第159話 未来を掴み取るために
第四章はこの話をもって、終了とします!
雲に覆われた空の下、ファミーナと彼女の側近であるカリュミノを含めた俺たち勇者パーティ出発の時を迎えた俺たちは野営していた場所を発った。
それから数時間、俺たちは荒廃した大地や森林を歩いていった。
魔物との戦闘はそれなりにあったものの、幸いなことに、魔王軍の尖兵に遭遇することはなかった。
俺だけでなく、魔族領の地形を知り尽くしたカリュミノとの連携もあり、比較的安全なルートを射抜いていたお陰だろう。
だが、静寂が深まるほどにパーティ内の緊張感は高まっていく。
「……」
「ファミーナ。大丈夫か?少し呼吸が速い。疲れているなら無理はするな」
俺が足を緩めて声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げた。
「……いえ、大丈夫です。疲れてなどおりませんから」
気丈に返された言葉だが、その語気には隠しきれない焦燥と喉を締め付けるような硬さがあった。
「そうか。……ならいいんだが。少し気負いすぎているように見えたからな」
「……そう、見えてしまいますか。」
ファミーナは自嘲気味に口角を上げたが、その瞳に宿る熱は消えていない。
無理もない話だ。
この先に待つ魔王城には俺たちが倒すべき相手である魔王リザエラはファミーナの継母であり、彼女の父であるギラドルスを手にかけた張本人だ。
ギラドルスは魔族でありながら、人間との友和を切に望んでいた。
現在はファミーナがその思想を受け継ぎ、少数であるが、魔族の中にも人間と手を取り合いたいと願う者もいる。
勇者パーティとしてはもちろん、ファミーナにとってこの戦いは亡き父の仇討ちであると同時にその遺志を証明するため戦いでもあるのだ。
「ファミーナ。……危なくなったら、いつでも俺を頼ってくれ。格好つけようなんて思わなくていい」
「リュウトさん……」
俺がそう告げると、重なっていた仲間たちの声が彼女を包み込んだ。
「そうよ。私たちとあなたは死線を潜り抜けた仲間なんだから。一人で背負う必要なんてないわ」
シャーロットがリーダーとしての、一人の女性としての温かな眼差しを向ける。
「そうだぜ。いざとなったら、俺たちが守ってやる。安心しな」
ジャードが太い腕を叩いて笑う。
「ふふ、思う存分暴れなさいな。あたしたちも一緒だからさ」
ロリエが茶目っ気たっぷりにエールを送る。
「後方からの支援と回復はわたくしにお任せください。あなたの心もわたくしが支えます」
メリスが祈るように手を組み、慈愛に満ちた声を添えた。
「……皆様……」
ファミーナの瞳に、再び強い光が灯る。
血は繋がらなくとも、家族と剣を交えることの痛みを真の意味を理解できるのは世界で彼女一人しかいないだろう。
俺たちに安易な言葉でそれを推し量る権利はない。
けれど、俺たちはその重みを尊重し、彼女が膝を折らぬよう、横に並んで歩くことはできる。
「……はい!ありがとうございます。私は……幸せ者ですね。お父様が願った未来は、もうここにあるのかもしれません」
彼女が顔を上げた時、その表情から焦燥は消え、透き通るような覚悟が宿っていた。
俺たちは確かな絆を足場に再び歩き出す。
◇———
「……遂に来たのね……」
「ああ」
「……」
歩き続けた末、 歩みを止めた俺たちの視線の先には魔王城のすぐ近くまで辿り着いた。
近くに辿り着くことで、ようやくその真の禍々しさが露わになる。
天を衝く黒晶石の尖塔はまるで、巨大な杭のように大地に突き刺さっており、上空には紫黒色の雷雲が渦を巻き、どろりとした黄昏色の光が、す黒い雲の隙間から不気味に漏れ出している。
それは、数えるのも馬鹿になりそうなほどの怨嗟の声が混じった、凍てつくような寒気を帯びていた。
この中にリザエラや生き残りの幹部、魔物や魔王軍の兵隊たちがいるだけでなく、それ以外にも恐ろしいトラップも多く待ち構えているだろう。
「ファミーナ様、震えておいでですか?」
「いいえ、カリュミノ。これは恐怖ではありません。……ようやく、ここまで来れたのだという、魂の昂ぶりです。覚悟は既に出来ています」
「そうですか」
ファミーナの方も気力は充実しているようだ。
「……皆、準備はいい?」
聖剣エクスカリバーの柄に手をかけたシャーロットが仲間たちを見回す。
「おう!」
「いつでも行けるわ!あの城ごと焼き尽くしてやってもいいくらいね!」
「問題ありません。……皆様の命、わたくしが必ず繋ぎ止めてみせます」
それぞれの覚悟が言葉となり、確かな熱量となってこの場に満ちていく。
だが、そんな熱狂の渦の中で俺一人だけが視線を城の頂に向けたまま、静かに口を閉ざしていた。
「……リュウト?」
「リュウトさん?どうかされましたか?」
シャーロットとメリスが心配そうに顔を覗き込んでくる。
俺が押し黙っているところにシャーロットとメリスに呼ばれた。
「……あぁ、悪い。ちょっと、考え事をしていたんだ」
「考え事?作戦の再確認かしら」
