不都合な真実を目の当たりにし、敗北の事実を脳髄に叩き込まれた雑兵たちの戦意が急速に抜け落ち、腑抜けたように立ち尽くす。
彼らにとって絶対的トップであるリザエラや最強格の幹部たちの存在こそが戦うための支えだったのだ。
それが霧散したと知った時点で戦う大義も、生き残る希望も消えたことを意味しているのだった。
その、静寂の最中だった。
「「「「「オォオオオオオオオッッ!!!」」」」」
「な、何だ、この地響きは……っ!?」
「おい、窓の外を見ろ!城門の側が……!」
まだ動ける魔王軍の雑兵数名が慌てた様子で壊れた窓から身を乗り出して外の様子を伺った。
そこには多くの魔族たちの姿があった。
その数は少なくとも百、二百ではきかない。
そして、その雑踏の中心に立っていたのはファミーナの熱き忠臣であり、一時的に彼女の志に賛同する魔族たちを統率していたジュウロンの姿だった。
「ファミーナ様――っ!!」
「よくぞ、よくぞご無事で……っ!」
「リザエラは滅んだのだ!!」
「我らの悲願は成った!ファミーナ様、万歳!!」
窓の外から湧き上がった声の数々。
それはリザエラの恐怖政治が終わりを迎えたという、積年の悲願が叶った喜びの叫びであった。
見ていた城内の雑兵たちは信じられない光景を見るような目でガタガタと後ずさりする。
ファミーナは一歩前に出ると、改めて宣言した。
「私は先代魔王であり、亡き父であるギラドルスの意志を継ぎ、今ここに宣言する!この時をもって、私が新たな魔王となる!長く苦しい闇夜は明けた。この戦いを乗り越え、私と共に人間と魔族が手を取り合う未来へ歩もう!」
「「「「「オォオオオオオオオッッ!!!」」」」」
ファミーナの凛としつつも堂々たる言葉を聞いた彼女の支持者たちを中心に天地を揺るがさんばかりの勝鬨が巻き起こる。
そんな時、城内に残されていたリザエラに従う雑兵たちの間で一つの変化が起きた。
「「「「「……」」」」」
魔王軍の雑兵の一人がどこか憂いを帯びた顔を浮かべながら、手に握りしめていた剣を打ち捨てた。
ガシャンっと渇いた金属音が響き、それを見た周囲の魔族たちも追従するかのように、一人、また一人と武器を手放していく。
リザエラが亡き者となった現実を受け入れ、ファミーナが正しかったことを静かに証明していた。
血塗られた魔王城に争いのない穏やかな光が差し込もうとしていた。
その時。
「……うっ!?」
「え?」
……な……何だ……?
突如として、俺は強烈な目まいに襲われた。
よく覚えていないけど、突如として額を抑え、視界がグラッとしたような感覚を抱いていたのはハッキリしている。
数秒の思考も追い付かないまま……。
「……うぅ……」
「「ッ!?」」
「リュウト!?」
「リュウトさん!?」
俺はファミーナのことをよそに、ロリエやジャード、メリスやシャーロットに駆け寄られていたことを微かに覚えながら、闇に堕ちたように意識を失いながら倒れるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
評価はページの下にある【☆☆☆☆☆】をタップして頂ければ幸いです。
『面白かった』『続きが読みたい』と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、コメントやレビューを頂ければ幸いです。
面白いエピソードを投稿できるように頑張っていきます!




