第158話 【Sideシャーロット】決戦前に見せる本心
久々のシャーロット目線のお話です!
「ふぅ……」
私たちは今、魔族領の最奥に近い、切り立った岩壁のわずかな隙間に身を潜めていた。
周囲にはカリュミノが展開した視覚遮断効果を備えたカーテンが陽炎のように揺らめいている。
外からはただの岩塊にしか見えないはずだが、それでも漂う緊張感が消えることはない。
背後のテントからは微かな寝息が聞こえてくる。
ファミーナはカリュミノの腕に抱かれるようにして深い眠りに落ちていた。
その安らかな顔を見ていると、ここが地獄の入り口であることを忘れてしまいそうになる。
少し離れた場所ではリュウトとメリス、ロリエとジャードがそれぞれ得物を手放さぬまま仮眠を取っていた。
私は聖剣エクスカリバーの柄に指をかけ、岩陰からどんよりとした空を見上げる。
「……あ」
不意に視界の端で何かを捉えた。
魔族領を覆い尽くす不気味な紫雲の分厚い雲の切れ間から、鋭い一筋の光が地上へと突き刺さったのだ。
それはこの呪われた土地にはあまりに不釣り合いな光だった。
魔族領で僅かに刺す明るい光であり、朝を迎える瞬間でもある。
「この地にも、あんな光が届くのだな……」
独り言が冷えた空気に吸い込まれていく時だった。
「……本当にお伽話のようですね。暗黒に閉ざされた世界だなんて、誰が言ったのでしょう」
背後から足音や衣擦れの音と共に柔らかな声が響いた。
「メリス……起きちゃったのか?」
「ええ。ふと、目が覚めてしまいまして」
自然な流れで隣に並んだメリスもまた、その一筋の光を眩しそうに見つめていた。
本格的に魔族領へ踏み込んでから二週間。
絶え間ない戦闘と瘴気に曝され続けてきた私たちにとって、その光は神の慈悲のようにも見えた。
「本丸を目前にして、こんな景色を拝めるとはね。……ファミーナは見たことがあるのかしら。私たちが見ていた世界の……あの本当の太陽を」
「おそらくはないでしょうね。彼女が守ってきた集落は人工的なモノでしたから」
私たちはカーテンの向こうで眠るファミーナへと視線を投げた。
魔族でありながら、種族の壁を壊そうと足掻く彼女は今は亡き父・ギラドルスの遺志を継ぎ、憎しみの連鎖を断ち切ろうとする彼女の信念を私たちはこの旅を通じて垣間見てきた。
「……この一戦が彼女にとっても、私たち勇者パーティにとっても……すべての命運を分かつことになる。そうでしょう?」
「はい。ですから、私たちは負けるわけにはいかないのです。誰一人、欠けることも許されません」
メリスの言葉には静かながら、逃れようのない決意が宿っていた。
私は視線を再び紫雲の切れ間に戻す。
数秒の沈黙が重くも、穏やかに二人の間に流れた。
「……ねえ、メリス。本当に、考えられなかったわね」
「はい?」
「正直に言うわ。私がここまで来られたのは……もちろん貴女やロリエ、ジャードの支えがあったから。けれど……何より、リュウトがいてくれたからだと思うの」
自分でも驚くほど自然に彼の名前が口から零れた。
「リュウトさんが……ですか?」
その名を口にした瞬間、張り詰めていた夜の空気がふっと甘くも、切ない熱を帯びたような気がした。
どうしてだろう。このアウェー同然の魔族領で私はどうしても彼の名前を出さずにはいられなかったのだ。
「ええ。勇者パーティを結成されてから、その時のメンバーや大いに協力をしてくれた人の顔と名前を忘れたことはないわ。いずれも頼もしかったのは間違いないけれど……」
私は遠くの地平線を見つめながら言葉を紡ぐ。
「本当の意味で私たちならやり遂げられる。そう確信させてくれたのはリュウト……彼が来てくれてからなの。不思議よね。彼がいてくれるから、絶望の淵でも足が震えないのよ」
私の告白に近い独白を聞いて、メリスはそっと視線を落とし、沈黙した。
拒絶と言うより、彼女の心の奥底にある何かを丁寧に慈しむような沈黙だった。
「……ふふっ。そうですね。シャーロットさんの仰る通りです」
やがてメリスが顔を上げた時、その表情には儚さと希望が混ざり合ったように見たこともないほど柔らかな微笑みが浮かんでいた。
「リュウトさんがいなければ、瓦解していた場面は一度や二度ではありませんでした。彼がいてくれたからこそ、わたくしたちは誰一人欠けることなく、この魔王城の目と鼻の先まで辿り着けた。彼は強いだけではありません……。本当に優しくて、誠実な人ですから」
(……ああ、わたくしは……あの大聖堂の戦いの時から、ずっと……)
メリスの瞳が潤んだ熱のような何かを帯びていく。
かつての仲間だったクラークの後任として現れたエレミーテ王国騎士団遊軍調査部隊のリュウト。
