第152話 友和を願う訴え
魔族と人間の友和を目指すきっかけになります。
魔族領との境界線に近い辺境の町。
乾いた風が吹き抜けるその町は異様な緊張感に包まれており、魔族の脅威と隣り合わせで生きる人々にとっては胃が閉められるような日々だ。
「……ん?おい、あれを見ろよ」
「何だい、ありゃ……巡礼者か?」
「いや、様子がおかしい」
広場に集まっていた数人の町民が、声を震わせた。
視線の先には顔を隠すように深いフードを被った数十人の集団と彼らを先導するように歩いてくるのは俺たち勇者パーティだ。
「これはこれは、勇者パーティの皆様!数日間お姿が見えないと思えば、こんなに大勢の方々を連れて……一体どちらへ?」
「ええ、少々野暮用でね……」
壮年の女性が口を開くと、シャーロットがまずは対応するものの、その表情はぎこちない。
それも当然だ。
「お疲れのところ恐縮ですが、後ろの方々は……?」
「そのことで少々、お話がありまして……」
シャーロットはわずかに視線を落として背後を一瞥すると、彼女は覚悟を決めたように一歩横へ退き、フードを被った一人の女性を前に促した。
「……事情は彼女から説明させましょう」
「彼女?」
一歩、前に出た。
指先がフードの縁にかけられ、ゆっくりとその素顔が陽光の下にさらされた。
「突然の訪問、失礼いたします。私はファミーナと申します」
町民たちが、思わず息を呑んだ。
柘榴石に紫の雫を落としたような妖しくも美しい瞳と黄金を溶かし込んだような黄土色の長髪、ローブの下には仕立ての良い紫紺色のドレスで着飾られている女性の名前はファミーナ。
その姿はどこかの王侯貴族の令嬢と言われても疑わぬほどの気品に満ちていた。
だが、町民たちの視線は彼女の美しさではなくある一点に釘付けとなった。
「こ、これって……」
「嘘だろ……あぁあ……」
側頭部から伸びる二本の角という、紛れもない魔族の証だった。
「ま、まさか……後ろにいる奴らも……全員魔族なのか!?」
ファミーナが静かに頷き、背後の仲間にジェスチャーを送る。
彼女の側近であるジュウロンとカリュミノ、そして続く魔族たちが次々とフードを脱いだ。
数十人もの魔族という異様な光景に、町民たちの顔から血の気が引き、ドミノ倒しのように恐怖が伝染していく。
「な、なんてことだ!まさか、勇者が魔族の手引きをしたのか!?」
「お待ちください!」
ファミーナが悲鳴を遮るように声を張り上げた。
「見ての通り、私たちは魔族です。ですが、どうか信じてください。ここにいる者たちは人間と争うことを望んでおりません!私たちは現魔王リザエラの狂気や支配から逃れ、ただ穏やかに生きる場所を求めてここまで来たのです。私たちはあなた方に危害を加えないことを誓います!」
必死に訴えるファミーナだったが、長年植え付けられた「魔族=恐怖」という概念は一朝一夕で覆るものではない。
「魔族が来たぞ!逃げろ!」
「騎士団を呼べ!殺されるぞ!」
「あの、皆様!」
(本当に争うつもりは無いのに……)
願いが通じないような絶望感がファミーナの頭を過ろうとした時だった。
「彼女たちは信用に値する魔族だ!」
俺の声が喧騒を沈めた。
「確かに、見た目は俺たちが憎んできた魔族そのものかもしれない。だがな、このファミーナをはじめとする彼女たちは一度だって俺たちを裏切らなかった。略奪も、殺戮も望んじゃいない。……それを近くで見てきたんだ!」
俺の言葉に呼応するように、ジャードやロリエも続かんばかりに弁明する。
「リュウトの言う通りだ。ここにいる魔族たちは戦うことを望んでいない、むしろ人間と平和を築きたいヤツばかりなんだ。現に昨日、魔王軍が差し向けた軍勢が隠れ住んでいた集落を襲って来て、俺たちがそれを退けたんだ」
「そうよ!あんたたち、魔王軍が来たらあたしたちを売って助かろうとするヤツがいると思ってんでしょ?でもね、この人たちは違った。本気で人間と手を取り合いたいって心から願ってるのよ!」
騒ぎを遠巻きに見ていた人々が勇者パーティの気迫に圧され、わずかに足を止める。
そこにメリスが静かに歩み出た。
「わたくしたちは幼い頃から『魔族は人類の敵だ』と教わってきました。……正直に申し上げます。わたくしも、彼女たちに出会うまではそう信じ切っていました。ですが、見てください。彼女たちの瞳に宿るのは戦いの火ではなく、未来への不安とほんの小さな希望です。血を流すことよりも、隣り合って生きることを選んだ方々です。神は種族ではなく、その魂の在り方をご覧になるはずです」
メリスの澄み切った瞳と噓偽りない言葉が町民の心を少しずつ動かしている。
そこでシャーロットが口を開く。
「私たち勇者パーティは……いや、この世界に生きるほとんどの人類は魔族を敵だと信じて疑わないままに生きてきて、今も魔王を討伐するために旅をしている。だげど、このファミーナと出会ってからその考えを変えてくれた。真に倒すべきは現代の魔王であり、彼女たちに罪は無い。穏やかで健やかに生きたいと願う魔族や人間と仲良くなりたいと心から想っている魔族が彼女たちなんだ!」
広場に痛いほどの沈黙が降りた。
誰もが言葉を失い、固唾を呑んで状況を見守っている。
そこでファミーナはその頭を、深く、深く、人間の町民たちに向けて下げたのだ。
「私たちは……魔族と人間が手を取り合えないという概念や常識をこの手で変えたいのです。その想いに嘘はありません。どうか……どうか、私たちに生きる場所と機会をください」
「私たちからもどうかよろしく頼む!」
「「「「「……」」」」」
ファミーナの震える声に打たれるように、俺たちも頭を下げた。
祈りを捧げるような重い沈黙が数秒、十数秒と続く。
最初に声を上げたのは壮年の女性だった。
「……本気なんだね。私たちを騙して、寝首をかいたりしない……本当に信じてもいいんだね?」
「ございません!絶対に!」
ファミーナが弾かれたように顔を上げ、必死に答える。
女性はファミーナじっと見つめ、深く吐息をついた。
「……分かったよ。勇者様たちもそこまで言うんだ。それに、あんたのその眼……。嘘をついてるようには見えない。信じるよ」
その言葉は受け入れの意思だった。
「ありがとうございます……!」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
ファミーナは涙を堪えながら再び頭を下げ、ジュウロンやカリュミノ、そして名前も知らぬ魔族たちが一斉に頭を下げる。
それは心からの……魂からの感謝だった。
魔族領に近い小さな町。
そこで交わされた小さな受容は人間と魔族の友和を願うファミーナの小さくも大きな一歩の証明でもあった。
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