第155話 【Sideモーゼル】歯がゆい気持ち
久しぶりにリュウトの上司であるモーゼル視点のお話になります!
勇者パーティ一団が魔族領に踏み入れようとする頃のエレミーテ王国。
「ふぅう……」
「隊長、副隊長、お疲れさ———うぇえ?」
「おぉ、お疲れさん」
「お二人とも、どうされました?」
「まぁ、会議でいろいろとね」
俺とソフィアは定期的に開かれるエレミーテ王国騎士団の幹部が集まる会議を終えて隊舎に戻って来たものの、出勤している遊軍調査部隊の第六班の班長を務めるゾルダーや部下のトロンから驚嘆や心配の声を挙げられた。
自分が言うのもあれだけど、ソフィアはもちろん、俺も明らかに疲れを隠し切れないような顔をしていたのだろう。
「ゾルダー。それって今日の日報か?」
「は、はい。あと備品の申請書もありますが……」
「あぁ、もらうわ」
「どうぞ。隊長も副隊長も大丈夫でしょうか?」
「ええ、一応はね。あなたたちもお疲れ様」
「お、お疲れ様です」
ソフィアはゾルダーが持っている書類の数々を受け取りながら、俺の執務室へ一緒に入っていった。
「ほれ、糖分補給だ」
「……助かります」
俺はクーフェとクッキーをソフィアに手渡した。
「今回の会議は相当荒れたな……」
「はい。勇者パーティが魔王軍の幹部を始めとする精鋭と呼ばれる者たちを倒しているだけなら、どれだけ嬉しかっただけにです……」
俺は窓の外、遠く魔族領へと続く空を見つめた後、先ほどまで参加していた会議の話題を中心に俺はソフィアと話し込んだ。
◇———
翌日の朝礼、いつになく刺すような緊張感が走っていた。
「以上、今日もよろしく頼む」
「「「「「ハッ!」」」」」
号令と共に隊員たちが動き出す。
だが、背を向けた瞬間に漏れ出すひそひそ話や割り切れない想いが混じった視線までは隠し切れていなかった。
場に満ちているのは信じ難さの混じったざわつきだ。
「……やはり、一筋縄ではいきませんね。ほとんどが心穏やかではないですね」
「そうだな」
隣に立つソフィアが溜息混じりに手元の書類へ目を落としながら呟き、俺は苦い後味を噛みしめるように頷くしかなかった。
先ほど朝礼で伝えたのは機密保持の限界ギリギリの報告だった。
「覚悟はしていたつもりだったんだがな……」
それも当然だ。
目に掛けているリュウトのいるエレミーテ王国の勇者パーティが魔族でありながら、人間との友和を願うファミーナと親交を深めたことやそれに関連する話だった。
それだけではなく、あろうことか、行動を共にしているという事実。
長年、魔族は人類の敵であることを言い聞かせられ続けた者にとって、それは古くから伝えられた概念を根底から揺さぶられるような話だった。
「少なくとも、絶対に……騎士団内では混乱の種になるのは間違いないよな……」
俺がぼやくように、遊軍調査部隊だけでなく、騎士団内では各部隊に大なり小なりの波紋を及ぼした。
「何にしても、しばらくはこの混乱、収まりそうにないな」
俺の独り言にソフィアが皮肉げに口角を上げる。
「全力を尽くして隠匿しても、いずれ公になりますね。騎士団内だけならばまだしも、国民にまで届いてしまったら糾弾する声も上がる確率が極めて高いと思います」
「まったくだ。あいつらとんでもない火種を放り投げてくれやがって……」
昨日の会議に参加した幹部たちの青ざめた顔を思い出す。
大半は「あり得ない」と吐き捨てたが、俺やソフィア、そしてごく一部の幹部はその報告の裏にある可能性に目を向けていた。
もし、剣を交える以外の道があるのだとしたら、それは古来より続く人間と魔族の忌々しい因縁を終わらせる光になるかもしれない。
「受け入れ難いと感じる者が多数派なのは当然です。太古の歴史が証明してしまっているのですから……」
「ああ。時間が解決してくれる……なんて甘い話じゃないよな」
リュウトやシャーロットたちがその目で何を見て、何を選んだのかを直接確かめるまではどうにも言えないのが本音だった。
「……さて、仕事だ仕事だ。噂に足をすくわれている暇はない」
「はい。それで隊長、本日の隊の班長ミーティングですが……」
俺は自分に言い聞かせるように告げると、重い空気を断つように歩き出し、ソフィアと仕事に勤しむのだった。
◇———
それから数日が経過した。
「ふぅ……」
肺に溜まった空気を吐き出すように深く息をつく。
外へ出ると、夜気を含んだ冷ややかな風が頬を撫でた。
「リュウトたち次第になるかもしれんな……」
ここ最近、気づけばリュウトのことばかりを考えている。
あいつのことは俺も信頼している。
実力も芯の強さも、分かっているつもりだけど、聞き及ぶ戦況は俺の想像を遥かに超えていた。
勇者パーティがファミーナと接触したという報せ、魔王軍が誇る幹部や精鋭たちを次々と打ち破っているという戦果を知るほど、現場に居合わせずとも肌で感じるものがある。
「魔王軍との戦いも……いよいよ佳境ってところか……」
暗い空を見上げ、独り言ちる。
魔王の喉元にまで手をかけようとしている彼らに、未だ一人の死者も出ていないのは奇跡に近い。
だが、それは同時に逃げ場のない決戦の場へと一歩ずつ、確実に引き寄せられていることも意味していた。
もし、魔王リザエラとその義娘であるファミーナが正面からぶつかることになったら――。
その時、リュウトたちはどんな選択を迫られるのか。
想像しようとしても、最悪の結末を恐れる心が思考を拒絶する。
「歯がゆいな……」
結局のところ、遠く離れたこの場所で俺にできることなど、何一つないのだ。
ただ……勇者パーティが使命を果たしてくれることを最後まで信じ抜くこと以外には……。
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