第153話 魔族と人間が過ごす一夜
魔王城に突っ込む数日前……。
窓の外では夜の帳を垂らしていた。
「ふぅう……。とりあえず、最悪の事態は免れた……ってところか」
俺たちは態勢の立て直しの意味を込めて、近くの町にある宿屋に身を寄せており、夜も更けていった。
だけど、物珍しさと警戒心が入り混じったような雰囲気で満たされていた。
「一時はどうなることかと思ったが……振り返ってみると、とんでもねえところまで来たな」
「リュウトに同意。……正直、まだ実感が湧かないぜ」
一緒の部屋に泊まっているジャードと宿屋の一室で思い返しているのは先日まで訪れていた集落のことだった。
そこで出会ったのは魔族でありながら、その言葉から連想される凶暴さとは対極に位置する、穏やかな人々だった。
争いを忌み、ただ人間との共鳴を夢見るその筆頭格であるファミーナ。
そして、その彼女がよもや現魔王リザエラの義理の娘であると知らされた時は冗談抜きで開いた口が塞がらなかった。
「彼女と出会ってから、文字通り怒涛の展開だったよな」
「ああ。隠れ里に魔王軍の幹部がなだれ込んでくるわ、俺たちがそれを迎え撃つわ……。あそこから魔王城まではそう遠くねえ。リザエラの耳に届くのも時間の問題だったろうしな」
彼女と出会った矢先に魔王軍の幹部の一人であるザルヴァが精鋭の部下を引き連れた集団が乗り込み、戦いへと発展した。
俺たちは勝利したが、その代償としてファミーナたちの安住の地はボロボロになっただけでなく、居所も割れた。
結果として、そこを追われる羽目になり、流れ着いたのがこの町ってわけだ。
「魔王軍の追手は……この町を嗅ぎ付けたりはしねえかな?」
「確実とは言えない。ファミーナたちが隠れ住んでいた集落の場所から生き残った魔族をここまで連れ出したから、極力この町から出たりしないように徹底すれば、まだ大丈夫だと思う」
ジャードと今後の警戒態勢について話しているその時だった。
控えめだが、どこか重みのあるノックの音が部屋に響いた。
「失礼いたします」
扉が開くと、そこにいたのはジュウロンであり、ファミーナの側近であり、魔一緒に俺の部屋で宿泊している。
そんな彼はまるで王城の謁見室にでもいるかのように深々と頭を下げた。
「おぉ、ジュウロンか」
「わざわざ畏まらなくてもいいって言っただろ。ここはただの宿なんだし、あんたも今は俺たちの相部屋仲間なんだからさ」
「いえ……申し訳ございません。長年の性分なものでして」
ジュウロンは俺とジャードの言葉にわずかに目を細め、恐縮したように部屋に入ってきた。
ちなみに、女子チームの部屋割りはシャーロット、ロリエ、メリスの三人。
そしてもう一室にファミーナとカリュミノがおり、その他の魔族たちは宿の部屋や広間に身を寄せ合っている。
「ファミーナとは話してきたのか?」
「はい。ファミーナ様やてカリュミノと共に。今後の食料の調達や同胞たちの不安をどう取り除くか、知恵を絞っておりました」
「そうか。……大変だな、あんたも」
ジュウロンは、ベッド代わりの簡素な毛布を敷いた床に、音を立てずに腰を下ろした。
その動作一つをとっても、彼がいかに自分たちを客分として律しているかが痛いほど伝わってくる。
「……お二方。此度は本当にありがとうございました」
「「え?」」
唐突にジュウロンが畳んだ膝に手を置き、再び深く頭を下げた。
その声は切実な感謝に満ちていた。
「勇者パーティの皆様が身を挺して擁護してくださった。あの町の方々への弁明……皆様の言葉がなければ、我々は今頃、行き場を失い野垂れ死んでいたか、あるいは望まぬ争いの中に身を投じていたでしょう。このジュウロン、ファミーナ様に代わり、改めて感謝申し上げます」
あまりに真っ直ぐな謝辞に俺とジャードは顔を見合わせた。
魔族からの感謝を向けられるというのはあまりに奇妙でありつつ、胸の奥が締め付けられるような感覚だった。
「い、いいって。あんたらが悪い奴らじゃないって、もう知ったからな。放っておけるわけないだろ」
「そうだよ。頭を上げてくれよ、ジュウロン。俺たちは敵同士じゃないんだ」
「ありがとうございます」
俺たちが必死になだめると、ジュウロンはようやく顔を上げ、わずかに微笑んだように見えた。
それから一夜を過ごすことになったのだが、穏健な魔族であるのは分かっているつもりでも……魔族と一緒に寝るなんて、一生かかってもできないだろう体験を味わうのは複雑だった。
◇———
翌々日の朝、俺たちが魔王城へ向かうための最終的な準備を進めていた時のことだ。
「こ、これは……」
俺が思わず呟いた視線の先に映ったのは少し前まで考えられなかった光景だった。
「魔族たちがここにいる町民と一緒に仕事をしている」
「人となりは知っているつもりだけど、こうして見るとね……」
そこでは魔族たちが町民と肩を並べ、泥にまみれて畑を耕していた。
あるいは、数人がかりで運んでいた建築資材を一人の魔族が軽々と担ぎ上げ、職人に感謝されている。
互いに距離を測りかねているようなぎこちなさはまだあるけど、そこには協力し合おうとする確かな意志が溢れている。
「こうして見ると、今でも信じられなくてしょうがないし……胸にくるものがあるわね」
「だけど、ここに住んでいる町の人たちも受け入れようとしているのが伝わってくる気がする」
「ええ。ごもっともですね。歴代の勇者様方がこの光景を見たら、腰を抜かして驚かれるのではと思えてなりませんね」
シャーロットはロリエやメリスと一緒に感慨深げな言葉をこぼしながら、温かな表情でその光景を見つめていた。
「皆様、ごきげんよう。……旅の準備は順調でしょうか?」
凛とした声に振り返ると、そこにはカリュミノを伴ったファミーナが立っていた。
彼女は自らも積極的に雑事に飛び込み、魔族と人間との橋渡しを買って出ているのだという。
僅かな時間でこれほどの信頼を築き上げたのは彼女の持つ揺るぎない気概と共存への渇望が本物だからに他ならない。
「皆様はもうすぐ旅立たれるのですね」
「そのつもりだ」
「明日の夜明けには出発する予定よ」
俺とシャーロットがそう告げると、彼女はふっと、どこか遠くを見据えるような眼差しになった。
「……それで、皆様にお願いがあります。いえ、私のわがままかもしれません」
「願い?わがままも何も、リザエラをぶっ飛ばしてくれってことなら、言われるまでもないけど———」
「いいえ、そうではなく。……私も連れて行ってください」
「「「「「……」」」」」
帰って来たのは斜め上と言っていい返答であり、俺たちはフリーズした。
しかし、彼女の柘榴石の瞳に宿っているのはかつてないほど強固な決意の光。
「私も……皆様と一緒にリザエラを倒すための旅に同行させてください。この手で未来を掴むために!」
それを聞いた俺たちは揃ってこんな言葉が頭に浮かんだ。
……はい?……と。
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