彼と出会ったことは私にとっても、そこのパーティにとっても、運命のターニングポイントだった。
私と同じ血筋を持ち、聖武具にも選ばれた男。
運命という言葉で片付けていいのかさえ、分からなかった。
何より、メリスの言っている通り、リュウトは類まれな実力はさることながら、人としても心から好ましく思っている。
「「……」」
何だろう。リュウトの話をすればするほど、心臓の鼓動が早くなっていく。
魔族領の冷たい風が当たっているはずなのに、頬が焼けるように熱く、横にいるメリスも普段の聖女の仮面が剥がれ落ち、恋をする乙女のような顔に染まっていた。
「シャーロットさん……顔、真っ赤ですよ?」
「……っ!メ、メリスだって、耳まで赤くなってるじゃない」
「「うぅ……」」
私たちはたまらず、互いに正反対の方角へと顔を逸らした。
気まずいけれど、心地よい沈黙が流れる。
けれど、私は決めた。この戦いの果てに後悔だけは残したくないと。
「ねえ……メリス。正直に聞いてもいい?」
「……何でしょうか?」
「貴女も今……リュウトのことを考えているの?」
メリスの肩がびくりと跳ねた。
その反応だけで答えは十分だった。
「……やっぱり。実は、私もなのよ。隠し通そうと思ったけれど、どうしても無理みたい」
私の言葉にメリスは観念したように息を吐き出した。
「……リュウトさんのことは初めて会う前からお姉様より伺っておりました。ですが、共に旅をし、死線を潜り抜け……何より、あのバアゼルホの大聖堂で窮地に立たたされそうだったわたくしを彼が救ってくれた時……。気が付けば、視線で彼を追うようになっていました」
語るほどにメリスの声は熱を帯びていく。
「わたくしは……リュウトさんのことが好きです。いえ、好きという言葉だけではこの胸の震えを説明しきれないほどに……愛おしく思っております」
「メリス……」
「シャーロットさんはどうなのですか?あなたもリュウトさんに何度も救われてきたはずですよ」
「わ、私は……そのぉ……」
私は言葉に詰まる。
勇者パーティのリーダーとして、いろんな意味で割り切っていたつもりだったけど、あいつの前でだけだったら、私はそのままの自分でいられた。
「……私もリュウトのことが好きよ。パーティの一員として信頼しているとか、そういう建前じゃない。一人の異性として……彼を独り占めしたくなるって思ってしまうくらいにはね」
そうして言い切ると、不思議な解放感があった。
メリスは私の答えを聞いて、意地悪く笑うことも拒絶することもなく、春の陽だまりのような優しい笑みを浮かべた。
「ふふふ……やっぱり。シャーロットさんもわたくしと同じ気持ちだったのですね。少しだけ、安心しました」
「そりゃあ、あんなに格好いいところを見せられて、ずっと一緒にいれば……当然でしょう?」
「そうですね。では、わたくしたちは、同じ男性に心を奪われた者同士……。さしずめ、たった今この瞬間から、わたくしとあなたはライバルになったってことですね?」
メリスの口から出たその単語。
けれど、相手がメリスだからなのか、不思議と嫌な気持ちは全く湧いてこなかった。
むしろ、その人物が彼女で良かったと心から思えた。
「ええ……。望むところよ」
「わたくしもです」
「「ふっ……うふふふふ!」」
私たちはどちらからともなく笑い声を漏らした。
魔王の膝元でこんな話をするなんて酔狂なって思うけど、それが今の私たちにとっては何よりの活力だった。
私は右手をメリスの方へ差し出した。
「メリス。提案があるわ」
「はい、何でしょう?」
「魔王を倒すまでの間、この気持ちは私たちだけの秘密にしましょう。……リュウトのことについて巡り始めるのは……その後よ」
私の言葉を聞いたメリスの瞳に強い意志の光が宿る。
「もちろんです。その約束を果たすためにも、わたくしもシャーロットさん。ロリエさんとジャードさんにファミーナさんやカリュミノさんも……そして、リュウトさんも。全員で生き残りましょう。絶対に」
「当然よ。私たちの未来をあんな魔王に邪魔はさせないわ!」
メリスが私の手を強く握り返した。
彼女の熱量がひしひしと伝わってくる。
お互いの気持ちを知り合い、目的を再確認し合ったことで一層に強く深い絆を作り上げられたって思う。
だからこそ、私は……いや、私たちは魔王リザエラを倒す。
愛する世界のため。人間と魔族の架け橋になろうとするファミーナのため。
そして、戦いの向こう側で待っているリュウトとの未来のために。
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