168話 バリオルグの脅威
「ハァアアアッ!」
「グゥウウウッ!」
鼓膜を震わせる咆哮と金属が激しく軋む不快な音が重苦しい大気に溶けていく。
俺はジャードやロリエと共に魔王軍の幹部の一人であるバリオルグとの戦闘に身を投じている。
しかし、戦況はお世辞にも芳しいとは言えなかった。
「フゥウンッ!」
「ギィイッ!」
(馬力もそうだが、技術も半端じゃない!)
バリオルグが振るう漆黒のグレイブがジャードの盾を真っ向から叩き潰さんばかりに振り下ろされる。
ジャードの表情に余裕の様相は微塵もない。
辛うじて一撃を受け止めてはいるものの、その威力や手数が織りなす衝撃が全身を突き抜け、石畳を掴む足が数センチずつ後退を余儀なくされている。
だけど、それをみすみす見逃すロリエではなかった。
「アースロンド!」
彼女の杖から放たれた魔力が地面へと伝わり、幾重もの土のうねりが巨大な大蛇のようにのた打ちながらバリオルグへと殺到する。
だが、それも洗練された身体捌きで躱される。
「ちっ!」
「……シュッ!」
咄嗟にジャードが前に割って入り、盾の裏に身を隠すように俺たちを庇う。
その隙間から俺は”爆撃の矢”を二本同時に番え、瞬きよりも速く放った。
火薬と魔力が混ざり合った矢が空中を切り裂き、バリオルグの顔面へと迫るも、奴は着弾する前に力強さを込めた一閃の前に弾き落とされた。
「うぉおおおおおっ!」
ジャードがかざした盾に強烈な衝撃が真っ向から突き刺さる。
凄まじい火花が散り、ジャードの体躯がじりじりとその足が石床を削りながら後退していく。
「ガァアアッ!」
「「ジャード!?」」
ジャード耐え切れないままに彼の身体が宙を舞い、壁へと激しく叩きつけられる。
絶体絶命の好機と見たのか、バリオルグの瞳に昏い光が宿った。
すかさずロリエが悲鳴に近い詠唱でそれを妨害する。
「サンダーボルト!」
バリオルグの頭上に展開された黄色の魔法陣から激烈な紫電が垂直に降り注ぐ。
だが、バリオルグは一歩も退かなかった。
「黒流旋牙!」
「そんな……!?」
奴がグレイブを大風車のような勢いで旋回させると、竜巻のような漆黒の魔力がうねりを上げて舞い上がった。
猛烈な魔力の奔流は、稲妻を容易く霧散させ、その圧倒的な力にロリエは驚愕の表情を見せた。
バリオルグの矛先がロリエへと向けられる。
「ロリエ!退け!」
「ッ!?」
「フンッ!レンジャーか?」
俺は最短距離を駆け抜け、握る剣でバリオルグの突きを強引に逸らした。
金属同士が擦れる不快な火花が散り、俺の腕に痺れるような反動が走る。
ジャードとロリエが態勢を立て直すまでの間、死線を見極めるレンジャーとして、ヘイトを一身に引き受ける危険な役回りを覚悟する。
「カァアアアッ!」
「シィイイイッ!」
<感覚操作>を発動させた俺は視覚と聴覚を底上げさせる。
脳内が冴え渡り、バリオルグの動きを捉えていこうとする。
バリオルグはグレイブの刃による鋭い突き、薙ぎ払い、長柄武器の特性を活かした石突による打撃を予備動作ほとんどなしに織り交ぜてくる。
俺は流れるような身体捌きで皮一枚の距離でいなしていった。
「ぬぅうううっ!」
(この男……レンジャーでありながら、これほどの回避能力を持つというのか……!)
バリオルグの表情に僅かながら感嘆の影が差す。
一歩踏み間違えれば即座に両断される極限の緊張感。
だが、この難敵を攻略するには弱音や怖気を見せんばかりに一瞬の隙を狙う。
「リュウト……ッ!」
(俺も行かねば……!)
(一瞬の隙も見逃さない……あたしの魔法をあいつ叩き込んでやるんだから……!)
陰で体勢を立て直したジャードとロリエの視線を感じる。
彼らもまた、反撃の機を虎視眈々と狙っている。
「ハァアアアッ!」
「フンッ!」
バリオルグの剛烈な袈裟斬りを紙一重のバックステップで躱す。
空気を切り裂く風圧が俺の頬を叩いたその直後。
「ここだっ!」
「うぉっ……!?」
突如として、バリオルグのグレイブの振り抜いた石突が棒術の突きのような鋭さで俺の顔面へと迫った。
澱みを感じさせない、達人の領域に達したような切り返し。
「ぐぅうっ!」
反射的に首を捻り、直撃こそ免れたものの、左頬を裂きながら鮮血が飛ぶ。
だが、バリオルグの追撃はそれだけでは終わらない。
「ふんっ!」
「ギィイイイッ!」
石突の突きに意識を割かれ、回避後の硬直が生じた一瞬、バリオルグの無慈悲な蹴りが俺の顔面へと放たれた。
俺は咄嗟に右手に握る剣と空いた左手を掲げてガードするも、その一発をもろに喰らってしまった。
「ガハァアッ!」
「「リュウトッ!!」」
ガード越しに骨が軋む音が脳内に響き、強烈な衝撃が突き抜ける。
俺の身体は背中の皮が石床を滑る摩擦熱を感じながら、なす術もなく押し流される。
「ふん……」
「ぐぅう……」
焼けるような熱さを放つ腕を感じながら、俺は身体の状況を瞬時にチェックした。
本能的に半歩引いて衝撃を逃がしていたのが幸いしたか、腕は折れていないが、神経が麻痺したようにビリビリと震えている。
……キツイ。率直に言って、思わず弱音を零しそうになる。
少なくとも、今までやり合った魔王軍の幹部たちよりも格段に強い。
「ふぅうう……」
「ほぅ……。まだ闘志を失っていないようだな。……貴様も、あちらの戦士や魔術師もな……」
不遜ながら、どこか満足げに周囲を見据えるバリオルグ。
その双眸に映っているのは満身創痍でありながら、依然として勝利への可能性を捨てず、鋭い眼光でこちらを睨みつける俺たちの姿だった。
「いいだろう。このバリオルグがその矜持に免じて、全力で貴様らを叩き潰してやろう!」
更なる圧が膨れ上がり、周囲が激しく鳴動を始める。
地獄のような時間は終わる気配を見せないけど、改めて決心する。
絶対に負けられない……と。
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