第185話 【Sideシャーロット】やっぱり私は……
シャーロットの視点であり、リュウトの想いを描きます!
「はぁ……、はぁ……くぅ……!」
肺に流れ込んでくるのは焦げ付いた鉄錆の臭いと肌を粟立たせる黒い魔力の残滓。
私の前に映るのは魔王リザエラであり、私たち勇者パーティが絶対に倒さなければならない存在だ。
私の隣にいるのは心強い戦友であるリュウトとリザエラの義理の娘でありながら、人間との共存を求めてヤツと袂を分かった魔族の少女であるファミーナだけだ。
他の仲間たちは私たちの退路やこの決戦の場を死守するため、後方で文字通りの肉壁となって戦っている。
けれど、真の力を解放したリザエラの絶望感は私たちの想像を遥かに絶していた。
絶大という言葉で収まるか分からないほどにこの空間を支配する暴力的なプレッシャーを表現しきれない。
「……っ」
仮に今、ここにメリスやロリエ、ジャードたち全員が揃っていたとしても、私たちはこの怪物に勝てただろうか。
冷たい汗が背中を伝い、全身の細胞が恐怖に震え、剣を構える腕が鉛のように重い気持ちと同時に脳裏を駆け巡るモノが過ぎった。
勝てるのか……?
私はエレミーテ王国の希望を背負う勇者として、どれほどの絶望を前にしても決して屈してはならない。
それが私の使命であり、誇りのはずだった。
だけど、魂の芯までへし折られそうな暗黒の波動が容赦なく私の心を蝕もうとしていく。
絶望に呑み込まれそうになったその時、私の視界を遮るようにして、一人の男が前に進み出た。
「……誰一人、やらせねえよ!シャーロットもファミーナも……絶対に殺させねえ。俺は最後の最後まで、諦めねぇぞ!リザエラッ!」
それは凄まじい力を目の当たりにしても尚、立ち上がって聖弓セレスティアロを構えるリュウトの姿だった。
彼の泥臭くも気高い背中を見た瞬間、私の胸の奥で冷え切っていた何かが爆発するように熱くなった。
濁ろうとしていた視界が一瞬でクリアに塗り替えられていく。
「……リュウト……」
あの日、リュウトと初めて出会った頃のことを思い出す。
当時の彼はエレミーテ王国騎士団の遊軍調査部隊に所属する期待の若手だと聞いていた。
最初はただ、少し腕の立つ優秀なレンジャーという程度の認識でしかなかった。
けれど、かつて私たち勇者パーティを苦しめた魔王軍の幹部の一角であるギルダスとの激闘の死線を共に潜り抜けた時、私は彼の真の強さとその過程で誰に対しても誠実で飾らない人柄を肌で知った。
その後、彼は正式に勇者パーティの一員となり、私たちは魔王討伐の旅へと本格的に歩みを進めることになった。
忘れもしない、旅の途中で同じく魔王軍の幹部の一角であったテーゲムに奇襲を仕掛けられ、完全に裏をかかれたあの戦い。
狡猾な罠に嵌まり、絶対絶命のピンチに陥った私のもとへ誰よりも早く、風のように駆けつけてくれたのは他でもない、リュウトだった。
力を合わせ、互いの呼吸を重ねてテーゲムを討ち果たしたあの瞬間から、私の中で彼の存在は決定的なモノへと変わっていった。
最初は一人の優秀な人間として好ましく思っているのだと自分に言い訳をしていた。
人として良いと……戦友として良いと……なんて気持ちだった。
けれど、純粋な戦闘能力を含めた実力だけでなく、決して折れない不屈の信念や好かずにいられない人柄の良さを近くで垣間見る度に胸の奥の鼓動は激しさを増していった。
彼は私が勇者という重圧に押し潰されそうになる時、いつだって素の私という存在を尊重してくれた。
その優しさがどれほど救いだったか。
「ぐぅうううううっ……!」
そうだ。もう、自分の心に嘘をつき続けるのも辛くなるほどにどうしようもない感情が高鳴る。
同じ勇者パーティの一人としての仲間意識でも、戦友としての情愛でもない。
それだけでは絶対に収まり切らないくらい……私は一人の女として……。
リュウトのことが大好きなんだ。
例え、この戦いの果てにどんな結果が待ち受けていたとしても、どうしようもないくらいに……。
その想いが胸を満たした瞬間、身体の底から今まで体感したこともないほどの聖なる魔力が沸き上がってきた。
エクスカリバーの刃が深淵を連想させるような夜を切り裂くような金色の輝きを取り戻す。
私は震える膝を力強く突っぱねて立ち上がった。
剣を両手で強く握り直し、彼の隣に立ってこれ以上ないほど凛とした声を張り上げる。
「リュウトッ!」
「ッ!? シャーロット……!」
驚いたように振り返るリュウトの瞳に私は不敵ながら、最高に輝かしい笑顔を返してみせた。
「まだまだ、私は戦えるわよ! 私の剣はこの程度じゃ絶対に折れたりしないんだから!」
「オォオオオッ!」
リュウトが私の覚悟に応えるように、力強い笑みを浮かべて頷いた。
その横ではファミーナもまた、禍々しくも神々しいオーラを爆発させながら毅然と前を見据えている。
「ふん、破れかぶれの虫ケラどもがよく吠えるわ……!」
リザエラが不快げに顔を歪め、さらなる闇の波動を練り上げ始める。
本当の地獄はここから始まるかもしれない。
けれど、今の私の胸には魔王の恐怖なんて微塵も存在していなかった。
答えはビックリするほどに簡単だ。
「行くわよ!必ず私たちが勝つんだ!」
「「オォオオオオッッ!!」」
重なる三つの咆哮が大広間の空気を震わせる。
私には命を預け合える最高の仲間たちがいる。
そして何より――。
リュウト……。あなたが私の隣にいてくれるなら、私はリザエラにだって、運命にだって勝ってみせる。だから、何も怖くなんてないから……。
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