第147話 【Sideカリュミノ】訣別
カリュミノとヒディニスの因縁に終止符が打たれます!
「アッハハハハハッ!どうしたの、その程度?」
「ぐぅううう!」
私は魔族が住まう集落を襲って来た魔王軍の精鋭が一人にして、かつての同僚であったヒディニスと交戦している。
肉を叩き壊すような重い衝撃音が交錯する。
だが、戦況は私が死の淵へと追い詰められつつあった。
「私の方が優れているのよ!」
ヒディニスの速く、鋭い黒の一閃は剣技というより、魔力という質量を強引に叩きつけるような純粋な暴力だ。
防戦一方の私の身体は木の葉のように軽々と吹き飛ばされ、地面を無様に転がった。
「最高に愉快だわ、カリュミノ。ずっと、こうしてあなたを見下ろしたかったのよ」
獲物を追い詰める捕食者の足取りでゆっくりと歩み寄るヒディニスの顔には妖しくも醜い笑みが張り付いている。
漆黒へと変色した彼女の肌の上を赤黒い血管のような紋様が脈動しながら、頬や首筋を不気味に這い回っていた。
その姿は悍ましいものの、引き換えに得た力は本物だった。
致命的な急所こそ辛うじて外しているが、私の身体は既に数多の傷が刻まれていた。
ダメージで膝が笑っている。
「はぁ……はぁ……っ」
口に含んだ鉄錆の味が現実の痛みを際立たせる。
圧倒的なパワーと目を疑うほどの瞬発力を得た今の彼女と真正面から押し合えば、私に勝機は万に一つもないだろう。
けれど、私は怯えを決して見せないように目の前の相手を観察していた。
力を欲するあまり、その全能感ゆえに失念してしまった欠点を突くために。
「ふぅう……」
私は深呼吸で肺の奥まで空気を取り込み、散らばりそうになる意識を保ちながらヒディニスを見据える。
それを見ていた彼女は不敵な表情を崩さない。
「へぇえ。まだ諦めるつもりはないようね。そのしぶとさだけは認めてあげるわ」
(……何かしらの奇策を打って出られるのも面倒くさいわね。ここで一気に息の根を止めた方が良さそうかしら)
不遜な態度とは裏腹に、内心では私が何をしてくるかを警戒しているようでもあった。
それから三秒にも満たない時間が経つ。
「フッ!」
「むっ?」
私は傷を負った身体に鞭を打ち、弾かれたように地を蹴った。
ヒディニスから見れば、それは自暴自棄な突撃に見えただろうけど、私にとっては勝負を懸けた攻めの一つも同然なのよ。
「ふっ!」
「……んお?」
(速さはあるけれど、何かしら?これまでと大差の無いような踏み込みや攻め方のようね……)
ヒディニスが迎撃の姿勢をとる。
その瞬間、私は影と同化するように極限まで気配を殺した。
「ぐぅ、うう……っ!?」
突如、ヒディニスの動きが凍りついた。
彼女の足元から出て来たのは黒い魔力の楔。
それは影縫いと言う魔族の中でも一部の者しか扱うことのできない特殊なスキルのような類であり、私も扱えるその一人であった。
「な……ッ、動けな……!?」
「ここっ!」
鋭くも音の無い踏み込みと同時に、私は辺りを黒く染める煙玉を地面に叩きつけ、視界を奪う。
濃密な黒い煙の中で私は一撃、二撃とロングナイフを振るった。
肉を断つ手応えを感じながら、私はさらに深く、彼女の懐へと潜り込む。
「そんな小細工が今の私に通じるとでも思っているの!?」
激昂しながら迎え撃つヒディニス。
だが、その確信に満ちた叫びが、驚愕へと変わるまでに一秒とかからなかった。
「……へっ?」
霧散した煙の中から現れたのは、彼女の身体の中心を背後からロングナイフで正確に捉えた私の姿だった。
「な……何で……。反応、できなかった……?」
「王手よ。ヒディニス」
私は冷たく言い放ちながら刃を押し込む。
「ガァアアアアッ!」
「ハッ!」
半狂乱になったヒディニスが乱暴に腕を振り回すが、その動きはあまりに緩慢だった。
私は紙一重でそれを躱し、空いた脇腹を別のロングナイフに魔力を練り上げながら深く斬り裂く。
「なぜ……どうして……っ!?」
(さっきよりも動きのキレが鈍っている?まさか……!?)
「気づいたようね」
ヒディニスは崩れるようにその場に膝を着いた。
これはダメージだけでなく、特製の毒による痺れも含まれている。
「魔族領にしか生息しない、ゲルミズン草の毒。その神経毒を限界まで濃縮した特製品よ。魔族の神経伝達を麻痺させる……あなたなら、その恐ろしさを知っているはずでしょう?」
「馬鹿な……!あなた、魔族領を出てから何年も経っているのよ!?どうしてそんなものを……っ!」
「魔族領へ踏み込んだ際に集めておいたのよ」
私は今日までに姿を潜ませながら、何度か魔族領へ調査のために暗躍しており、その度に使えそうな野草や道具をかき集めていた。
ゲルミズン草もその一つであり、何かの役に立てたらと思っていたけど、今がその時だった。
「力を手に入れた私がこんな……」
「確かにあなたは強大な力を得たわ。けれど、力に溺れて自分を過信しすぎた。その傲慢さがあなたの目を曇らせ、私の小細工を許した。それが敗因よ」
「ぐぅ…うぅ……」
私もヒディニスも魔王軍にいた頃から諜報を主に担ってきたけど、戦闘をしないわけではなかった。
だけど、まともな斬り合いではどうにもならない場面も多かった。
そのためにいろいろな小細工を身に付けてきた。
だけど、ヒディニスはパワーアップの恩恵を受けて調子づいたことや私に辛酸を舐めさせたい欲のせいで隙を晒してしまった。
「……あなたの負けよ。ヒディニス」
「ま、待って……!カリュミノ!そうだ、取引しましょう?」
歩み寄る私に対し、命の灯火が消えかかるのを察したのか、ヒディニスが醜く這いずりながら私を見上げて懇願を始めた。
「勇者パーティを……隙を見て殺してくれない?あなたが彼らを裏切れば、リザエラ様はきっとあなたを歓迎するわ。ここも、もう襲わないように私が根回しするから!ファミ……いえ、ファミーナ様だって、上手く誤魔化して助けてあげるわ!ねえ、私とあなたの仲でしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で最後の一線が切れる音がした。
ファミーナ様を……彼女が守ろうとした人々を自分の保身のためのダシに使うなんて……。
「……もう、いいわ」
私は返事の代わりに、ヒディニスの顔面を私は容赦なく叩き切った。
「ギャァアアアアアッ!」
痛みで悶え苦しむ彼女を見下ろしながら、私は心底からの失望を覚える。
仮にも諜報の端くれを自称するのなら、自分可愛さに命乞いなんてするものではない。
「あなたとの縁も……本当の意味で終わり。あの方との誓いを守るために、私はここであなたを殺す」
私はロングナイフに漆黒の魔力を纏わせ、水平に構えた。
これがヒディニスにできる唯一のけじめだ。
「さよなら、ヒディニス」
「お願い、やめて……!カリュミ――」
彼女の絶望に濡れた声を最後まで聞き届けることなく、私は刃を横一文字に薙いだ。
訣別の一閃はヒディニスの首を撥ね飛ばした。
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