「いや。……今さらだけどさ、今の自分がここにいることが、なんだか信じられないなって思って」
「……と。言いますと?」
俺が絞り出した本音に仲間たちは怪訝そうな表情を浮かべた。
本当に……今の自分がいる状況は信じられないと思っているけど、言わずにはいられなかった。
「元々はただの冒険者……それも、一介のレンジャーでしかなかった俺だ。それがひょんなことからエレミーテ王国騎士団の遊軍調査部隊に入って、気づけば勇者パーティの一員としてここに立っている。魔王を倒す旅に出て、世界の命運を背負って……こんな場所まで来るなんてさ。少し前の俺に話しても、きっと悪い夢でも見てるのかって笑われただろうな」
自嘲気味に笑う俺に仲間たちは一瞬の沈黙を返した。
「一介のレンジャーでしかなかったこの俺が……魔王を倒す旅に出て、ここまで来るなんて夢にも思わなくてさ……」
「「「「……」」」」
「……そうね。正直に言えば、私も最初は驚いたわよ」
シャーロットが、ふっと表情を和らげる。
「え?」
「わたくしもです」
「あたしも」
「俺もだ」
続くようにメリスとロリエ、ジャードが同意する。
「お前が加入する前にも後にも勇者パーティとして旅に出ている時、不安を覚えることが何度もあった。だけど、魔王軍の幹部を次々に倒すことができたのも、過酷な旅路も少しは楽しいって思えたのはお前のお陰なんだよ。今ではこう思ってるぜ。リュウトが仲間になってくれて良かったってな」
「あたしも同感ね。あんたがいなかったら、とっくに全滅してた場面、片手じゃ足りないわよ。リュウトみたいなレンジャーは初めてだし、幸運なんて言葉じゃ足りないくらい、あんたに会えたことはあたしの人生の宝物よ。……戦いが終わっても、まだまだあんたと一緒に何かしたいって思ってるくらいなんだから」
「わたくしも、同じです」
メリスが歩み寄り、俺の手をそっと包み込む。
その手は温かくも、わずかに震えていた。
「わたくしもジャードさんとロリエさんと同じです。神武具に選ばれたから信頼しているわけではありません。リュウトさんという一人の人間が、本当に優しく、誠実で、強いからこそ……わたくしたちはあなたを信頼し、ここまでこれたのです。あなたの隣はわたくしたちにとって何よりも心地よい場所なんです」
(それに。わたくし自身も……あなたのことが好きですから……)
ジャードとロリエがそう言い、メリスの瞳の奥に宿る秘めたる情熱に触れた気がして、俺の胸がズキンと跳ねた。
次にシャーロットが口を開く。
「私は……私たちはリュウト・ドルキオスという男と共に戦えることを誇りに思っている。ただのパーティの一員なんかではない。お前は命も魂も分かち合える最高の仲間だ。この事実は何があっても変わらないし、誰にも否定させない」
シャーロットたちの言葉が胸に……心に染みてくる。
決戦を前にしているのに、俺の心は温かい何かに満たされているような気分だった。
何より、この先に何が待ち受けていようとも、俺たちの歩みを止める術など、この世のどこにも存在しない。
「そうか……そうだよな……。……皆……ありがとうな」
感動したけど、俺は涙を必死に堪えた。
今がその時じゃないからってことを加味してもだ。
俺は皆に感謝の言葉を述べた。
少なくとも、俺一人だけでは絶対に叶わなかった。
ジャードがいて、ロリエがいて、メリスがいて、シャーロットがいてくれたから、戦ってこれて、生きてこれた。
もはや魔王リザエラを倒すだけではなく、人間との友和を望むファミーナの願いに応える戦いでもある。
あるのはただ一つ。この仲間たちと共に、夜明けを掴み取るという決意だけだ。
「よし!行くぞ!」
「「「「「オォオーーーー!」」」」」
シャーロットの号令を皮切りに、俺たちは魔王城へと歩を進めるのだった。
最高の仲間たちと共に未来をこの手で掴み取るために。
◇———
魔王城の玉座の間、魔王リザエラは艶然とした笑みを浮かべていた。
「ふふふ……。ようやく辿り着いたのね。待ちわびたわよ、ファミーナ」
彼女の視線の先には侵入者を映し出す禍々しい紫光の水晶であり、そこに映し出されているのは真っ直ぐに進軍する勇者一行と義娘・ファミーナの姿だ。
その声は低くも甘く、そして心臓を凍らせるような冷徹さを孕んでいた。
「バリオルグ、メーディル!」
「「ハッ!」」
影から躍り出た二人の幹部が石床に膝を突き、深々と頭を垂れる。
改めて見せる忠誠心と背水の陣に置かれながら、必ず成果を見せんばかりのように狂信的なまでの忠誠と死をも厭わぬ気概が宿っていた。
「者共よ!勇者パーティを滅ぼし、ファミーナを我の下に連れて参れ!戦の始まりだ!」
「「「「「オォオオオオオッ!!」」」」」
リザエラの号令に呼応するかのように、好戦的な数多の魔族たちが一斉に武器を打ち鳴らし、地を揺らすほどの咆哮を上げた。
殺意と熱狂が渦巻く魔王城。ついに、世界の命運を懸けた戦いの幕が上がろうとするのだった。
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