第166話 魔族の威厳を取り戻すために……
リザエラやそれを取り巻く者たちが中心のお話です!
時を遡ること、人間との友和を夢に見る魔族の異端児、先代魔王ギラドルス政権下の時代。
彼は魔族の中でも抜きん出た、圧倒的な個の力を有していながら、その強大すぎる力に反して、彼の魂は魔族とは思えぬほどに高潔であった。
「血を流して得る豊かさなど、砂上の楼閣に過ぎん。我らが真に手に入れるべきは、共鳴する未来だ」
頑なに無益な殺生を厭い、奪い合うことの虚しさを説き続けた。
魔族領を真に潤すのは他種族の血ではなく、荒野を切り拓く知恵と人類との交易による繁栄であると言う理想を掲げ、彼は人類と手を結ばんとする、かつて誰もが正気を疑った道を選んだのである。
当初は反発もあっが、ギラドルスの真摯な眼差しと決して言葉を裏切らない誠実な行動の積み重ねは魔族たちの心を一人、また一人と溶かしていった。
太古より呪縛のように語り継がれてきた魔族と人間は不倶戴天の敵同士であるという概念、それは彼の双肩によって塗り替えられようとしていた。
しかし、眩すぎる光が濃い影を生むように、その変革を忌々しく、拒絶する者たちがいたのも否定しようのない事実であった。
「魔族が人間に歩み寄るですって?反吐が出るわ。誇り高き血を薄めるような真似、絶対に許さない」
その急先鋒に立っていたのがリザエラその人だった。
当時の彼女はギラドルスの愛娘である幼きファミーナの乳母にして護衛という責務を担っていた。
表向きは献身的に幼子の世話を焼き、恭しく振る舞いながら、その胸中では王への反逆の炎を静かに、執拗に燃やし続けていた。
城内はギラドルスへの心酔する者で溢れていたため、リザエラは陰に潜むように機を待った。
魔族と人間が共存することを望まない同士の一人であるバリオルグやメーディルら、自身に賛同する者たちと共に牙を研ぎ澄ませながら。
そして、その機は突如として訪れた。
「ふっ、ふふ……」
ギラドルスの最愛の妻であり、慈愛に満ちた魔族領の王妃・フェルメアが病に倒れ、帰らぬ人となったのだ。
理想の半分を失ったギラドルスの絶望は筆舌に尽くしがたいものだった。
彼の強固な精神は深淵へと沈みかけ、心の壁には致命的な亀裂が走りかけた。
その隙間を狡猾な魔の手は見逃さなかった。
「魔王様……。フェルメア様の代わりになど、わたくしのような身ではなれませぬ。ですが、せめてそのお心の痛み、半分でもこのわたくしに分け与えてはいただけませぬか」
リザエラは彼に手を差し伸べた。
深い悲しみの中にいたギラドルスはその機の赴くように献身を装った彼女に安らぎを見出し、心を許していった。
やがて彼はリザエラを新たな妃として迎える決断を下す。
それが自らの夢を根底から叩き潰すための、完成された罠であるとも知らずに。
そして、その日は来た。
「……無様ね。ギラドルス」
「……っ、リザ、エラ?何を……なっ!?」
安息の空気が城を包んだ隙を突き、リザエラは密かに集結させていた同志たちと共にクーデターを決行した。
毒に冒されたギラドルスは信じていた者の冷酷な瞳を見上げ、絶句した。
「リ、ザ、エラ……お前が……首謀者だったのか……?」
「あら?酷い言い草ね。私はただ、魔族が真に進むべき未来を示そうとしているだけよ。あなたのような愚か者の見る青臭い夢なんて、魔族には何の価値もないの」
その冷徹な宣告と同時に魔王城の周辺は紅蓮の炎に包まれた。
リザエラに与する派閥の中心人物であるバリオルグとメーディルが率いる兵たちがギラドルスの思想に賛同していた魔族たちは容赦なく傷つけ、家や土地を無残に焼き払っていく
「新たな魔王の誕生だ!魔族の誇りを捨て、人間に媚びを売った愚か者共よ!死をもってその罪を贖え!」
「共存という名の堕落は今日、この場所で終わる!」
短いようで果てしなく長い惨劇の夜。
魔族の未来を誰よりも憂い改革を夢見たギラドルスはリザエラの魔の手に堕ちる形でその命を散らした。
夜が明けた時、玉座に鎮座したのは冷酷な美貌を湛えた新魔王・リザエラであった。
こうして魔族領は再び、血と暴力が支配する暗黒の時代へと引き戻されたのである。
◇———
勇者パーティが魔王城に乗り込む数日前の話に遡る。
「バリオルグ。メーディル」
「「ハッ!」」
魔王リザエラの静かながら、有無を言わさぬ発声に応じ、二人の最高幹部が床に膝を突いた。
「ザルヴァを含め、精鋭とされている部隊も勇者パーティに敗れてしまったようだな……。思わぬ損失だ」
「「……」」
リザエラの言葉に場に緊張が走る。
かつて世界を蹂躙し、永遠の繁栄を約束されたはずの魔王軍だが、今では勇者パーティの手によって、その盤石な支配は今にも突き崩されようとしていた。
重要な戦力を次々と失い、残された幹部にとってこれは背水の陣と表現してもおかしくなかった。
「それで、もうすぐこの近辺に勇者パーティとファミーナが近づきつつある情報を手にした。言わずもがな、……抜かりはあるまいな?」
「はいッ!これ以上の不覚、このバリオルグにとっては万死に値すると心得ております!」
バリオルグが顔を上げながら見解を述べ、燃え盛るような闘志をその瞳に宿し、言葉を発さずともメーディルも同様であった。
魔王軍最後の砦にして、最強の双璧を担う彼らにとってこの窮地は己が武勇を主君へ捧げる最大の機会でもあった。
「勇者パーティを滅ぼし、ファミーナを我が元へと差し出すのだ!」
「ハハッ!このバリオルグ。我が名に懸けて、勇者パーティの者共の首やファミーナの身体を魔王様に献上して差し上げましょう!」
「同じくこのメーディル!この誇りに懸け、魔王様のお望みを一分の狂いも無く、その願いを叶えて差し上げる所存にございます!」
リザエラの望み同然の命令をバリオルグとメーディルは毅然としつつ、一点の曇りもない目で呼応する。
するとリザエラは不敵に微笑む。
「ふふふふっ……。やはり、いつ見ても素晴らしい忠義心を見せてくれようぞ。バリオルグ。メーディル。その気骨に応え、両名にこれを授けよう」
リザエラが徐に白皙の掌をかざすと、虚空が歪み、ドロリとした漆黒の魔力が物質化していく。現れたのは、光を吸い込むほどに黒く、禍々しい波動を放つ「力」の結晶。
「我からの餞別だ。我が魂の欠片を分け与えよう。その武具、その能力全てを存分に振るい、絶望を教えてやるがいい」
漆黒の輝きが二人の影を飲み込み、玉座の間には戦いを終わらせるための凶悪な笑い声だけが響き渡った。
そして、バリオルグとメーディルは勇者パーティとの戦いに身を投じるのであった。
自らが決着を着けんばかりの気概と信念を見せながら……。
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