第154話 いざ、魔族領へ
魔族領へ本当の意味で踏み込みます!
俺たちは魔族領に踏み入る当日を迎えた。
「行かれるのですね?ファミーナ様」
「はい。……もう、迷いはありません。ジュウロン」
俺たちは魔族領に踏み入る当日を迎えた。
向き合っているのは魔王リザエラの義理の娘であり、魔族でありながら、人間との友和を願うファミーナと彼女の側近の一人であるジュウロンだ。
「町や皆のこと……お願いね。彼らが安心して過ごせる場所を守り抜いて」
「お任せください。このジュウロン、果てるまでその責を果たしましょう。……カリュミノ、お願い申し上げますよ。ファミーナ様や勇者一行の皆様をどうか……」
「言われずとも。私の命は既にファミーナ様と共にあるわ」
もう一人の側近の一人であるカリュミノが短く、けれど鉄のように固い決意で応じる。
三人が交わしたしばしの別れの挨拶ではなく、種族の未来を左右する重いバトンの受け渡しだった。
「勇者パーティの皆様、お待たせいたしました。参りましょう!」
ファミーナが凛とした声を響かせると、俺たちは力強く頷きを返した。
町を背に俺たちは魔族領へと続く険しい道を歩き出す。
町が見えなくなるまでの距離を歩いた頃、シャーロットがふと口を開いた。
「ファミーナ。……それにカリュミノも。本当にこれでよかったんだな?この先は以前のような襲撃だけじゃない。私たちが魔王の心臓部へ乗り込むんだ。生きて帰れる保証なんてどこにもないよ」
「シャーロットさんそれは覚悟の上です。後ろに隠れて誰かが世界を変えてくれるのを待つ時間は当に終わりましたから」
「私も同じよ。この身命に懸けて、ファミーナ様をお守りする。……それに、あなたたちに背中を預けることへの不安も今はもうないわ」
「そう……」
二人の言葉には嘘偽りのない実感がこもっていた。
ここに至るまで、俺たちは短くも濃密な対話を重ねてきた。
ファミーナは身を潜めてでも生きるリスクと引き換えに、俺たちと行動を共にすることを選んだのだ。
「私たちにできるだけの根回しはしたつもりだけど……本当にジュウロン一人に任せて大丈夫かしら?」
ロリエが不安げに町の方を振り返る。
「ええ。彼は武芸だけでなく、外交や内政も器用にこなす人ですから。……それに、シャーロットさんたちが尽力してくださったおかげで、私がいない間の憂いは最小限になりました。フォーペウロの王族や騎士団の方々に口利きしていただいたこと、心から感謝しています」
「それは別にいいけど」
町に辿り着いてからの数日間、俺たちは発つまでに準備以外にもやるべきことがいくつかあった。
以前に滞在したフォーペウロの女王エリザナ様や第一王女レイニース様へ彼女たちに緊急の親書を送り、騎士団長のアルベルトさんを伴ってこの地を訪れてもらったのだ。
最初にファミーナたちを見た時は剣を向けられたけど、俺たちやファミーナが人間たちを襲うことは決してないと泥臭く訴えたのもあって、どうにか収まった。
最終的にリザエラを倒す様が「あなたの眼を信じましょう」と剣を収めてくれた時の安堵感は今でも忘れられない。
「言い換えれば、私たちも必要以上にうかうかもしていられないわよね」
「はい。女王陛下が認めてくださったとはいえ、周辺の領主や民衆にまで『魔族は友だ』という常識が浸透するには、あまりに時間が足りません」
長年、血で血を洗う歴史を繰り返してきただろう、その根底にある憎しみの連鎖を断ち切るには言葉だけでは不十分だ。
その根底を覆すには唯一にして、絶対の条件がある。
「リザエラを討ち、その後に続く支配の形を塗り替える。……私が改革派のトップとして、魔族領の意志そのものを変える必要があるのです。それができて初めて、本当の意味での共存が始まる……」
ファミーナの瞳には未来を背負う者だけが持つだろう、気高くも激しい信念の炎だ。
「あなたの理屈がどうあれ、私たち勇者パーティの目的は不変よ!魔王リザエラを討つ。それだけよ!」
「言えてるな」
「そもそも、それを目標にやってきたんだからね!あたしたち!」
「真の意味で悪しき存在を滅ぼし、迷える魂に救いを。それがわたくしたちの使命ですから」
シャーロットの言葉を皮切りに、ジャードやロリエ、メリスが決意の意を見せる。
俺は一歩前に出て、ファミーナと視線を合わせた。
「ファミーナ。一緒に……リザエラを倒して、あんたが夢見た世界を俺たちに見せてくれ」
「はい!」
彼女はまるで、少女のような純粋さと革命を果たさんばかりの威厳が同居した微笑みを浮かべて頷いた。
隣でカリュミノが静かながら、熱く呼応するような表情を見せる。
それからしばらく進んで俺たちは魔族領へと足を踏み入れるのだった。
◇———
「……むぅう」
魔王城の玉座の沈黙を切り裂いたのは地這う雷鳴のような唸り声だった。
そこに鎮座する当代の魔王リザエラは指先で肘掛けの石材を削らんばかりに、苛立ちを剥き出しにしていた。
(……報告が途絶えて久しい。ザルヴァのみならず、あの集落へ向けた精鋭や兵卒が一人として戻らぬとはな。失敗か。いや、全滅か)
不快さと怒りがその美貌を歪ませる。
「ふっ……。ふふっ、ふっふっふっ……!」
だが、唐突にその肩が小刻みに震えながら、狂気を孕んだ笑い声が漏れる。
次々と幹部や精鋭を失いながらも、その瞳には不遜なまでの余裕が漲っていた。
「……構わぬ。遅かれ早かれ、我の元へ這い寄って来るのは目に見えている。そうだろう?ファミーナ……」
見据えるのは運命の交差点だ。
「今や忌々しきギラドルスが遺したあの力のトリガーをお前が持っているのだからな。こちらも準備は整う。ファミーナ!我が喉元まで踏み込んだその瞬間こそがお前の最期であり、我が野望が真に完成する、唯一無二の足掛かりとなるのだから!」
リザエラの視線の先には跪く二つの影があった。
生き残りの幹部であるバリオルグとメディール。
だが、その風貌はかつての面影を残しながら、更なる禍々しさを帯びており、冷静な知性とそれを塗り潰すほどの止めどない狂気が静かながらも、確実に拍動していた。
そして、リザエラは既に悟っている。
魔王軍と勇者パーティの来たるべき決戦は……すぐそこまで来ていることを……。
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