第146話 ファミーナの訴え
魔王軍の幹部の一人が本気になります。
一方、勇者パーティが死線を越えて魔王軍の猛攻を食い止めている、その裏側で――。
「皆様……」
集落の片隅にある木造の避難所。
人間と魔族の友和を夢見る魔族のファミーナの声が静かに響いた。
「ファミーナ様、やはりここへ来るべきではありません。危険では?」
「いいえ、ジュウロン。私だけが閉じ籠って震えているわけにはいかないのです。皆が傷ついている時に、言葉の一つも持たぬ者に未来を語る資格などありません」
ファミーナの従者であるジュウロンからは反対されたものの、「自分だけが安全な場所にいるわけにはいかない」と反論され、護衛として同行する形で今に至る。
薄暗い避難所の中は魔王軍の強襲により、平和を愛した魔族たちは住処を追われ、傷つき、藁にも縋るようにしてここに辿り着いた。
窓の外を見やれば、遠くで夜空を焦がす爆発と大気を震わせる魔力の奔流が絶え間なく続いている。
ファミーナの端正な横顔には憂いの色を帯びていた。
「ファミーナ様……!」
その時、不安に耐えかねた数人の子供たちが彼女の裾に縋り付いてきた。
ファミーナは一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに慈愛に満ちた柔和な微笑みを浮かべ、彼らの震える肩に手を添えた。
「どうされましたか?大丈夫、私はここにいますよ」
「ねえ、ファミーナ様……僕たちの住む場所がなくなっちゃうの?あの人たちが、全部燃やしちゃうの?」
少年の純粋ゆえの鋭い問いかけにファミーナは息を呑んだ。
ここにいるのは略奪や殺戮を拒み、ただ平穏に、人間との友好を願う者たちばかりだ。
それなのに、同族である魔王軍から裏切り者と見なされて蹂躙される。
その理不尽な恐怖は伝染病のように避難所全体へと広がり始めており、人々の瞳に宿る希望の火が今にも消えようとしている。
その時、ファミーナはゆっくりと立ち上がり、その華奢な背筋を凛と伸ばし、集まった魔族たち全員に透き通った声を張り上げる。
「皆様!どうか、顔を上げてください!」
その凛とした響きを聞いた者たちが一人、また一人と彼女を見上げた。
「今、外で牙を剥いているのは確かに魔王軍の強大な戦闘部隊です。名だたる幹部たちもいるでしょう。ですが、決して恐れることはありません。なぜなら今、あそこで戦っているのは、魔王を討たんとする勇者パーティの皆様なのですから!」
ファミーナの瞳には揺るぎない確信が宿っていた。
「彼らはこれまで、幾多の困難を乗り越え、魔王軍の幹部を何人も葬り去ってきました。それは単なる強さゆえではありません。虐げられた人々を守り、種族を問わず、救いを求める者に手を差し伸べる誇りがあるからです。私は彼らの勝利を寸分も疑っていません。ですから皆様もどうか、私と共に信じてください。私たちの夢はここで終わるような脆いものではないということを!」
切実でいながら、祈りにも似た演説。
その言葉が凍りついた人々の心に小さくも、確かな温もりを灯していく。
震えていた子供たちの瞳に微かな光が戻るのをファミーナは見届けた。
語り終えた彼女は、再び遠い戦地へと視線を戻す。
(信じていますよ、皆様。あなたたちが切り拓く未来こそが、私たちの唯一の道なのですから……)
◇———
「カァアアア!」
「フンッ!」
「シィイイッ!」
俺とシャーロットは魔王軍幹部が一人ザルヴァと対峙している。
だが、その戦況はお世辞にも芳しいとは言えない
「オラァアア!どうした勇者パーティィ!調子に乗ってられるのも今のうちだぜ!」
ザルヴァの咆哮と共に二振りの大剣が牙を剥いている。
並の戦士なら一撃で粉砕されるであろうその質量がまるで羽毛のように軽々と振るわれ、凶悪なまでの馬力で俺たちと互角以上に渡り合っている。
大剣の二刀流、その常識外れの戦闘スタイルから放たれる斬撃や衝撃波は強烈だった。
「オラッ!オラッ!もっと楽しませろよ!こんなもんじゃないだろうな!勇者パーティよ!」
ザルヴァの全身からどす黒い魔力が陽炎のように立ち昇る。
そのポテンシャルは以前に死闘を繰り広げた幹部の一人だったギルダスと言う怪物と並ぶか、あるいはそれ以上だ。
その剛腕から放たれる一撃一撃が地面を抉るほどの威力を秘めている。
「喰らいな!黒嵐剣舞!」
「「くぅうう!」」
ザルヴァによる二振りの薙ぐような剣戟が漆黒の魔力を帯びた巨大な竜巻を産み出した。
かまいたちも混じったそれは俺とシャーロットを力任せに引き剥がす。
「フンッ!」
「ハァアアアッ!」
(大剣の二刀流。予想以上に厄介ね……)
俺は回避してすぐに体勢を立て直し、二本の矢を同時に速射、シャーロットはその隙を突き、死角から聖剣エクスカリバーを振り下ろす。
「オラァアア!」
だが、ザルヴァは隆起した両腕を交差させ、そのすべてを弾き飛ばした。
二本の巨大な刃は強力な矛であると同時に、鉄壁の盾としても機能している。
攻防一体とはまさにこのことだ。
(改造槽の効果もあってか、デカい剣二本が自分の体の一部みたいに馴染んでるみたいだ。最高だぜ)
ザルヴァの瞳に加虐的な愉悦が宿る。
「受けてみやがれ!地流双牙!」
「「くぅうう!」」
奴が二振りの大剣を力任せに大地へ突き立てた。
地を這う蛇のような黒い衝撃波が二つの亀裂となって俺たちを襲う。
辛うじて横へ跳んで回避するが、その質量を前に掠めただけでも服の端が消し飛ぶ。
しかも、それだけじゃない。
「あぁあ!」
「建物が!」
俺たちを通り過ぎた衝撃波が後方にあった魔族たちの住居へと直撃した。
避難は既に終えているはずだけど、これ以上暴れさせるのは危険だ。
奴らの暴力に呑まれれば、この集落の未来ごと踏み潰される。
「……すぅううう……」
俺はゆっくりと肺の奥まで空気を吸い込んだ。
焦りはない。ただ、勝利への道しるべを手繰り寄せるために……。
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