第138話 【Sideファミーナ】勇者と手を取り合う
ファミーナ視点のお話です!
陽光が完全にその名残を失い、深い藍色に沈む頃。
私は邸宅の裏手に広がる緩やかな丘の上に独り立っていた。
思い詰めた夜はいつもここへ来る。
この集落には魔族領特有の血生臭さも、精神が潰されそうな重圧もない。
ただ、穏やかな夜の風が私の頬を冷たく撫でて通り過ぎるだけだ。
「……潮時、なのかもしれませんね」
独り言が白く淡い溜息となって闇に溶ける。
先ほど、諜報に走っていたカリュミノからもたらされた報告は私の心に冷や水を浴びせるには十分すぎるものだった。
魔王であり、継母でもあるリザエラ。
ヤツが私を排除するため、本格的な討伐隊を編成したという。
その数は百にも迫るようであり、中には幹部格やそれに近い実力者、強力な魔物を連れているとのことです。
この隠れ里は容易に見つかることはないはずだが、絶対ではない。
不安という名の毒は一度血管に入り込めば、じわじわと理性を蝕んでしまう。
「今日の夜空は美しいですな?」
「え?」
背後から響いた聞き慣れた声と芝を踏みしめる乾いた音が三つ。
「ジュウロン。……それに、シャーロットさんとリュウトさんも」
「悩んでいる時は決まってここにいるってジュウロンから聞いたんだ」
「いい場所ね、ここは」
最初に声を掛けたのはジュウロンでしたが、そこにはエレミーテ王国の勇者パーティのリーダー格であるシャーロットさんやその一員であるリュウトさんもいました。
「カリュミノは少し休むって聞いていますけど、他の方々は?」
「用意したお部屋で休んでおられます」
勇者パーティのメンバーである魔術師のロリエさん、聖女のメリスさん、戦士のジャードさんは私の邸宅にある空き部屋を提供しており、男女別で過ごしておられます。
「どうしてシャーロットさんとリュウトさんが……?」
「ちょっと話したいことがあるからとのことですぞ」
「話したいこと?」
それを聞いた私は一種の警戒心を抱きました。
世間で知れ渡っている魔族と人類の底無しに深い因縁を断ち切りたい意志を伝えてこそいるものの、こうして向き合うと身構えてしまいそうになります。
思わず唾をゴクリと飲んでしまいます。
「あなたの話を聞いて、想いや信念はもう疑っていないつもりよ。けれど、私たちはリザエラを……当代の魔王を討つためにここまで来たし、その刃を収めるつもりは微塵もない。私たちが倒そうとしているのは血が繋がっていないとはいえ、あなたの母親だわ。そのことについて、あなたが何を想い、どんな覚悟でいるのか。……最後にもう一度、あなたの口から聞いておきたいの」
シャーロットさんが真剣な表情をしていて、私も言葉が喉で詰まります。
リザエラは義理の母であった。
かつて私の髪を梳き、子守唄を歌ってくれた、あの女だけど、クーデターを引き起こし、実の父であったギラドルスの命を奪い去った。
「……まだ、信じてはいただけていない、ということでしょうか」
悲しみというよりも諦念に近い感情が漏れた。
どんなに言葉を尽くしても、魔族というレッテルは剥がれない。
ましてや相手は魔王討伐という宿命を背負った勇者パーティだから尚更です。
「シャーロットさん、リュウトさん。……貴方たちがリザエラを討つのを第一の使命としていることは痛いほど理解しています。その上で、あえて申し上げます」
私は二人をまっすぐに見据えた。
「あの日……父であるギラドルスがリザエラの私利私欲のために殺されたその瞬間、私はあの女を家族と思うことを辞めました。私の中にあの人に注ぐ情愛や同情心は一片も残っていません。今の私にとって、リザエラは同じ魔族でありながら、誰よりも忌むべき存在です。その事実は私が今生きていようと、あるいは戦火の中に消えようとも、永遠に変わりはしません」
言葉を放つたび、胸の奥が焼けるように熱くなる。
父が夢見た、人間と魔族が笑い合える世界を作る夢や理想を霧散させたのは他ならぬリザエラだ。
ですが、少ないながらも、お父様の遺志を受け継ぎ、絶やさないでいようとする者もいます。
ジュウロンやカリュミノ、この集落に住まう人たち、そして……この私。
「だからこそ……エレミーテ王国の勇者である皆様とこうして出会えたことが私は運命だと思えてならないのです。同じ志を持つ者同士がこの場所に引き合わされた。そう、思いませんか?」
私の問いかけは夜風に乗って消えていく。
寂しげな沈黙が丘を包み込もうとした時だった。
「……確かに。数奇な運命、だよな」
リュウトさんが静かながら、確かな重みを持って呟いた。
「魔王を倒す旅の途中で人間と仲良くなりたいと願う魔族に出会う。それだけでも驚きなのに……俺自身、その運命って奴に導かれてきた一人だからさ」
リュウトさんは自らの素性を少しずつ語り始めた。
彼の家族や故郷は既に存在しないこと。
数年に渡る冒険者稼業からエレミーテ王国騎士団に入ったこと。
魔族に身を墜としたかつての仲間を手にかけてしまったこと。
神武具に選ばれ、勇者パーティに入ったこと。
何よりも驚かされたのはリュウトさんがシャーロットさんと同じく勇者の血筋が流れていることでした。
「……驚きました。貴方ほどの方がそれほどまでに過酷な道を……」
「改めて振り返ってみれば、俺の人生、普通の人間が歩むような道じゃなかったよ。決して格好いいもんじゃない。泥臭くて、必死なだけの旅路さ」
リュウトさんは少し照れくさそうに笑ったが、その瞳には揺らぐことのない誇りが灯っていた。
「でもさ。生まれた時から現在に至るまでの戦いや旅路も、辛いことやキツイことも、嬉しいことも楽しいことも……全部ひっくるめて俺なんだ。いろんな経験を経て、こうしてここまで歩いてこれたことが、今の俺の数少ない誇りなんだよ」
その光景はあまりに眩しかった。
彼も家族や故郷を喪っているのに、辛い経験をたくさんしてきたはずなのに、その度に乗り越え、前を向いて進んでいる。
「ちょっと、リュウト!自分ばっかり格好つけて語りすぎよ!」
空気を変えるように、シャーロットさんが茶目っ気たっぷりに割って入った。
リュウトさんは「うおっ」と短く声を漏らして、苦笑いを浮かべる。
「ファミーナ?もう一度だけ言うわ。私たちは魔王を倒す。だから、魔王軍に与する者や魔族は全員敵だと思ってもいる。だけど、ファミーナやあなたの父親、ジュウロンやカリュミノのような人間との和平を夢見る魔族がいることをハッキリと知れた」
シャーロットさんの声は先ほどまで違い、凍てつく冬の夜に灯された暖炉の火のような温もりを帯びていた。
「ここにいないロリエやメリス、ジャードだって、きっと同じ気持ちよ。だから、あなたは独りで潮時なんて決めちゃいけない。私たちがここにいる。……それは、そういうことでしょ?」
「……あ」
視界が急激に滲んでいく。
溢れそうになる熱い塊を堪えきれず、私は目蓋を閉じた。
頬を伝う一筋の雫は今まで私が背負い続けてきた魔族としての原罪を洗い流してくれるような気がした。
確信した。
この人たちなら……。
「……ありがとうございます。その言葉だけで……救われた気がします」
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