第171話 【Sideファミーナ】一つの終わり
久しぶりにファミーナ視点のお話です!
「あっ、がぁあ……」
「っ……」
その声は漏れ出た微かな呼吸のようなものだった。
シャーロットさんの放った渾身の一閃から放たれたその白銀の一閃はメーディルの身体を斜めに深く、容赦なく断ち割っていた。
その身体は糸の切れた人形のように、ゆっくりと冷たい床へと崩れ落ちる。
「ぐっ……ふっ……」
(ダメだ……身体どころか……これは……)
倒れ伏したメーディルの肩から胸元にかけ、聖剣エクスカリバーが刻んだ深い裂傷。
そこから溢れ出すのはおぞましいほどにどす黒い、魔族特有の血液だった。
傷口からは今なお聖なる光の残滓が火花のように弾け、魔族から見ればそれがどれほどの激痛かを想像するだに恐ろしい。
「はぁ……はぁ……」
シャーロットさんが荒い息を吐く。
最後の一撃放った代償か、その肩は激しく上下し、額には玉のような汗が浮かんでおり、彼女の瞳には色濃い疲労が滲んでいる。
「シャーロットさん……」
私のすぐ後ろでメリスさんが消え入りそうな声を漏らした。
この戦いにおいて相当無茶をしたからなのか、彼女の肌からは血の気が失せ、まるで透き通ってしまいそうなほどに青白くなっており、最前線で私たちを支え続けた彼女の魔力も限界寸前だろう。
「まだよ……まだ、終わってないわ」
シャーロットさんは震える手で剣を握り直し、ゆっくりと歩みを進めた。
疲労感が色濃く残っているような顔をしているけど、それでも武器を納めなかった。
私たちは数歩先に倒れているメーディルの下に歩み寄っていく。
「……ぐぅ、かは……っ」
(ダメだ。立つこともできないダメージだ。それだけじゃない……)
メーディルの視線が虚空を彷徨い、やがて私たちを捉えた。
死を目前にしてもなお、その瞳には光が消えていない。
ヤツはこの戦いの中で自らの魔法を極限まで乱発していた。
魔王軍の幹部の中でもトップクラスの実力者ですら、勇者・聖女・そして私という変則的なパーティを同時に相手取ることは命や魂を削らざるを得ないだけのリスク強いるほどに険しかった。
「メーディル……」
私がその名を呼ぶと、彼女は薄くも嘲笑うような笑みを唇に浮かべた。
「ファミーナ……。まさか、あなたがここまで……。……心のどこかで侮っていたのかもしれないわね……」
掠れながらも、気品を捨てきれない声。
私はその視線を真っ向から受け止め、静かに言葉を返した。
「メーディル。強かったわ。少なくとも……私一人では絶対にここまで辿り着けなかった。私を信じ、共に背中を預け合ってくれたシャーロットさんとメリスさんがいたから……。この結果はそれによって手繰り寄せたモノなのよ」
「……」
メーディルは血に濡れた顔を動かし、シャーロットさんとメリスさんを交互に見つめた。
その視線には純粋な疑問が混じっている。
「……勇者シャーロット。聖女メリス。……一つ聞かせて。魔族を……あなたたちなら当然憎むべき宿命を背負うはずの貴女たちが……。本気でこのファミーナの言葉を……その甘い思想を信じているというの……?」
その問いにシャーロットさんが迷いなく答えた。
「……最初は信じてなんていなかった。警戒して、いつ裏切られるかと疑い続けていたわ。気を許すのも躊躇ったわ」
シャーロットさんは自嘲気味に目を細めつつ、すぐに強い光を宿して私を見た。
「でも、ファミーナや彼女に尽くす者たち……そして、傷つきながらも人間と手を取り合おうとする魔族たちの姿をこの目で見てきた。その熱意や痛み……それらは決して、偽りなんかじゃない。だから、私は彼女に賭けると決めたのよ」
「わたくしも同じです」
メリスさんが震える手でを胸に抱き、凛とした声を重ねる。
「ファミーナさんの中に……そして彼女と同じ理想を抱く者たちの中に気高い慈愛の光を見ました。その光がある限り、どんなリスクを負ってでも力になる。それがわたくしの誇りです!」
「シャーロットさん。メリスさん……」
二人の揺るぎない言葉が私の胸を熱く焦がす。
すると、メーディルの瞳からこれまで私たちに向けていた鋭い殺意や負の感情がふっと霧散していくのが分かった。
「……そう。なるほどね……。そういうことか……」
彼女は自身を嘲り笑うような……どこか憑き物が落ちたような儚い微笑を見せた。
(なるほど……それが……私の敗因に結びついたということなのね……。個の力ではなく、繋がれた意志。……皮肉なものだわ)
「終わらせるわよ。……メーディル」
シャーロットさんが宣告と共にエクスカリバーの切っ先をその身体の中心部に穿った。
「ガハッ……!!」
最後の一撃を受けて溢れ出た鮮血と共に、メーディルの身体が指先や爪先から静かに黒い粒子へと変わり始めた。
刹那に近い時間が経つと その大半が虚空へと溶けようとした瞬間にメーディルは遺言を絞り出すように呟いた。
「ファミーナ。そして勇者パーティよ。……その力はしかと見届けた。この戦いは……私の負けだ」
粒子が彼女の喉元まで迫る。
「だが……リザエラ様を止めない限り……人間との融和など未来永劫、叶わぬ夢だと覚悟するがいい。……あの方の闇は深い。誰の……領域にも及ばぬ絶対の……絶望が……」
そこまで言い切ると言葉が途切れる。
メーディルはゆっくりと穏やかに目を閉じた。
その身体は黒い粒子を散らしながら、一筋の灰のようになって虚空へと霧散した。
「メーディル……」
かつての強敵が消えたその場所を私たちはじっと見届けた。
シャーロットさんやメリスさんもただ祈るような沈黙を守っていた。
しかし、感傷に浸る時間は与えられなかった。
「……っ!?」
「な、何!?これって……」
突然、広間の空間が大きく歪み始めた。
私たちの周囲を覆っていた、メーディルの魔力によって構築されたどす黒い亜空間がボロボロと剥がれ落ち、ひび割れていく。
まるで鏡が割れるような不快な音が響き、視界が激しく明滅する。
それから数秒すると、亜空間が完全に霧散し、一つの光景が目に飛び込んできた瞬間。
「えっ……?」
「なっ、これは……!?」
私たちの瞳に映ったのは……。
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