第139話 忌まわしき傷と軍団
黒さが交じったねずみ色の暗雲から轟轟と響く落雷が光る中、魔族領で一際目立つ寒気を帯びた石造りの城壁があった。
魔王軍の本拠地、魔王城だ。
「……ん。むぅう……」
城内の一室にある暗くも豪奢なベッドで一人の女の魔族が起き上がった。
「ふぅうう……」
寝間着の役割を果たしているだろう、自分の四肢の良さを強調するかのような黒を基調にした薄手の衣を纏いながら起き上がり、側にあった飲み水を飲んだくれた輩が酒を煽るように飲み干すと、ガラスが砕けた音を奏でるように投げ捨て、立ち上がる。
「あぁあ……。嫌に苛つくわ……」
頭部を指で抑えながら一人呟いているのは魔王軍の頂点に立つリザエラだ。
一糸まとわぬ姿となり、自分の身体で目立つモノがあった。
「この傷を見る度に忌々しい気持ちをさせてくれるわ……」
全身を映す鏡を正面にリザエラがそう呟きながら胸当たりに手を添えた先にあるのは痛々しく刻まれている傷跡だった。
疼いた傷を数秒だけ凝視した。
「我の野望が現実となった時、この傷の疼きは消えてくれようかな?ギラドルス……ファミーナ……」
黒に近い紫色の煽情的なドレスに着替えたリザエラは鏡に映る自身の顔を睨み終えると、ベッドの側に掛けてあった漆黒のマントを身に纏い、部屋を出るのだった。
「人間など、我ら魔王軍の養分であるべきなのだ……」
◇———
暗黒のような黒く深い境界の林辺りの静けさを塗りつぶさんばかりにどろりとした黒い気配が鎮座していた。
武装した魔族やリスクレベルAからBはザラにいるだろう魔物の数々、その様相は人類側から見れば、普通とはあまりにも程遠い集団が低く喉を鳴らしている。
人類がこの光景を目にすれば、戦う前に絶望で心を砕かれるだろう、動く地獄そのものであった。
「場所はこの辺で間違いないんだな?」
「ハッ!間違いございません、ザルヴァ様。ファミーナが潜伏しているであろう座標は既に網は張り終えております。御命令一つで動けます!」
「よし。そろそろ動くつもりだから準備しろ」
「「「ハッ!」」」
軍勢の先頭にある岩塊の上に腰を下ろし、報告する先兵の言葉を淡々と聞き流しながらに傲然と問いかけたのは魔王軍幹部が一角、ザルヴァだ。
今回の戦陣における最強戦力であり、要となる人物だ。
ザルヴァの目的はリザエラから逃げ出し、先代の遺した人間と魔族が友好を結ぶと言う理想を掲げて逃げ回る彼女の義理の娘であるファミーナと言う、その存在を徹底的に圧し潰し、魔王の威光に泥を塗る不純物やイレギュラーを根絶することにある。
「それにしても、霧の中に隠した針を探すような真似をさせやがって。だが、何たる僥倖。……いや、俺たちへの供物といったところか?」
「僥倖か。随分と気楽な言い種ね、ゴレドア。相手もそれなりに巧妙な手を打っていたのでしょう。ファミーナに今なお付き従うような物好きがいるのだから、少しは警戒を払いなさいな」
ザルヴァの背後から重厚な鋼の鎧を鳴らし、巨大な戦槌を肩に担いだ偉丈夫の魔族であるゴレドアが獰猛な笑みを浮かべており、頭頂部に突き出た一本角が鈍く光る。
彼の言葉に冷ややかな反応を見せたのはすみれ色のローブを纏った魔術師リチェナスであり、うなじから反り返った二本の角が怪しく光り、周囲の空気をまざまざと震わせている。
「ハッ!魔術師の悪い癖だな。そうやって理屈ばかり並べるのは好みじゃないな!」
「ふんっ。そのデカい戦槌に似合わず、無粋なことを言うわね。力で押し通すのは嫌いじゃないけど……」
二人は幹部に近い実力の持ち主であるものの、利害関係で動いているだけであって、その仲はお世辞にも良いとは言い難かった。
「ゴレドア、リチェナス。ファミーナにはあのジュウロンやカリュミノがついている。油断は禁物だぞ」
「「ハッ!」」
ザルヴァが諍いを起こしかける二人を止めた時、闇から滲み出るように現れた影だった。
「ザルヴァ様。ファミーナらが潜むだろう気配、捕捉いたしました。速やかにご案内いたします」
軽薄さを感じさせるような漆黒の装束に身を包んだ赤紫色のショートカットの魔族であるヒディニスがザルヴァの足元に膝を着きながら報告をしている。
「……案内しろ、ヒディニス。俺たちの仕事はファミーナを含めた反逆者どもを恐怖の底へ叩き落とし、リザエラ様の御心を曇らせる不浄を塵一つ残さず抹消することだ」
それからザルヴァはゆっくりと前へ歩を進めていく。
(待っていてくださいよ、リザエラ様。反乱分子の首を並べ、あなたの隣に立つのに相応しいのはこの俺であることを証明して見せましょう。それで、バリオルグやメーディルの鼻を存分に明かしてやる)
溢れんばかりの深い野心を抱きながら、彼の口端を歪な笑みへと吊り上げる。
「さあ、行こうぜ。……ファミーナ以外は好きなだけ殺していいし、隠れ住んでいる場所は根絶やしにしろ。魔族の歴史を汚す甘い夢ごと、根こそぎ喰らい尽くしてやれ」
「「「「「オォオオオオオオ!」」」」」
ザルヴァの号令の下、その集団は禍々しい気配とプレッシャーを纏わせながら進むのだった。
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