第167話 【Sideシャーロット】混迷する戦線
シャーロット視点のお話です!
「ふぅ……ッ」
肺の奥に溜まった熱を吐き出す。
視界の端で、陽炎のように空気がゆらゆらと揺れていた。
魔王城の大広間にて、私たちは魔王軍最高幹部の一角であるメーディルと一戦を交わしている途中だ。
メリスとファミーナもいるにかかわらず、戦況は膠着どころか、じりじりと死の予感が肌を突き刺してくる。
「ふふふ、あははははっ!随分と楽しませてくれるじゃない。勇者たち!」
メーディルが禍々しい魔力を放つ杖を優雅に一回転させた。
その瞬間、彼女を中心に五つの漆黒の魔法陣が同心円状に展開されると同時に大気が悲鳴を上げ、絶対的な闇のエネルギーが収束していく。
「ディストラクションフレア!」
放たれたのは漆黒の業火。
火柱の先端は凶悪なドラゴンの頭部を模しており、眼窩に宿る紅蓮の瞳が私たちを射抜き、広間を舐めるように突き進むその炎は触れるものすべてを無に帰す破壊の化身だった。
「ファミーナ、私の後ろへ!」
「ホーリーシールド!!」
「焼け焦げなさい!」
私が聖剣エクスカリバーを正中にかざすと同時にメリスが絶叫に近い声で光の障壁を展開した。
直後、黒い炎が光の壁に激突する。
余波だけで熱気がひしひしと伝わって来る。
障壁に着弾した瞬間、凄まじい爆発が辺りを包み込んだ。
「流石は勇者パーティ。あの一撃を受けて、まだ立っているなんてね……」
黒煙がゆっくりと晴れていく。
私たちはどうにか踏み止まっていたけど……。
「……でも、無傷というわけにはいかなかったようね?」
「くっ……ぁ……」
メーディルの言葉通り、状況は芳しくなかった。
特に、私たちの盾となって攻撃を真正面から受け止めたメリスの消耗は目に見えて深刻だった。
彼女は一重目の障壁が破られると直感した瞬間、残った魔力を振り絞って二重の防壁を編み上げ、私たちを護り抜いたのだ。
メリスの顔からは血の気が引き、その膝は微かに震えている。
「勇者様はまだ余裕そうだけど、その聖女の方はどうかしら?もう、魔力の底が見えているんじゃない?」
「メリス!無理をしないで!」
「大丈夫……です……!まだ、皆様の背中をお守りできます……っ!」
気丈に振る舞ってはいるが、彼女の魔力残量は限界に近い。
絶え間ないバフや回復、要所における援護、そして今の防御。
聖女という役割が魔力どころか、彼女の生命力を削り取っている。
「健気なこと。でも、その自己犠牲がいつまで持つかしらねぇ」
メーディルの瞳に蔑みと愉悦が混ざり合う。
その慢心の隙を私は見逃さなかった。
「ハァアアアッ!」
「シャーロットさん!?」
地面が砕けんばかりの脚力で踏み込み、私は単身、メーディルの懐へと肉薄した。
最短距離辿りながらその首筋を狙うが、メーディルは不敵な笑みを崩さぬまま、手に持った杖でそれを真っ向から受け止めた。
「あら、今度は勇者様自らが特攻?思い切りがいいこと!」
「お前に仲間を弄ばれるのはこれ以上我慢ならないのよ!」
嵐のような剣戟を叩き込む。
右、左、そして斜め下からの切り上げ。
しかし、メーディルはそれらを最小限の動きで杖の柄を使いながら捌いていく。
魔術師とは思えないほどの近接対応能力や反射神経といい、戦闘経験といい、これまでの幹部たちとは次元が違いすぎる。
「隙ありね。ブラックラウンズ!」
「っ!?」
至近距離、メーディルの袖口から放たれたのは小さな黒い魔法陣であり、そこから数多の黒い球体がばら撒かれた。
私は即座に全力のバックステップで距離を取った。
「ぐぅうううっ!」
直後、私がいた地点で数個の球体が連鎖爆発を起こした。
爆風に煽られ、視界が乱れる。
その瞬間、私はメーディルと距離を空けさせられた。
奴の狙いは私との間合を離すことだけではない。
「ダークヴォルト!」
「なっ……!?」
メーディルは私を無視し、空いた左手をメリスとファミーナの方へと向けた。
黒く濁った魔力の矢が放たれる。
狙いは回復の要であり、戦力として不安定なファミーナ。
彼女たちの守りが薄くなった瞬間をこの女は狙っていた。
「やらせないわよッ!!」
私は空中で無理やり姿勢を制御し、着地と同時に横っ飛びに割り込んだ。
エクスカリバーを旋回させ、メリスたちを狙った黒い矢を叩き落とす。
「へぇえ……。弱っている聖女を狙ってみたけれど、その反応速度。流石は勇者といったところかしら?」
「……別に、そんな褒められた話じゃないわよ!」
皮肉を投げかけるメーディルに私は荒い息を整えながら言い返す。
だが、メーディルの笑みはさらに深く、残酷なものへと変わった。
「聖属性を操る厄介な駒。それを庇って貴女まで消耗してくれるなら、願ってもないわ。戦場の定石でしょう?一番弱いところから崩すのは!」
メーディルの杖が禍々しい紫の閃光を放つ。
その穂先が指し示すのはもはや、自力で防御魔法を展開する余裕すらないメリスだ。
「ディストスピット!」
魔法陣から放たれたのは、大量の黒い針の雨。
それは全方位からメリスを包み込み、回避を許さない。
間に合わない……!?
最悪の光景が脳裏をよぎった、その時。
「……私の仲間は傷つけさせないっ!!」
力強い声が響かせながら、メリスの前に飛び出したのはファミーナだった。
彼女は自分の杖を両手で握りしめ、天を仰ぐようにして掲げる。
「ブラックホールリフレクション!!」
「なっ……!?」
ファミーナを中心に赤黒い虚空の穴が出現した。
メーディルが放った針の雨がその穴に吸い込まれるようにして消えていくだけではなく、吸い込まれた魔力は瞬時に圧縮され、荒々しい重低音と共に大きな質量となって撃ち返されたのだ。
「ぐっ……おぉ!?」
予想外のカウンターをメーディルは咄嗟に羽織るマントを前にかざす形で遮りながら、数歩後ろへとのけぞる。
余裕のあった彼女の顔に初めて動揺の色が走った。
「ほほぉお……。面白いことをしてくれるわね」
不遜な表情を崩さないメーディルに対し、ファミーナは震える肩を抑えながら、凛とした瞳で彼女を見据えた。
「私は……。勇者パーティの皆様と継母を……。リザエラを止めるためにここまで来たの!」
その声にはもはや、迷いなど微塵もなかった。
「お前ごときに、二の足を踏んでいられないんだぁあああっ!」
大広間にファミーナの覚悟が木霊する。
その熱が疲れ切った私の心に再び火を灯した。
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